8 / 12
act7:無傷を装い血を流す
しおりを挟む
それは、今から3年前の事。ヴェルディアナは、とある森の中で難病の母親と2人で暮らしていた。母親の病はその頃流行っていたもので、治療法もなく、薬で病の進行を遅らせながら、何とか命を繋いでいた。
その頃のヴェルディアナは、今のようにドジではなく、むしろしっかりとしていて、母親の薬代を稼ぐためにバイトを掛け持ちしていた。
「朝から夕方まで働いて、家に帰れば母の看病。そんな生活を繰り返していた私は、ある日、母の病を治せるかもしれない薬の存在を知りました」
完全に治るという保証はない。だが、長年の看病疲れと仕事の疲労から、ヴェルディアナはその薬に縋るしかないと思った。
しかし、その薬は新薬という事もあり、かなりの高額でその日暮らしもやっとだったヴェルディアナには、とても手を出せる代物ではなかった。
「そんな時、私はバイト先のとある人から"ある仕事"を教えてもらったんです」
それは、人には言えない、いわゆる"闇稼業"というものだった。
「それって、イヴァンと同じ……」
「そう。暗殺の仕事です」
ルキアの言葉にヴェルディアナが答えた。
現実に絶望しきっていたヴェルディアナは、最後の希望とばかりに現れた新薬を手に入れるために、その手を血に染める覚悟を決めた。なけなしの金で銃を買ったヴェルディアナは、指定された相手を見下ろしながら、震える指で引き金を引いた。それを皮切りにヴェルディアナの暗殺者としての生活が始まった。
「新薬を買っては母に与え、人を殺し、金を得る。そんな事をしているとは知らない母は、私の期待通り、回復していきました」
母親のために暗殺を続けたヴェルディアナは、気付けば、その界隈で有名な暗殺者になっていた。
「けれど、そんなに上手くいく訳もなく………」
ヴェルディアナが暗殺者となってから1年経ったある日、母親の容態が悪化した。効いていると思っていた新薬はその場しのぎのものでしかなく、母親は容態が悪化した2週間後に亡くなった。
「母が亡くなって、生きる目的をなくした私は暗殺者をやめ、家から逃げ出しました」
ヴェルディアナは、この世に彷徨う亡霊のように色々な街を転々とし始めた。幸いな事に報復される事はなかったが、抜け殻のようになってしまったヴェルディアナは、自分が生きているのか、死んでいるのかさえ、分からなくなっていた。
「そんな状態で私はとうとう、ある街で力尽きました」
とうとう、死んでしまうのか。ヴェルディアナはそう思った。だが、そんなヴェルディアナに救いの手を差し出す者がいた。彼はヴェルディアナの倒れた街の教会で神父をしている者だった。
「素性の知れない私を彼は、周りの人と同じように扱ってくれました。そんな彼の優しさに私は次第に惹かれていき、彼のために生きようと思うようになりました」
神父に恋したヴェルディアナは、彼の教会でシスターとして働き始めた。過去に犯した罪を償うため、罪と向き合い、前に進むために。
しかし、1度血に染まってしまった手はそう簡単には拭える訳もなく、その手の存在がヴェルディアナを苦しめる事となる。
「彼の教会で働き始めて、1年が経った頃の事です。私はとある教徒から、彼の家族の事を知らされます」
神父の家族は、2年程前に全員亡くなっていた。話によると、マフィアの抗争に巻き込まれたそうだ。どの者も頭を撃たれており、即死だったという。だが、不思議な事に押収された銃の中に神父の家族を撃った銃はなかった。そのため、周りからは殺されたのではないかと、一時期噂になっていたらしい。
その話を聞いたヴェルディアナは、頭が真っ白になった。その話に思い当たる節があったのだ。
「もしかして……」
「……私が、殺したんです」
ヴェルディアナの言葉に話を聞いていた一同は、小さく息を呑んだ。
「だから、私はまた逃げ出した……」
改めて、自分の犯した罪の重さを思い知ったヴェルディアナは、誰にも何も告げずに教会から姿を消した。
それからのヴェルディアナは、前同様色々な街を転々としながら、必死に生きながらえて来た。
「それからなんです。何をやってもダメになってしまったのは」
本人にも何故そうなってしまったかは分からないが、その頃のヴェルディアナは既に昔とは別人のようになっていた。そのせいで、バイトは長く続かなかった。バチが当たったんだなとヴェルディアナは思ったが、今更後悔した所で罪がなくなる訳ではない。だから、一生をかけてでも償おうとヴェルディアナは誓った。
「……で、ルキアに拾われたって訳ね」
