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しおりを挟む「きゃーっ! ユリアン王子様ぁーっ!」
今日もだと思った。オレは、自身に向けられる黄色い歓声に、ため息をつく。
決して、わずらわしいという意味ではない。
賞賛してくれるのはありがたいし、気分も悪くなかった。
だが、自身の魅力など、王国の第一王子という肩書きだけだ。
自分なんかより素晴らしい人々は、もっと他にいるだろうに。
たとえば、目の前にいる二人組とか。
「ユリアン・バルシュミーデ王子、ゴキゲン麗しゅう」
「こんな朝早くに王子と出会えるなんて、なんと運のいいことなのでしょう!」
二人組の女子生徒が、手を繋ぎながらあいさつをしてきた。
「ええ、ごきげんよう。けれど」
オレは、二人に視線を移す。
「お二人の方が、余には尊き百合の花に見えますぞ」
最大級の賛辞を、二輪の花に送る。
「まあ、もったいなきお言葉!」
「王子のお妃となられるお方を差し置いて、そんなお言葉を書けてくださるなんて、恐れ多いですわ」
二人は、こちらの褒め言葉を素直に聞き入れない。
世辞だと思っている。
「お二人は、親しい間柄なのかね?」
聞くと、二人はうなずいた。
「はい、幼なじみです!」
「子どもの頃から、ずっと一緒ですわ!」
互いを向き合う二人は、手を強く握り合う。
その目には、もうオレは映っていない。
それでいいのだ! ああもうすごくいいよ! たまんない!
「ケンカもするけど、すぐ仲直り!」
「そうですわよね? 髪留めもお揃いなのですわ!」
言って、二人とも左右それぞれに同じ髪留めをしている。
一つは赤く、一つは青かった。二つ合わせて尊い色だ。
あら~っ、助かるぅ! 朝からいいモノ見たわ~。
「王子、どうなさいまして」
声をかけられてようやく、自分が虚空を見上げてヨダレを垂らしていると気づく。
いかんいかん。オレは一国の王子、醜態を晒すわけには。
「コホン。そうだ。いい物を見せてくれたお礼に、コレを」
妄想をごまかすため、懐をまさぐった。お、あったぞ。
「これは?」
二枚の半券を渡すと、少女たちは問いかけてきた。
「学食の食券ですぞ。お二方、これでコーヒーでも飲んでください」
「え、そんな。タダで受け取れません」
申し訳なく思ってか、少女は食券を返してくる。
その手を、オレはそっと受け止めた。
「これは、余の気持ちなのです。二人の友情に、余は痛く感動しました。二人の明日に、幸多からんんことを」
言い残し、オレはその場を立ち去る。
ああ尊い。セットでアイテムを共有するとか、助かるわ~。
「お見事ですわね、ユリアン・バルシュミーデ王子」
絵に描いたような金髪碧眼の清楚な女子生徒が、オレの前に立って微笑む。
「これはこれは、聖ソフィ殿」
聖ソフィ・ル・ヴェリエ。ヴェリエ侯爵の第一王女である。
「まさか、私以外の方にも、ツバを付けていらっしゃるの?」
「オレがいつ、キミにツバを付けたって?」
極めてどっちらけな口調で、オレは返す。
普段は「余」なんて仰々しく話すが、親しい人とは砕けて会話するのだ。
「まあっ。未来の嫁候補に向かって、そんな口の利き方をなさいますの?」
彼女は、というか彼女の両親と我が国王は、オレとソフィをくっつけたがっている。
かたや王家。かたや農場や商業を統括する有力者。
結束力を高めたいのだ。
「バカバカしい。オレはキミとの結婚なんて、まっぴらゴメンだ」
それに、相手にとっても失礼だろう。
