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身分不相応

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『お屋敷の天使様を知ってる?』

 そう最初に口にしたのは、二番街の十字路の角に住む女の子だった。

『聞いたことある。領主さまのとこのお客さんだろ』
『ああ、それならうちの親父、お屋敷に腸詰めを買ってもらってるんだ。この前、大事なお客様が来るとかで、別の地方で作られてるやつを融通できないかって言われて困ってた。その客人の好物らしい』
『お兄ちゃんが見たことあるって! 教会に来てたらしいの。ちょうど馬車を下りたところで、銀色の髪が美しくて、服装は男だったけど、まるでお姫様みたいだったって』

 その日は、子供たちだけで外に出ていた。なぜだったのかは覚えていない。誰かの家のお使いだったのか、ただ遊んでいただけなのか、市(いち)でも立っていたのか。

 ともかく、エリオットはその話題がユフィを指すものであることにすぐに気づいた。

『僕、お屋敷でいつも会うよ! 友達なんだ!』
『ほんと?』

 友人たちが目を輝かせて話の続きを促す。エリオットは、ユフィがどれだけ心優しい人物であるかを語って聞かせた。
 泥で汚れるのも構わず一緒に遊んでくれること、とても物知りなこと、表情も仕草も上品なこと、美味しいお菓子をくれること。
 すると、最初は興味深そうに聞いていた子どもたちの顔に複雑なものが混じっていく。何か変なことを言っただろうかと口を閉ざしたエリオットに、一番年上の子が躊躇うように告げてきた。

『……エリオット、あんまり親しくならない方が良いよ』
『どうして?』
『それは……その人は、住む世界が違う人だからだよ』

 そうだそうだと頷く皆に、エリオットは戸惑う。天使様のような見た目をしていたとしても、彼は間違いなく人間だ。いや、精霊の御子様であるのかもしれないけれど、それもきちんと人間の女性の胎から生まれる。寿命も普通の人間と変わらない。別の種族というわけではなく、あくまで人間なのだ。

『いいか、そういう人たちは俺たち庶民にホドコシをするのも仕事なんだよ。でなきゃ趣味』
『ほどこし?』
『同情してるとか、憐れんでるから優しくしてくれるってこと。俺たちが図に乗ったり、俺たちに飽きたりしたらそこで終わりなんだよ、友達じゃない』
『そん……なこと』

 ユフィに限ってありえない。思わずそう憤るエリオットを見つめる皆の目にこそ、確かな哀れみが宿っている。エリオットは口を噤んだ。友人たちは一人良い思いをするエリオットを妬んでいるだとか、馬鹿にしているわけではないのだ。

 ――卑屈な言い方はしたくないけど、友達にはなれないのよ。
 ――あっちは私たちを使う側で、私たちは使われる側。あなたはちょっと身の程知らずなの。
 ――だって皆に天使さまなんて呼ばれてる貴族様だもの。誰にでも優しいはず。それを真に受けて調子に乗って、これから傷つくのはエリオット、おまえだ。
 ――ようは釣り合いとか相応しい身分、っていうのがあるんだよ。

 口々に並べられたのは、心ない言葉ではなく真理だった。エリオットが知らない現実を、友人たちは当然のことのように教えてくれる。口から出かけていた反論が引っ込み、そのせいか胃のあたりがじくっとした。

 ユフィは優しいから、貴族としての礼節を重んじて目下の者であるエリオットに付き合ってくれているだけ。もしエリオットが同じ貴族だったなら、どんくさいやつだと言葉も交わしてもらえなかったかもしれない、彼らはそう言いたいのだ。

『そういうことをわかった上で付き合うならいいけど、あなたも天使さまが好きなら気を付けた方が良いよ、エリオット。本当に優しい人なら、懐かれて鬱陶しくても口には出せないかもしれないんだから』

 隣の誰かに慰めるように頭を撫でられながら、エリオットは「うん」と頷いた。
 概念として理解していた身分の違いというものを、エリオットはこのとき初めて意識した。
 友達になることはもちろん、憧れることも身の程知らず。恋慕うだなんて恐れ多くてとんでもないこと。

 だから、エリオットから多くを望んではいけない。求められたら応じて、飽きられたら、そういうものだと諦めなければならない。少しでも長く関われたら十分だと思わなくてはいけないし、そのためには迷惑になったり、嫌われたりしないように、ほどよい距離感を保たなくてはならない。

 だから、この想いが伝わらなくても構わない。ユフィに自分は釣り合わない。自分にユフィなど手に余る。遠くから幸せそうなその姿を眺めていられたら十分。陰で想い続けることを許されるなら、それ以上のことはない。もっと相応(ふさわ)しい伴侶が現れる日が待ち遠しい。
そう自分を抑えつけてこれまで生きてきた。

 けれどそれも今日で終わり。
 もう自分に嘘はつけない。

 ユフィのことが、好きだ。

 自分以外の誰かと寄り添う彼の姿など、想像したくもないぐらいに。



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