「そうです」
全てを話し終えたヴェルディアナは、どこかスッキリしたような顔で一同を見ていた。
「ヴェルディアナ」
エリアスがいつも以上に低い声でヴェルディアナの名前を呼ぶ。その声にヴェルディアナは、真っ直ぐにエリアスを見る。
「話してくれてありがとう」
そこには、こちらを見て、優しく微笑むエリアスがいた。まさかの表情にヴェルディアナはカァーっと顔を赤らめる。
「エリアスが笑ってる……。しかも、爽やかに」
「あれで何人もの女を落としてきたんだわ……。エリアス、恐ろしい男」
「エマ、それ古いよ」
ルキア、エマニュエル、エヴァルトがヒソヒソと呟くと、先程まで笑っていたエリアスが「お前達なぁ……」と呆れたように言った。
「真面目な話してたはずなんですけどね。結構重めなやつ」
「いつまで引きずってんのよ、ルチ。そんなんだから、あんたシャナに………」
エマニュエルが言い終わる前にルチアーノは、身近にあった酒のボトルをエマニュエルの口に突っ込んだ。余程言われたくなったようだが、その行動にヴェルディアナは驚きを隠せない。
「ヴェル」
ヴェルディアナの話を忘れたかのようにはしゃぎだした3人を眺めていると、ルキアが傍に寄って来た。
「俺からもお礼言っとく。ありがとう」
「……私の方こそ、ありがとう。話を聞いてくれて」
ヴェルディアナが口の端に笑みを浮かべると、ルキアは一瞬目を丸くする。上手く笑えているか、少し自信がなかったが、ルキアがすぐに微笑み返してくれた。
「ルチアーノ、何故こいつに酒なんか飲ませるんだ!!」
「すいません。メイド長が酒に弱いの、忘れてました……」
不意に騒がしい事に気付き、2人がそちらに目をやると、先程の酒のせいで酔ってしまったらしい、エマニュエルが服を脱ごうとしている所だった。その傍らには、慌ててそれを止めようとするエリアスとルチアーノの姿が。
「ルキア、エマを止めるから、手貸してくれる?」
手に負えないと思ったエヴァルトがルキアに頼む。男2人に制されているにも関わらず、なおも暴れているエマニュエルにルキアは呆れ顔で席から立ち上がる。
「ヴェルは危ないから、そこにいろよ」
「え、えぇ……」
ルキアはヴェルディアナにそう言うと、エヴァルトとエマニュエルを止めに向かった。
翌日、エマニュエルに再び外出禁止令が出た事は言うまでもない。
その頃のヴェルディアナは、今のようにドジではなく、むしろしっかりとしていて、母親の薬代を稼ぐためにバイトを掛け持ちしていた。
「朝から夕方まで働いて、家に帰れば母の看病。そんな生活を繰り返していた私は、ある日、母の病を治せるかもしれない薬の存在を知りました」
完全に治るという保証はない。だが、長年の看病疲れと仕事の疲労から、ヴェルディアナはその薬に縋るしかないと思った。
しかし、その薬は新薬という事もあり、かなりの高額でその日暮らしもやっとだったヴェルディアナには、とても手を出せる代物ではなかった。
「そんな時、私はバイト先のとある人から"ある仕事"を教えてもらったんです」
それは、人には言えない、いわゆる"闇稼業"というものだった。
「それって、イヴァンと同じ……」
「そう。暗殺の仕事です」
ルキアの言葉にヴェルディアナが答えた。
現実に絶望しきっていたヴェルディアナは、最後の希望とばかりに現れた新薬を手に入れるために、その手を血に染める覚悟を決めた。なけなしの金で銃を買ったヴェルディアナは、指定された相手を見下ろしながら、震える指で引き金を引いた。それを皮切りにヴェルディアナの暗殺者としての生活が始まった。
「新薬を買っては母に与え、人を殺し、金を得る。そんな事をしているとは知らない母は、私の期待通り、回復していきました」
母親のために暗殺を続けたヴェルディアナは、気付けば、その界隈で有名な暗殺者になっていた。
「けれど、そんなに上手くいく訳もなく………」
ヴェルディアナが暗殺者となってから1年経ったある日、母親の容態が悪化した。効いていると思っていた新薬はその場しのぎのものでしかなく、母親は容態が悪化した2週間後に亡くなった。
「母が亡くなって、生きる目的をなくした私は暗殺者をやめ、家から逃げ出しました」
ヴェルディアナは、この世に彷徨う亡霊のように色々な街を転々とし始めた。幸いな事に報復される事はなかったが、抜け殻のようになってしまったヴェルディアナは、自分が生きているのか、死んでいるのかさえ、分からなくなっていた。
「そんな状態で私はとうとう、ある街で力尽きました」
