上 下
10 / 29

理想の相手②

しおりを挟む
「そうか、御子様に興味はないんだね。じゃあ王子様みたいな人は?」
「王子様みたいな……?」
「うん。さっき上に居たでしょう? エリオットが王子様らしい人だ、と言っていたあの方のような、そういう人は?」
「えっ! も、もっと恐れ多くて、僕にはそんな、口に出すことも……」
「もし〝本物の王子様〟が……王位継承権を持つ人が君の前に現れたら、興味を惹かれたりするのかな? どう? 妾妃、は突飛だね。たとえば城の庭師とかどうだろう? うん、きっとエリオットなら素晴らしい職人になるだろうな、どう? 王子様に望まれて城で働くというのは、嬉しくはないかい?」
「……お城で……」

 ただ揶揄われているだけかと思っていたが、ユフィは真面目に借問しているらしい。
アウレロイヤ家は辺境にありながら、建国時から国王に仕える貴族の中でも最古参にあたる家門だ。もしかして新たな働き口を紹介してくれようというのだろうか。色々と経験を積ませようとしてくれているのかもしれない。それ自体はとても光栄なことだ。

 けれど、王都にはユフィが居ない。ユフィのために花屋になろうと思ったのに、それでは意味がない。
 そこまで考えて、ふいに痛感させられてしまう。ユフィにとって、エリオットに会えなくなることは些事さじにすぎないのだ。花を運ぶのはエリオットではなくてもいい。だから、こんな提案ができる。エリオットはその程度の存在でしかない。

 彼が善意でそうしようとしてくれていることは自明だ。だからこそとてつもなく寂しい気持ちになった。

 エリオットはこみ上げた想いが漏れてしまわないよう、貴方のために花を育てたいのだと押しつけがましくならないよう、必死に言葉を選んだ。

「ええと……とても光栄ですけれど、僕には荷が重いかな、と思っちゃいます。貴族の方々が集うところですし、絶対に失敗が許されない環境となると責任に押しつぶされてしまいそうで……僕は、アウレロイヤでのんびりしている方が性に合ってるんです」

 ユフィは少しだけ眼差しを険しくして、そうかと呟いた。
 そして手元にまだランタンが残っていることを思い出し、地面に点在するキャンドルから内部へ火を移した。ほんのり色づくような明かりの中で火影を揺らしながら、それは天へと旅立っていた。
 しばしの間、二人で魅入るようにその燈火を見送る。

「……それは、もしや幼馴染のため?」
「え?」

 心臓がばくんと跳ねた。幼馴染というと、ユフィ自身のことだろうか。どうして見透かされたのだろう。

「ジン、という彼とは仲がいいんだよね? そんなに離れがたいほどなのかな」
「えっ……え、まさか、違います。確かにジンは友達ですが、そこまでべったりじゃありません。もちろん離れ離れになったら寂しいですけど、だからといって一生会えなくなるわけではないし、手紙のやり取りぐらいができればそれで……」
「そうなんだ。じゃあ、エリオットはどんな人が好き?」

 どうしてジンの話が急に、と尋ねる前に、ユフィが唐突に問う。

 好き――好き、とエリオットは眼をぱちくりさせ、内心で繰り返した。

 ジンのことは、好きだ。王子様のことも好きだし、シェリーのことも好きだ。けれど、これはそういう『好き』の話だろうか。違う気がする。たとえるなら、ユフィに対して抱きかけてしまうような『好き』のことを言っているのだと思う。

 どうして突然こんなことを聞くのだろう。不審に思ったのは一瞬だけだった。空には無数の柔らかな灯火が浮かび、地面に点在するキャンドルや街灯が闇夜を幻想的に照らし出している。ロマンチックな気分になるのも頷けた。

