夜明けの丿怪物

カミーユ R-35

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第6話『甘い蜜』

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それから暫く雨宮さんの運転で車に揺られていると、やがて目的地に着いたらしく車が停止した。「着きましたよ」その言葉に窓の外を見ると、そこには大きなマンションが見えた。
「降りましょうか」そう言われて車から降りると、改めてその建物を見上げると、かなりの大きさの建物だという事が分かる。
「凄いですね」思わず感嘆の声を漏らすと雨宮さんは微笑みながらこう返した。
「ふふっ、そうでしょうか?」「はい!こんなに大きなマンションは初めて見ましたよ」
「それは良かったです」嬉しそうに微笑む雨宮さんに手を引かれながらマンションの中に入ると、そこには管理人室のような場所があり、そこで初老の男性が出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ」深々と頭を下げる男性に対して雨宮さんが挨拶をすると、僕も慌てて頭を下げた。
すると男性はニッコリ微笑むと僕に話しかけてきた。

「お初にお目にかかります。ワタクシはこのマンションの管理人をしている者です。どうぞ宜しく頼みます」そう言って手を差し出してきたので僕は恐る恐るその手を掴むと握手を交わすと男性はニッコリ微笑む。隣で静かに見ていた雨宮さんが「では、行きますよ」と声を掛けてきたので慌ててついていく事にした。
エレベーターに乗り込むとドアが閉まり上に上がっていく感覚を感じながら、僕は緊張していた。するとそんな僕の様子を察したのか雨宮さんが話し掛けてきた。

「大丈夫ですよ、何も心配いりませんからね」そう言って優しく微笑んでくれる姿に安心感を覚えた僕は少し気持ちが楽になる。やがて最上階に着くとエレベーターを出て直ぐの扉を開き雨宮さんに案内され中に入り長い廊下をくぐり抜ける、とそこは広いリビングだった。その奥にはキッチンがあり、更には寝室やお風呂などもあるようでかなり充実している印象を受けた。
「凄いですね」思わず感想を口にすると雨宮さんは微笑みながらこう言った。
「ありがとうございます。気に入っていただけて良かったです」そう言って喜ぶ彼を見つめながら僕はこれからここで生活する事になるのかと考えただけで緊張してきた。
そんな僕の心情を察したのか雨宮さんが優しく声を掛けてくれる。
「今日はもう遅いですし、詳しい話は明日にしましょう?とりあえず今日はゆっくり休んで下さいね」そう言って微笑む四宮さん。ソラはお礼を言いつつ、雨宮さんに連れられて部屋の一つに入った。そこはリビングの隣の部屋でベッドと机などの最低限の家具だけが置かれているシンプルな内装の部屋だった。

「とりあえずこのお部屋を使って下さい」と言われた僕は恐る恐る中に入る。部屋は広くも狭くもない感じだったが、一人で生活するには十分な広さがあるように思えた。(僕の部屋より広いかも…)
「何か必要な物があったら言って下さいね?揃えておきますから」そう言って微笑む雨宮さんに対して感謝の気持ちを伝える為に頭を下げると四宮さんは部屋を出ていった。ソラは、それを見届けるとベッドの上に横になった。
これからどうなってしまうんだろう?と不安に思いつつも1人になった事で、肩の緊張が一気に解れたのか疲れが一気に押し寄せてきた。そのまま睡魔に身を任せるといつの間にか眠ってしまったのだった。


---その頃一方『会員制クラブ』にて…。
ソラが突如消えた事により、全ての出入りを封鎖して調査していた。しかし、肝心のソラは見つからず、皆血眼になって探し回ったが、手掛かりすら掴めずにいた。そんな中、一人の男が口を開く。
「何をしている」唐突に響いた声に、その場にいた全員が振り返えり、そして驚いた。

そこにはソラの消えた場所を見つめながら低く唸る男の姿があった。男の名前は『任堂 崇裕 』といい、このクラブのオーナーであると同時に、『裏』の世界ではその名を知らぬ者はいないほどの大物だった。男は怒りに満ちた表情で部下達に指示を出した。その口調にはどこか狂気じみたものすら感じられる程に、男の表情は怒りに満ちていた。
「必ず見つけ出せ!逃したらどうなるか分かっているだろうな?」そう言うと部下達は一斉に頷き、その場を去っていく。そこにこの店の店長でもある綺羅がやって来た。彼は任堂に向かって深々と頭を下げた後に、報告を始める。

「申し訳ありません。ソラさんの行方は未だ掴めず、それどころか手がかりすら掴めておりません。店の監視カメラ全てを確認した所、彼が席を移動した処から何故か彼の姿が映らなくなっております。おそらく、外部の犯行も疑えます」綺羅の言葉を聞いて任堂は表情一つ変えずに黙っているだけだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「綺羅……。俺がお前さんにこの店を任せている意味……分かるな?」「はい、重々承知しています」
「なら俺を、失望させるなよ」それだけ言うと任堂はその場を後にした。残された綺羅は重い顔をし、深いため息をつくのだった……。