とうとう、死んでしまうのか。ヴェルディアナはそう思った。だが、そんなヴェルディアナに救いの手を差し出す者がいた。彼はヴェルディアナの倒れた街の教会で神父をしている者だった。
「素性の知れない私を彼は、周りの人と同じように扱ってくれました。そんな彼の優しさに私は次第に惹かれていき、彼のために生きようと思うようになりました」
神父に恋したヴェルディアナは、彼の教会でシスターとして働き始めた。過去に犯した罪を償うため、罪と向き合い、前に進むために。
しかし、1度血に染まってしまった手はそう簡単には拭える訳もなく、その手の存在がヴェルディアナを苦しめる事となる。
「彼の教会で働き始めて、1年が経った頃の事です。私はとある教徒から、彼の家族の事を知らされます」
神父の家族は、2年程前に全員亡くなっていた。話によると、マフィアの抗争に巻き込まれたそうだ。どの者も頭を撃たれており、即死だったという。だが、不思議な事に押収された銃の中に神父の家族を撃った銃はなかった。そのため、周りからは殺されたのではないかと、一時期噂になっていたらしい。
その話を聞いたヴェルディアナは、頭が真っ白になった。その話に思い当たる節があったのだ。
「もしかして……」
「……私が、殺したんです」
ヴェルディアナの言葉に話を聞いていた一同は、小さく息を呑んだ。
「だから、私はまた逃げ出した……」
改めて、自分の犯した罪の重さを思い知ったヴェルディアナは、誰にも何も告げずに教会から姿を消した。
それからのヴェルディアナは、前同様色々な街を転々としながら、必死に生きながらえて来た。
「それからなんです。何をやってもダメになってしまったのは」
本人にも何故そうなってしまったかは分からないが、その頃のヴェルディアナは既に昔とは別人のようになっていた。そのせいで、バイトは長く続かなかった。バチが当たったんだなとヴェルディアナは思ったが、今更後悔した所で罪がなくなる訳ではない。だから、一生をかけてでも償おうとヴェルディアナは誓った。
「……で、ルキアに拾われたって訳ね」
「そうです」
全てを話し終えたヴェルディアナは、どこかスッキリしたような顔で一同を見ていた。
「ヴェルディアナ」
エリアスがいつも以上に低い声でヴェルディアナの名前を呼ぶ。その声にヴェルディアナは、真っ直ぐにエリアスを見る。
「話してくれてありがとう」
そこには、こちらを見て、優しく微笑むエリアスがいた。まさかの表情にヴェルディアナはカァーっと顔を赤らめる。
「エリアスが笑ってる……。しかも、爽やかに」
「あれで何人もの女を落としてきたんだわ……。エリアス、恐ろしい男」
「エマ、それ古いよ」
ルキア、エマニュエル、エヴァルトがヒソヒソと呟くと、先程まで笑っていたエリアスが「お前達なぁ……」と呆れたように言った。
「真面目な話してたはずなんですけどね。結構重めなやつ」
「いつまで引きずってんのよ、ルチ。そんなんだから、あんたシャナに………」
エマニュエルが言い終わる前にルチアーノは、身近にあった酒のボトルをエマニュエルの口に突っ込んだ。余程言われたくなったようだが、その行動にヴェルディアナは驚きを隠せない。
「ヴェル」
ヴェルディアナの話を忘れたかのようにはしゃぎだした3人を眺めていると、ルキアが傍に寄って来た。
「俺からもお礼言っとく。ありがとう」
「……私の方こそ、ありがとう。話を聞いてくれて」
ヴェルディアナが口の端に笑みを浮かべると、ルキアは一瞬目を丸くする。上手く笑えているか、少し自信がなかったが、ルキアがすぐに微笑み返してくれた。
「ルチアーノ、何故こいつに酒なんか飲ませるんだ!!」
「すいません。メイド長が酒に弱いの、忘れてました……」
不意に騒がしい事に気付き、2人がそちらに目をやると、先程の酒のせいで酔ってしまったらしい、エマニュエルが服を脱ごうとしている所だった。その傍らには、慌ててそれを止めようとするエリアスとルチアーノの姿が。
「ルキア、エマを止めるから、手貸してくれる?」
手に負えないと思ったエヴァルトがルキアに頼む。男2人に制されているにも関わらず、なおも暴れているエマニュエルにルキアは呆れ顔で席から立ち上がる。
「ヴェルは危ないから、そこにいろよ」
「え、えぇ……」
ルキアはヴェルディアナにそう言うと、エヴァルトとエマニュエルを止めに向かった。
翌日、エマニュエルに再び外出禁止令が出た事は言うまでもない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる