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第3話 留守番も人によっては難しい。
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「おはよう、大季」
休日の昼過ぎ。
リビングでテレビをぼんやり見てくつろいでいると、姉貴がようやく起きてきた。毎度のことだけど。
普段は二つ結びにしている黒髪は、今は下げられていて、見るに堪えないボサボサ加減だ。
「おはようじゃねぇよ、こんにちはだよ、もう」
俺と両親はとっくに昼食を取り終わっていた。両親は買い物に行っているため、今、家には俺と姉貴しかいない。
「大季。食パン」
と言い、姉貴が俺に手を差し出してくる。持ってきて、ということなんだろう。
食パンは冷蔵庫の最下段の冷凍室に入っている。
「俺は食パンじゃない」
「じゃあトースターにしてあげる」
「してあげるってなんだ! 願い下げだ!」
「『俺に触れると、やけどするぜ』って言えるわね」
「だからなんだ! 羨ましくねーからな!」
「うるさいなぁー。それなら黙って牛乳になりなさい。ふむ……? 牛からのスタート?」
「無理だアホ!」
要するに、食パンをトーストして、あと牛乳も持って来いということらしい。
「……姉貴の方が冷蔵庫に近いだろ」
「それはどうかしら? わたしが最短距離で冷蔵庫に行くとでも思ってるわけ?」
「思ってるわ!」
「甘いわね。生のとうもろこし並みに甘いわね」
生のとうもろこしがどれほど甘いのかわからないので、自分がどれほど甘いのか、まったくわからん。
「は? 遠回りして行くのかよ。家の中なのに?」
「そういう気分なの」
「どういう気分だ」
屁理屈も大概にしてほしい。
「人生、遠回りも大事よね」
「そんなアホな行動と人生をひとくくりにするな」
「健康のために、毎日一万歩は確保しておきたいのよ。さっき起きてすぐ、部屋で二千歩歩いてきてね~」
屋内で稼いだそれを、果たして健康と言えるのだろうか。
「おかげで目が回って気持ち悪いわ」
元も子もない。アホだろ。外に出ろ外に。
「そういうわけだから、持ってきて」
これ以上言い争うのも時間と熱量の無駄なので、仕方なくお望み通りにやってあげた。お子様とは違うのである。
「サンキュサンキュっ!」
姉貴は、嬉しいときは、普段の大人ぶった表情や言葉遣いもなりを潜める。それがちょっと、ほんのちょっとだけ、可愛かったりする。
真っ先に牛乳を飲み干した。
「ぷはーっ!」
背を伸ばしたいがために、姉貴は牛乳を毎朝飲んでいる。それなのに結果が伴わないのは、生活習慣とか諸々の理由もあるだろうが、まあ、運命ってやつだろう。ずっと牛乳を飲んでりゃいいさ。
「姉貴」
「なにかしら?」
「俺、これから出かけるけどいいか?」
「いいけど、どこに行くの?」
「散歩だよ、散歩」
実は彼女とデートなのだが、わざわざ言わなくてもいいだろう。
「そう。わかった」
「お留守番頼む」
「子どもじゃないんだから、言われるまでもないわ、それくらい」
頬を膨らませる姉貴。子どもっぽいよ、それ。
「家に一人しかいないときに電話がかかってきたら、『おかけになった電話は、現在使われていないか、電波の届かない場所にあるため、お繋ぎできません』と言えばいいんでしょう?」
「大正解だ。文句の付けどころがない」
子どもの頃に両親から言われたことを、姉貴はまだ忘れていない。言われたこと自体がおかしいことにも、気付いていない。そんなピュアな心を、姉貴は持っている。そろそろそれじゃ済まない年になってきた気もするが。
「じゃあ、行くわ」
立ち上がり、玄関に向かう。
姉貴が見送りに出てきた。
「気を付けて行ってくるのよ。私も、もしお客さんが来ても、子ども扱いされないように気を付けるわ」
「ああ。頑張れよ」
どう気を付け、どう頑張るのかという疑問を抱きつつも、俺は玄関のドアを開けた。
家を出た直後、家の電話が鳴る音が外まで聞こえてきた。本当にあのセリフを口にするのだと思うと、思わず、口元が緩んだ。
〈今日の姉貴の一言〉
「Hello, this is God(こんにちは、神です)」
どんな電話の出方だよ!