 そういえば、ユフィと恋愛だとか異性のことだとかいう話をしたことはなかった。エリオットから尋ねるのは烏滸おこがましいこと、不躾ぶしつけなことだと避けてきた内容だった。ユフィ自身もエリオットの恋になんて興味ないだろうと、わざわざ話を持ち出すこともなかったけれど。もっとも、ユフィの性別を超えた神々しいまでの美しさを前に、そういった世俗的な話題を出すことが憚られたというのが大きいが。

 うまく話を繋げられたら、ユフィが理想とする相手のことも聞けるだろうか。もちろん努力してその座を掴みとろうなんて考えていない。きっとこういう人に違いないと、想像してその時・・・に備えたいだけだ。

「うーん……誰に対しても分け隔てない態度で、優しくて、そして努力家で」
「うん」

 すべて、ユフィのことだった。貴賤きせんを問わず平等に優しく接してくれる。日々の実務や鍛錬はもちろん、出来なくとも問題が無い家事に至るまで努力を惜しまない。

「それと、髪が綺麗で…………互いに支え合えるような人だと、いいなあって思います」

 あからさまにユフィを意識した特徴を並べてしまう前に、適当にお茶を濁しておく。ありふれた内容に聞こえるだろうけれど、どれも紛れもない本心である。

「なるほど……」

 ユフィは何かを考えこむように顎に手をやった。
 そういえば先日、エリオットが成人を迎えたことを随分と気にしている様子だった。
 もしかして、と思い至る。

 ――僕の結婚相手を、探そうとしてくれてるのかな。

 ユフィは顔が広い。色恋沙汰に疎いと思われるエリオットを見かねて、紹介できる人を探そうとしてくれているのかもしれない。先ほども述べた通り、ユフィは優しい人だ。それはもう残酷なほどに。善意だけで行動しているから、それで誰かが傷つくだなんて考えもしない。それでも誰も彼を恨みはしない。逆恨みすら抱かせない。それがある種、生まれ持った彼の聖性なのだろうとエリオットは理解している。

 もし実際に結婚相手を紹介されたら、エリオットはきっと断れない。恋慕う人に引き合わされた、とても良い人と良い家庭を築くだろう。それはそれで幸福なはずだけれど、惨い仕打ちなことは間違いない。それでもやはり、ユフィを憎むことはないのだ。

 その思案気な横顔を眺めつつ、どう話を切り返そうか様子を窺う。ふいに、ユフィが何かを閃いたようにこちらを見た。
 ユフィは僅かに身をかがめた。その顔を僅かに傾けつつ、言う。結わえた綺麗な長い髪が、その肩を水が流れるようにすべり落ちた。

「その条件には、私も当てはまっているように思うんだけど」
「――――」

 ひゅっ、と声とも呼吸ともつかない音が咽喉のどから漏れた。その台詞も、薄闇の中で間近に迫った美貌も、何もかもが衝撃的過ぎて言葉が出てこない。

 ――神か、天の御使いが舞い降りたみたいだ。

 彼と初めて出会った時と同じ感想が、ふわりと胸の奥で花開く。
 少しの間見惚れて、そして、すぐに泣きだしそうになった。やはりユフィは残酷だ。絶対にエリオットを選んではくれないくせに、軽々しくそんな冗談を口にするのだから。

 好きになってもいいんですか、と反射的に尋ねてしまいそうになって、口を引き結ぶ。それはあまりに意地悪だったから。先ほどまでと同じように「僕なんて恐れ多い」と慌てふためくのを期待しているのだろう、きっと困らせてしまう。
 だからエリオットは、平静を取り繕いはにかみを返す。

「ふふ、僕にユフィ様はもったいないですよ」
「そんなことはないよ」

 真剣な声で断言されたことは少し意外だった。目元は和やかなままだ。けれど、刷毛のような睫毛の奥に見える夜明け間際の空のような紫色の瞳は、なにか切実な輝きを放っているように見える。
 しかしそれは、見えるだけだ。エリオットが雰囲気に呑まれて、そう誤解しているだけ。ユフィは相槌のひとつとして謙遜に謙遜を返しただけに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

処理中です...