ロリ姉の脱ロリ奮闘記

大串線一

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第19話 電気って大事。身長も大事。

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「きゃっ!」

 夜八時。
 夕食も終わり、リビングでテレビを観つつ、定位置ともなったソファでうとうとしていると、風呂場の方から姉貴の小さな悲鳴が聞こえてきた。
 我が姉貴は、毎日この時間になると風呂に入り、九時には就寝という、小学生のような生活を送っているのである。
 ……足を滑らせでもしたのだろうか。
 と思っていたら。

「なんでぇ!? なんで大季のときじゃなくてわたしのときなのぉー!?」

 姉貴がなにやらほざいている。

「ねえお父さん!」

 仕事から帰ってきて間もない父は、俺たちより遅れて只今夕食中。姉貴に呼ばれた父は、しかし、テレビでプロ野球中継(広島戦)を観ているため、返事をしない。父は、野球が好きすぎるあまり、野球観戦中はなにを言っても反応しないのだ。野球を観ながら食事しているというより、食事しながら野球を観ている。メインは食事ではなく野球であり、食事はついでなのである。料理を作った人に対して失礼だが、母はこれにも慣れたと以前言っていた。
 その母はというと、俺の向かいのソファでぐうぐう寝ている。この人は……放っておこう。

「俺行ってくるよ」

「…………」

 もちろん返事はなかったが、構わず風呂場へ向かった。
 脱衣所のドアの前に立つ。ドアの向こうが真っ暗だった。浴室から漏れるあかりもない。
 姉貴は普段、脱衣所と浴室の電気をどちらもけて入浴する。ということは、どちらの電球も切れたのだろう。すげえ。奇跡だ。なんたる悪運。

「電気くらい点けたら?」

 知っててそう言うと、

「点かないから困っているんでしょうがっ!」

 と、予想通りの声が返ってきた。


「替えの電球あったかね……。探してみたら?」

「あんたが探してみたら!?」

 姉貴の全力の叫び声が狭い浴室に響き渡った。

「はいはい。ちょっと待ってて」

 そう言い残して、俺は目の前のドアを開け、脱衣所に入る。暗くて手元がよく見えないので、スマホの明かりを頼りに目的のものを探す。

「な、なんで勝手に入ってくるのよ! 覗き? さては覗きね! いくら姉弟の関係でも、わたしのスレンダーなカラダを見せるわけにはいかないわ! 見ていいのは、わたしの愛した人だけと決めているの! そう、たとえば、成宮くんのような素敵な男性とかよ!」

 浴室と脱衣所とを隔てるドアの向こうから、姉貴の怒った声が聞こえてくる。やかましいが、勝手に喋らせておく。
 替えの電球取るだけに決まってんだろうが。
 洗面台下の開き戸を開けて、風呂場のスペアの電球の箱を手にする。優しい俺は、ちゃんと箱から電球を取り出してやる。足拭きマットの上にその電球を置いて、俺は脱衣所を後にする。脱衣所の電球は、姉貴が風呂を上がって着替えてから、俺が替えておこう。踏み台がないと、俺でも届かない。

「風呂場の電球、足拭きマットんとこに置いといた」

 直後、浴室のドアが乱暴に開かれる音がした。

「ちょ、ちょっと大季! あんたが取り付けるのやってよ! わたしじゃ、と、届かないのよ!」

「だろうね」

「なによその言い方! わたし怒るわよ!」

 こんなことを言うやつは、大抵、すでに怒っている。
 人に物を頼むにしては偉そうで腹立たしいが、姉貴の背丈では電球の取り付けが困難なのはわかっていたので。

「じゃあ、バスタオル巻け」

「……お母さんに頼むわ」

 姉貴と違って、母の身長は平均的だ。

「爆睡中。ちなみに父さんは野球観てる」

 母は、寝ているところを誰かに起こされると、超絶機嫌が悪くなる。ゆえに、母は頼みを聞いてくれないだろう。

「む……むむ……」

「諦めろ。それとも風邪引くの覚悟で母さんを待つか? 明日の朝になるかもしれない。てか、後がつかえるから、俺としてははよして欲しい」

「む、むむぅ………」

 姉貴は今、重要な選択に迫られている。

「…………」

「むむむぅ……むぅ……」

「…………」

「ふむむぅ……」

 さすがに待てない。このままじゃ明日になっちまう。

「俺が替えちゃうわ」

「……そ、そうね。そうして……ちょうだい」

 了承してくれた。

「今バスタオル巻くから、待ってて」

 風呂場のドアが開く音がして、次いで、姉貴の足音。そして、衣擦れの音。
 脱衣所の外で待つこと二十秒弱。

「い、いいわ」

 姉貴の硬い声がした。家族でなにをそんなに緊張してるんだ。
 まずは風呂場の電球から替えようと、脱衣所に入る。
 すると、姉貴と軽く接触して、姉貴が短い声を漏らす。

「やっ。な、なに? お風呂場から? 先に言ってよ」

「こっちのは後でやっとくって……言ってなかったか」

 邪魔なので姉貴にはどいていただく。靴下を脱いで、電球を拾い上げて風呂場に行く。
 難なく電球を取り替えると、ピカッとまばゆい光が浴室を照らした。思わず目を細める。

「うわぁ、ありがとう!」

 素直に礼を口にする姉貴が、なんだか可愛らしく思える。光のせいか、その笑顔が眩しい。
 が、それも一瞬で、

「ああ。いいよべつ――」

「って、こっち見ないでよねエッチ!」

 恩人たる俺を押しのけ、姉貴は風呂場へ戻り、俺を脱衣所に押しやり、ドアを乱暴に閉めやがった。
 ムカつくので、点いたばかりの電気を、スイッチで以て消してやった。

「いぃぃぃやぁぁぁあああー!」

 芸術的な悲鳴が、家中に響き渡った。
 すぐに、スイッチを押して明るくする。

「な、なにしてんのよもう! びっくりしたじゃないの! あ、いや、別にびっくりなんてしてないわ。全然よ?」

 誰に言い訳してるんだ。

「あー、悪い悪い。手が滑った」

「まったくもう。しっかりしてちょうだい? びっくりしたじゃない。……だ、だからこれっぽっちもびっくりなんてしてないんだからねっ!」

「そっか。さすが姉貴、大人だぜ」

「ふっふーん。当然よ!」

 もう一度、電気を消す。

「ひぃゃぁぁぁあああーっっっ!」

 今日も元気な我が姉貴であった。

 ……後が怖いけど、まあいいや。



〈今日の姉貴の一言〉

「家の電球、早くAEDにして欲しいわ。すぐに切れるから、困っちゃう」

 LEDな。
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