休日の昼過ぎ。
リビングでテレビをぼんやり見てくつろいでいると、姉貴がようやく起きてきた。毎度のことだけど。
普段は二つ結びにしている黒髪は、今は下げられていて、見るに堪えないボサボサ加減だ。
「おはようじゃねぇよ、こんにちはだよ、もう」
俺と両親はとっくに昼食を取り終わっていた。両親は買い物に行っているため、今、家には俺と姉貴しかいない。
「大季。食パン」
と言い、姉貴が俺に手を差し出してくる。持ってきて、ということなんだろう。
食パンは冷蔵庫の最下段の冷凍室に入っている。
「俺は食パンじゃない」
「じゃあトースターにしてあげる」
「してあげるってなんだ! 願い下げだ!」
「『俺に触れると、やけどするぜ』って言えるわね」
「だからなんだ! 羨ましくねーからな!」
「うるさいなぁー。それなら黙って牛乳になりなさい。ふむ……? 牛からのスタート?」
「無理だアホ!」
要するに、食パンをトーストして、あと牛乳も持って来いということらしい。
「……姉貴の方が冷蔵庫に近いだろ」
「それはどうかしら? わたしが最短距離で冷蔵庫に行くとでも思ってるわけ?」
「思ってるわ!」
「甘いわね。生のとうもろこし並みに甘いわね」
生のとうもろこしがどれほど甘いのかわからないので、自分がどれほど甘いのか、まったくわからん。
「は? 遠回りして行くのかよ。家の中なのに?」
「そういう気分なの」
「どういう気分だ」
屁理屈も大概にしてほしい。
「人生、遠回りも大事よね」
「そんなアホな行動と人生をひとくくりにするな」
「健康のために、毎日一万歩は確保しておきたいのよ。さっき起きてすぐ、部屋で二千歩歩いてきてね~」
屋内で稼いだそれを、果たして健康と言えるのだろうか。
「おかげで目が回って気持ち悪いわ」
元も子もない。アホだろ。外に出ろ外に。
「そういうわけだから、持ってきて」
これ以上言い争うのも時間と熱量の無駄なので、仕方なくお望み通りにやってあげた。お子様とは違うのである。
「サンキュサンキュっ!」
姉貴は、嬉しいときは、普段の大人ぶった表情や言葉遣いもなりを潜める。それがちょっと、ほんのちょっとだけ、可愛かったりする。
真っ先に牛乳を飲み干した。
「ぷはーっ!」
背を伸ばしたいがために、姉貴は牛乳を毎朝飲んでいる。それなのに結果が伴わないのは、生活習慣とか諸々の理由もあるだろうが、まあ、運命ってやつだろう。ずっと牛乳を飲んでりゃいいさ。
「姉貴」
「なにかしら?」
「俺、これから出かけるけどいいか?」
「いいけど、どこに行くの?」
「散歩だよ、散歩」
実は彼女とデートなのだが、わざわざ言わなくてもいいだろう。
「そう。わかった」
「お留守番頼む」
「子どもじゃないんだから、言われるまでもないわ、それくらい」
頬を膨らませる姉貴。子どもっぽいよ、それ。
「家に一人しかいないときに電話がかかってきたら、『おかけになった電話は、現在使われていないか、電波の届かない場所にあるため、お繋ぎできません』と言えばいいんでしょう?」
「大正解だ。文句の付けどころがない」
子どもの頃に両親から言われたことを、姉貴はまだ忘れていない。言われたこと自体がおかしいことにも、気付いていない。そんなピュアな心を、姉貴は持っている。そろそろそれじゃ済まない年になってきた気もするが。
「じゃあ、行くわ」
立ち上がり、玄関に向かう。
姉貴が見送りに出てきた。
「気を付けて行ってくるのよ。私も、もしお客さんが来ても、子ども扱いされないように気を付けるわ」
「ああ。頑張れよ」
どう気を付け、どう頑張るのかという疑問を抱きつつも、俺は玄関のドアを開けた。
家を出た直後、家の電話が鳴る音が外まで聞こえてきた。本当にあのセリフを口にするのだと思うと、思わず、口元が緩んだ。
〈今日の姉貴の一言〉
「Hello, this is God(こんにちは、神です)」
どんな電話の出方だよ!
応援ありがとうございます!
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