「おはようございます」翌朝、目を覚ますと雨宮さんが部屋に入ってくるところだった。僕は慌てて身体を起こすと挨拶を返す。
「おはようございます」すると雨宮さんは笑みを浮かべながら「お着替えをお持ちしました。昨晩は良く眠れましたか?」と聞いてきた。(正直気絶する様に眠ったからよく分からない)しかし、変に心配を掛けたくないが為に、とりあえず「はい、」と返事をする。
「それは良かったです。朝食の用意も出来ていますので、着替えられたらリビングまでいらっしゃって下さいね」と言って去っていく雨宮さんを尻目に僕は今着ている服を脱ぐのだった……。
身支度を済ませ、リビングに入るとテーブルの上には既に食事が用意されており美味しそうな匂いが漂っていた。メニューはトーストやサラダなどの軽食だ。僕は椅子に座り「いただきます」と手を合わせると、食事を始めた。
「お味はどうですか?」
「とても美味しいです!」

雨宮さんは嬉しそうに微笑むばかりで、何故か雨宮さんの前には食事が置かれていない。(一様コーヒーは置いてあるけど、まさかそれだけ?)不思議に思い、聞いてみることにした。
「雨宮さんは食べないんですか?」すると雨宮さんは「私、少食なのであまり食べることができないんです。ですから朝は基本このコーヒー1杯で済ませちゃうんです」と苦笑いを浮かべていた。(僕に気を使ってくれたのかな?)と思いそれ以上聞くことはなかった。黙々と1人食事を摂っていると、ふと…別のことに気が取られた。(四宮さんって元々整った顔をしているけど、こうして明るい場所で改めてみると美形だよな…)そんな風に見惚れていたせいだろう。気付けばソラの視線が気になったのか、雨宮さんは僕を凝視していた。

「どうしたんですか?」と聞く彼に、ハッとした様子で我に返り「いや、なんでもありませんッ!」と言って慌てて視線を逸らした。(見られてるのバレちゃった…)恥ずかしさと、少しの緊張が入り混じり、何とも言えない気分になる。
すると、そんな雰囲気を打ち消すかのように着信音が響く。

「すみません。ちょっと出てきます」と言って雨宮さんは立ち上がった。そして、スマホを取り出し画面を操作すると耳に当てる。どうやら電話をしているようだった。
「もしもし……はい。ええ。分かりました」その声には緊張感が含まれている様だった。何かあったんだろうか……と思っていると、雨宮さんがこちらに戻ってきたので聞いてみることにした。すると彼は少し困った様な表情を浮かべながら「実は少々急用が出来てしまいました。ですので、少しの間、お留守番をしてくれますか?」と聞いてきた。どうやら急用が入ったようだ。
「分かりました」と答える僕に彼は申し訳なさそうに「すみません。なるべく早めに戻りますので」と言って足早に出かけて行ったのだった。
それから暫く……雨宮さんがいない間、僕は1人リビングで過ごしていたのだが、ふとある事に気付いた。(そう言えば、この家って何だか生活感か無い家だな……)部屋の設備は行き届いているが、余り使っている形跡が無い。四宮さんって普段どんな生活をしているのか気になってしまった僕は、少しの罪悪感を抱きながらも部屋を探検することにした。
(ごめんなさい。四宮さん)心の中で謝りながら、まずは目に入った部屋から周ることにした。

そして、扉を開けると真っ先に目に飛び込んできたのは大きな本棚(ここってもしかして……書斎?)そんな事を考えながらも部屋の中へと入っていくと、壁際の棚に本が沢山並べられていた。その光景に圧巻された僕は「うわぁ……」と思わず感嘆の声を上げる。
本棚の中には様々なジャンルのものがあり、中には外国語で書かれた物もあった。(凄い…こんな物まで)と感心しながら次の部屋に向かう。次に僕がやってきた部屋は何も無い部屋。(物置部屋?)その割には物が1つも見当たらず、せめてクローゼットには何か有るのでは?と思い開くが何も無かった。
(こっちも何もない……)と思っていると背後から「何をしているのですか?」と言う声が聞こえてくると同時に肩に手を置かれ、驚いて振り返るとそこには出かけた筈の雨宮さんが立っていた。
彼は僕の顔を見るなり少し不機嫌そうな顔をしながら詰め寄ってきた。僕は慌てて弁解しようとするが、それより先に彼が口を開く。
「伝え忘れた私も悪いですが、ここは入室禁止です」低い声で言う雨宮さんに、僕は身体を縮こませながら謝ることしか出来なかった。(どうしよう…怒らせちゃった)不安から四宮さんの顔が見れない。すると彼は呆れたようにため息を吐いた後、僕を優しく抱きしめ耳元で囁いた。その言葉にソラは赤面して顔が熱くなるのを感じながらも黙って聞いていると、彼は笑みを浮かべながら更に続けた。心臓が激しく脈打ち始め、余計に雨宮さんの顔を見れない。そんな僕の反応を見て満足したのか、彼はゆっくりと離れると僕の頭を撫でる。その手つきはとても優しくて心地よかった。

「さぁ戻りましょうか」と言って部屋を出るよう促す雨宮さんに、黙って従うように後をついて行く。
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