アイスクリームシンドローム

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act8:大乱闘デート争奪戦

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   身支度を済ませたヴェルディアナは、いつものように朝食を取ろうと食堂に向かっていた。

「今日も頑張らないと……」

「ふぁあ〜………」

    不意に間の抜けた声がして、ヴェルディアナが声の方に目をやると、そこには眠たそうにあくびをしているルキアがいた。手には難しそうな本が幾つか抱えられている。恐らく、錬金術関連の本だろう。

「おはよう、ルキアちゃん」

「あ〜……、おはよう。ヴェル」

    挨拶をしながらも、ルキアの視線はどこか定まっていない。よく見れば、いつもは綺麗に結ばれているツインテールが今日は少し傾いている。

「ルキア、待ってよ!」

「……ん?」

    声に反応して、ルキアが後ろに目をやる。それにつられて、ヴェルディアナもそちらに目をやると、珍しく慌てた様子のバジルがこちらに向かって来ていた。

「ハァ……ハァ……。ルキア、足速いよ」

    膝に手を当て、息を整えるバジル。そんなバジルを見下ろしながら、ルキアは何度目かのあくびをした。

「その本、僕が部屋まで運ぶから、今日くらいはちゃんとご飯食べてよ」

「ご飯ならちゃんと……」

「食べてないよね?ルキアが部屋に食べ物置かないの、僕ちゃんと知ってるんだから」

    バジルの言葉にルキアは、困ったというように目線を逸らした。一方、2人の会話を聞いていたヴェルディアナは状況が掴めず、2人の顔を交互に見ている。

「あ、おい!」

    そんなヴェルディアナを尻目にバジルは、ルキアの抱えていた本を強引に奪う。何か言いたげなルキアはどうしたものかとバジルを見ている。

「ヴェルディアナさん」

「は、はい!」

    バジルに突然、名前を呼ばれたヴェルディアナは、声を上擦らせながら、背筋を伸ばした。

「ルキアを食堂まで連れて行ってもらえます?手段は問いません」

    いつもとは違う、真剣な眼差しにヴェルディアナは何があったのか、内心気にしながらも、とりあえず頷いてみせた。

「ありがとうございます」

    バジルは安堵した表情でヴェルディアナに微笑む。その笑みを見て、ヴェルディアナはルキアの事をすごく心配しているのだなと感じた。

「……ヴェル、行くぞ」

「あ、待って。ルキアちゃん!」

    バジルの態度に観念したのか、ルキアはふらふらとしながらも、食堂に向かって歩き出した。普段の凛としたルキアからは想像もつかない覇気のなさに、ヴェルディアナも慌てて後を追った。

「あら、ルッキー。論文、終わったの?」

    食堂に入るや否や、ルキアに気付いたエマニュエルが声をかけてきた。食後のデザートだろうか、甘い香りがヴェルディアナの鼻をくすぐる。

「論文…?」

「何だ、ルキア。ヴェルディアナには言っていないのか」

    首を傾げるヴェルディアナを見て、食後のコーヒーを飲んでいたエリアスが言った。が、当の本人のルキアは席に着いたまま、ボーっとしている。

「ルッキー達、錬金術師ってのは年に何回か、研究成果を論文や実地で発表してるの。それで、その研究に興味を持ってもらえた人に研究費をもらって、研究を続けてるんだってさ」

「要するにスポンサーになってもらうと?」

「そういう事だ。錬金術師というのは、特に資格らしいものはないが、名乗るにはそれなりのコネがいるらしい」

   「詳しくは私もよく知らないがな」っと付け足し、エリアスはコーヒーを啜った。

「この時期のルキアはあの調子でな。何かと気をつけてやらないと、部屋に篭ったきり、何日も出てこなかったりするんだ」

「今はイヴァニャンがいるから、シャナの護衛を交代してもらってるけど、昔なんて護衛しながら論文書いてたからねぇ……。余計に心配だったんだけど………」

     チラリとエマニュエルがルキアに目をやる。ルキアは、リナトの用意してくれた朝食を食べてはいるが、心ここにあらずという感じだ。頭の中は、論文の事でいっぱいなのだろう。そんなルキアをキッチンのカウンターから心配そうにリナトが見つめている。

「……あたし、いい事思いついちゃった」

    「名案だわ」っと1人呟くエマニュエルにエリアスは不審そうな視線を送り、状況の分からないヴェルディアナはキョトンと首を傾げた。
_______________

   その日の昼過ぎ。
   エマニュエルの呼び出しにより、一同は食堂に集められていた。

「ルキア、大丈夫かよ」

「だいじょばない」

    既に眠気と疲れで限界を迎えつつあるルキアは、声をかけてきたイヴァンにもたれ掛かっている。イヴァンは「重い……」とぼやきながらも、まんざらではないようで、その尻尾はゆらゆらと揺れている。

「この泥棒猫……」

「うっせぇ、ワンコ。大体、いつからてめぇのもんになったんだよ」

     バチバチと火花を散らすフェルディナントとイヴァン。その間に挟まれたルキアは、素知らぬ顔で眠たげに目を擦っている。

「で、何で俺達は集められた訳?」

    エヴァルトがエマニュエルに尋ねる。エマニュエルは何故か生き生きとした、楽しげな表情でまた悪巧みを考えているようだ。

「メイド長、用があるなら、早くしてくれませんか?僕達、暇ではないので」

    痺れを切らして、ルチアーノがエマニュエルを急かす。どうせ、またくだらない事なんでしょうと言いたげな顔をしているルチアーノは今にも飛び出して行かんばかりだ。

「やれやれ。シャナに誰も付いてないからって、ピリピリしすぎだろ」

「うるさい。使い魔のくせにシャナイア様を守る気のない奴に言われたくない」

「ルチ、忘れてるようだから、教えてやろう。お前は白馬に乗った王子様じゃないんだぜ?」

    からかったようなエヴァルトの口調にルチアーノは眉を顰める。シャナイアが絡むと何かと嫌悪になる2人にヴェルディアナが慌てて割って入る。普段ならその役割はルキアなのだが、今の彼女に2人を止められる程の元気はない。

「はいはい、みんな落ち着いて」

   パンパンとエマニュエルが手を叩く。

「今から大事な話があるの」

「大事な話……」

    心なしか、嫌な予感しかしない。ヴェルディアナは大丈夫なのだろうかと不安げな目でエマニュエルを見ている。

「え〜、ただいまより第1回大乱闘デート争奪戦を開催しまーす!!」

「……ヴェル、こういう場合はどういう反応したらいいんだ?」

    放たれた言葉が理解出来ず、顔を引き攣らせていたヴェルディアナにフェルディナントが小声で尋ねてきた。
    こちらが聞きたいくらいだ。
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