アイスクリームシンドローム

Chiot

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act7:無傷を装い血を流す

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    それは、今から3年前の事。ヴェルディアナは、とある森の中で難病の母親と2人で暮らしていた。母親の病はその頃流行っていたもので、治療法もなく、薬で病の進行を遅らせながら、何とか命を繋いでいた。
    その頃のヴェルディアナは、今のようにドジではなく、むしろしっかりとしていて、母親の薬代を稼ぐためにバイトを掛け持ちしていた。
   
「朝から夕方まで働いて、家に帰れば母の看病。そんな生活を繰り返していた私は、ある日、母の病を治せるかもしれない薬の存在を知りました」

    完全に治るという保証はない。だが、長年の看病疲れと仕事の疲労から、ヴェルディアナはその薬に縋るしかないと思った。
    しかし、その薬は新薬という事もあり、かなりの高額でその日暮らしもやっとだったヴェルディアナには、とても手を出せる代物ではなかった。

「そんな時、私はバイト先のとある人から"ある仕事"を教えてもらったんです」

    それは、人には言えない、いわゆる"闇稼業"というものだった。

「それって、イヴァンと同じ……」

「そう。暗殺の仕事です」

    ルキアの言葉にヴェルディアナが答えた。
    現実に絶望しきっていたヴェルディアナは、最後の希望とばかりに現れた新薬を手に入れるために、その手を血に染める覚悟を決めた。なけなしの金で銃を買ったヴェルディアナは、指定された相手を見下ろしながら、震える指で引き金を引いた。それを皮切りにヴェルディアナの暗殺者としての生活が始まった。

「新薬を買っては母に与え、人を殺し、金を得る。そんな事をしているとは知らない母は、私の期待通り、回復していきました」

    母親のために暗殺を続けたヴェルディアナは、気付けば、その界隈で有名な暗殺者になっていた。

「けれど、そんなに上手くいく訳もなく………」

    ヴェルディアナが暗殺者となってから1年経ったある日、母親の容態が悪化した。効いていると思っていた新薬はその場しのぎのものでしかなく、母親は容態が悪化した2週間後に亡くなった。

「母が亡くなって、生きる目的をなくした私は暗殺者をやめ、家から逃げ出しました」

    ヴェルディアナは、この世に彷徨う亡霊のように色々な街を転々とし始めた。幸いな事に報復される事はなかったが、抜け殻のようになってしまったヴェルディアナは、自分が生きているのか、死んでいるのかさえ、分からなくなっていた。

「そんな状態で私はとうとう、ある街で力尽きました」

    とうとう、死んでしまうのか。ヴェルディアナはそう思った。だが、そんなヴェルディアナに救いの手を差し出す者がいた。彼はヴェルディアナの倒れた街の教会で神父をしている者だった。

「素性の知れない私を彼は、周りの人と同じように扱ってくれました。そんな彼の優しさに私は次第に惹かれていき、彼のために生きようと思うようになりました」

    神父に恋したヴェルディアナは、彼の教会でシスターとして働き始めた。過去に犯した罪を償うため、罪と向き合い、前に進むために。
    しかし、1度血に染まってしまった手はそう簡単には拭える訳もなく、その手の存在がヴェルディアナを苦しめる事となる。

「彼の教会で働き始めて、1年が経った頃の事です。私はとある教徒から、彼の家族の事を知らされます」

    神父の家族は、2年程前に全員亡くなっていた。話によると、マフィアの抗争に巻き込まれたそうだ。どの者も頭を撃たれており、即死だったという。だが、不思議な事に押収された銃の中に神父の家族を撃った銃はなかった。そのため、周りからは殺されたのではないかと、一時期噂になっていたらしい。
    その話を聞いたヴェルディアナは、頭が真っ白になった。その話に思い当たる節があったのだ。

「もしかして……」

「……私が、殺したんです」

    ヴェルディアナの言葉に話を聞いていた一同は、小さく息を呑んだ。

「だから、私はまた逃げ出した……」

    改めて、自分の犯した罪の重さを思い知ったヴェルディアナは、誰にも何も告げずに教会から姿を消した。
    それからのヴェルディアナは、前同様色々な街を転々としながら、必死に生きながらえて来た。

「それからなんです。何をやってもダメになってしまったのは」

    本人にも何故そうなってしまったかは分からないが、その頃のヴェルディアナは既に昔とは別人のようになっていた。そのせいで、バイトは長く続かなかった。バチが当たったんだなとヴェルディアナは思ったが、今更後悔した所で罪がなくなる訳ではない。だから、一生をかけてでも償おうとヴェルディアナは誓った。
 
「……で、ルキアに拾われたって訳ね」

「そうです」

    全てを話し終えたヴェルディアナは、どこかスッキリしたような顔で一同を見ていた。

「ヴェルディアナ」

    エリアスがいつも以上に低い声でヴェルディアナの名前を呼ぶ。その声にヴェルディアナは、真っ直ぐにエリアスを見る。

「話してくれてありがとう」

    そこには、こちらを見て、優しく微笑むエリアスがいた。まさかの表情にヴェルディアナはカァーっと顔を赤らめる。

「エリアスが笑ってる……。しかも、爽やかに」

「あれで何人もの女を落としてきたんだわ……。エリアス、恐ろしい男」

「エマ、それ古いよ」

    ルキア、エマニュエル、エヴァルトがヒソヒソと呟くと、先程まで笑っていたエリアスが「お前達なぁ……」と呆れたように言った。

「真面目な話してたはずなんですけどね。結構重めなやつ」

「いつまで引きずってんのよ、ルチ。そんなんだから、あんたシャナに………」

    エマニュエルが言い終わる前にルチアーノは、身近にあった酒のボトルをエマニュエルの口に突っ込んだ。余程言われたくなったようだが、その行動にヴェルディアナは驚きを隠せない。

「ヴェル」

    ヴェルディアナの話を忘れたかのようにはしゃぎだした3人を眺めていると、ルキアが傍に寄って来た。

「俺からもお礼言っとく。ありがとう」

「……私の方こそ、ありがとう。話を聞いてくれて」

    ヴェルディアナが口の端に笑みを浮かべると、ルキアは一瞬目を丸くする。上手く笑えているか、少し自信がなかったが、ルキアがすぐに微笑み返してくれた。

「ルチアーノ、何故こいつに酒なんか飲ませるんだ!!」

「すいません。メイド長が酒に弱いの、忘れてました……」

    不意に騒がしい事に気付き、2人がそちらに目をやると、先程の酒のせいで酔ってしまったらしい、エマニュエルが服を脱ごうとしている所だった。その傍らには、慌ててそれを止めようとするエリアスとルチアーノの姿が。

「ルキア、エマを止めるから、手貸してくれる?」

    手に負えないと思ったエヴァルトがルキアに頼む。男2人に制されているにも関わらず、なおも暴れているエマニュエルにルキアは呆れ顔で席から立ち上がる。

「ヴェルは危ないから、そこにいろよ」

「え、えぇ……」

    ルキアはヴェルディアナにそう言うと、エヴァルトとエマニュエルを止めに向かった。
    翌日、エマニュエルに再び外出禁止令が出た事は言うまでもない。
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