「オレなんかより、ずっと素晴らしい方と結ばれるべきだ。たとえば……」
「もう聞き飽きました。でもいつか、わたくしに振り向いていただきます」
ソフィが、勝利宣言とも取れるセリフをのたまう。
「ご冗談を。王子の心を射止めるのは、このわたくしですわ!」
ゆるふわな真っ黒い髪を高めのポニーテールにした少女が、取り巻きを連れて現れた。今にも高笑いしそうだ。
「おはようございます。ツンディーリア・デ・ミケーリ様」
「ソフィさまも、ごきげんうるわしゅう」
二人はいかにもな、かしこまったあいさつを交わす。
が、オレには二人の間に、バチバチという火花が見えた。
聖ソフィに対抗心を燃やすのは、隣国から留学してきた王女ツンディーリアである。頭に小さく、黒い二本の角が見えた。彼女は、ドラゴンの血を引いているのだ。
「相変わらず、清楚なフリをしてプロポーズなさるのね。殿方は、少しは毒のある方がよろしくてよ」
ツンディーリアが先制パンチを出す。
「あらぁ? 毒とトゲの違いもわからないのですわね?」
始まったな。
「二人ともよさないか。ケンカをするのはキライだぞ」
オレが間に割って入り、制止する。
「魔法使うのも禁止。ホラ、窓も割れかけているじゃないか」
カタカタと鳴る窓に、オレは手を添えた。
ガラスに入ったヒビを、魔法を唱えて直す。
「王子がおっしゃるなら」
「ですが、どちらが相応しいかは一目瞭然ですわ」
ツンディーリアは、隣のクラスへ帰って行く。
その背中を、ソフィは切なそうに見送っているように、オレには思えた。
一連のやりとりも、オレには二人が単にじゃれているような気がしてならない。オレなど関係なく。
「この二人がくっつけばいいのに」
オレは、ずっと思っている。
「なにかおっしゃいましたか、王子?」
「いや、別に。二人の仲がもっとよくなれば、と願っただけだ」
心の声が、漏れ出てしまっていたか。うかつな。
「その可能性は、限りなくゼロです」
「ですわ。なんといっても我々は、王子の花嫁候補ですもの」
ソフィもツンディーリアも、譲らない。
でも、二人が惹かれ合っているのはわかるぞ。
だって、オレは「百合おじ」だからだ。
いわゆる百合大好き王子である。
といっても、「百合の間に挟まりたい」などと言う歪んだ欲求はない。
その様な輩を嫌う。たとえば、
「おーっす」
仲が良さそうにしている女子二人の一人に、男子生徒が肩を組む。
組まれた相手は女子と親しくしようとしているが、男子に遮られて会話ができない。
む! 反百合センサー反応!
さりげなく、男子生徒の手をどかす。
「キミ、もうすぐ授業が始まる。席に着きたまえ」
「なんです、王子? うらやましいのですか?」
男子生徒は、ちっとも悪びれた様子がない。自分がこの女子達に好かれていると思っている様子だ。
嘆かわしい、実に。
一方、女子生徒は手を取り合って、男子の枠を塞ぐ。
わかっておりますぞ、乙女殿。
「デリカシーがありませんね、キミは。おそらく彼女たちは、キミら男子には知られたくないお話をしていたのですよ。例えば恋バナとか。あるいは、とある男子生徒の悪口とか」
あえて察してもらえるように、男子生徒に告げる。
決まりが悪くなった男子生徒は、女生徒二人から席を離れた。
オレも自分の席へ向かう。
小さく「ありがとうございます」という声が、背後から聞こえた。
が、オレはあえて無視する。
ここで受け答えすれば、変な恩を抱かせてしまう。
あくまでも偶然を装うのだ。遺恨も残したくないしな。
百合の間に、男子必要なし!
これこそ、百合王子のプライドだった。
全ての授業が終わり、コーヒーでも飲もうとバラ園へ。
「あ~。今日もいい百合を見たなぁ。明日も楽しめるだろ……ん?」
いつも誰もいないバラ園に、誰かがいる。
「声を出してはダメだろ?」
「人が来ますわ」
ヒソヒソ話が、一番大きな花壇の向こうから聞こえてきた。
ゆっくりと、声のする方へ向かう。
オレの足を、好奇心が突き動かす。
どうにも、聞き覚えのある声だったからだ。
あれは、ツンディーリアではないか。
ショートカットの美男子に、言い寄られていた。
それにしても、あんな男子生徒いたっけ?
いや、オレの百合センサーが暴れている。
あれは変装、つまりフェイクだ!
髪が妙に膨らんでいて、不自然だった。
腰回りも、少年というより美少女に相応しい。言うなれば、男装の麗人だ。声も女っぽい。
オレの目をごまかせると思うなよ!
「人が来たからなんだって。ボクは構うもんか。キミが挑発してくるからだろ?」
「だって、あなたは毎回王子と楽しく語らっていますもの! 邪魔したくもなりますわ!」
ツンディーリアが言うと、麗人は指でツンディーリアにアゴクイした。
アゴクイだ! 生アゴクイ初めて見た! アゴクイィィィィ!
「いいかい。ボクはキミだけを見ている。ツンディーリア」
「ああ、愛しています。ソフィ」
ソフィだと!?
動揺して、オレは茨を踏んでしまった。
「いってえええ!」
オレが絶叫すると、二人の視線がこっちを見る。
同時に、ソフィのカツラが落ちて、金髪が夕焼けに流れた。
「王子! どうしてここが!」
相当焦っているのか、ソフィは少年ボイスが抜けていない。
「ユリアン様、このことは……」
ソフィがツンディーリアをかばう。
オレは咳払いをして、ベンチに腰掛ける。
「構わん、続けたまえ」
「余計やりづらいわ!」
今日もだと思った。オレは、自身に向けられる黄色い歓声に、ため息をつく。
決して、わずらわしいという意味ではない。
賞賛してくれるのはありがたいし、気分も悪くなかった。
だが、自身の魅力など、王国の第一王子という肩書きだけだ。
自分なんかより素晴らしい人々は、もっと他にいるだろうに。
たとえば、目の前にいる二人組とか。
「ユリアン・バルシュミーデ王子、ゴキゲン麗しゅう」
「こんな朝早くに王子と出会えるなんて、なんと運のいいことなのでしょう!」
二人組の女子生徒が、手を繋ぎながらあいさつをしてきた。
「ええ、ごきげんよう。けれど」
オレは、二人に視線を移す。
「お二人の方が、余には尊き百合の花に見えますぞ」
最大級の賛辞を、二輪の花に送る。
「まあ、もったいなきお言葉!」
「王子のお妃となられるお方を差し置いて、そんなお言葉を書けてくださるなんて、恐れ多いですわ」
二人は、こちらの褒め言葉を素直に聞き入れない。
世辞だと思っている。
「お二人は、親しい間柄なのかね?」
聞くと、二人はうなずいた。
「はい、幼なじみです!」
「子どもの頃から、ずっと一緒ですわ!」
互いを向き合う二人は、手を強く握り合う。
その目には、もうオレは映っていない。
それでいいのだ! ああもうすごくいいよ! たまんない!
「ケンカもするけど、すぐ仲直り!」
「そうですわよね? 髪留めもお揃いなのですわ!」
言って、二人とも左右それぞれに同じ髪留めをしている。
一つは赤く、一つは青かった。二つ合わせて尊い色だ。
あら~っ、助かるぅ! 朝からいいモノ見たわ~。
「王子、どうなさいまして」
声をかけられてようやく、自分が虚空を見上げてヨダレを垂らしていると気づく。
いかんいかん。オレは一国の王子、醜態を晒すわけには。
「コホン。そうだ。いい物を見せてくれたお礼に、コレを」
妄想をごまかすため、懐をまさぐった。お、あったぞ。
「これは?」
二枚の半券を渡すと、少女たちは問いかけてきた。
「学食の食券ですぞ。お二方、これでコーヒーでも飲んでください」
「え、そんな。タダで受け取れません」
申し訳なく思ってか、少女は食券を返してくる。
その手を、オレはそっと受け止めた。
「これは、余の気持ちなのです。二人の友情に、余は痛く感動しました。二人の明日に、幸多からんんことを」
言い残し、オレはその場を立ち去る。
ああ尊い。セットでアイテムを共有するとか、助かるわ~。
「お見事ですわね、ユリアン・バルシュミーデ王子」
絵に描いたような金髪碧眼の清楚な女子生徒が、オレの前に立って微笑む。
「これはこれは、聖ソフィ殿」
聖ソフィ・ル・ヴェリエ。ヴェリエ侯爵の第一王女である。
「まさか、私以外の方にも、ツバを付けていらっしゃるの?」
「オレがいつ、キミにツバを付けたって?」
極めてどっちらけな口調で、オレは返す。
普段は「余」なんて仰々しく話すが、親しい人とは砕けて会話するのだ。
「まあっ。未来の嫁候補に向かって、そんな口の利き方をなさいますの?」
彼女は、というか彼女の両親と我が国王は、オレとソフィをくっつけたがっている。
かたや王家。かたや農場や商業を統括する有力者。
結束力を高めたいのだ。
「バカバカしい。オレはキミとの結婚なんて、まっぴらゴメンだ」
それに、相手にとっても失礼だろう。
「オレなんかより、ずっと素晴らしい方と結ばれるべきだ。たとえば……」
「もう聞き飽きました。でもいつか、わたくしに振り向いていただきます」
ソフィが、勝利宣言とも取れるセリフをのたまう。
「ご冗談を。王子の心を射止めるのは、このわたくしですわ!」
ゆるふわな真っ黒い髪を高めのポニーテールにした少女が、取り巻きを連れて現れた。今にも高笑いしそうだ。
「おはようございます。ツンディーリア・デ・ミケーリ様」
「ソフィさまも、ごきげんうるわしゅう」
二人はいかにもな、かしこまったあいさつを交わす。
が、オレには二人の間に、バチバチという火花が見えた。
聖ソフィに対抗心を燃やすのは、隣国から留学してきた王女ツンディーリアである。頭に小さく、黒い二本の角が見えた。彼女は、ドラゴンの血を引いているのだ。
「相変わらず、清楚なフリをしてプロポーズなさるのね。殿方は、少しは毒のある方がよろしくてよ」
ツンディーリアが先制パンチを出す。
「あらぁ? 毒とトゲの違いもわからないのですわね?」
始まったな。
「二人ともよさないか。ケンカをするのはキライだぞ」
オレが間に割って入り、制止する。
「魔法使うのも禁止。ホラ、窓も割れかけているじゃないか」
カタカタと鳴る窓に、オレは手を添えた。
ガラスに入ったヒビを、魔法を唱えて直す。
「王子がおっしゃるなら」
「ですが、どちらが相応しいかは一目瞭然ですわ」
ツンディーリアは、隣のクラスへ帰って行く。
その背中を、ソフィは切なそうに見送っているように、オレには思えた。
一連のやりとりも、オレには二人が単にじゃれているような気がしてならない。オレなど関係なく。
「この二人がくっつけばいいのに」
オレは、ずっと思っている。
「なにかおっしゃいましたか、王子?」
「いや、別に。二人の仲がもっとよくなれば、と願っただけだ」
心の声が、漏れ出てしまっていたか。うかつな。
「その可能性は、限りなくゼロです」
「ですわ。なんといっても我々は、王子の花嫁候補ですもの」
ソフィもツンディーリアも、譲らない。
でも、二人が惹かれ合っているのはわかるぞ。
だって、オレは「百合おじ」だからだ。
いわゆる百合大好き王子である。
といっても、「百合の間に挟まりたい」などと言う歪んだ欲求はない。
その様な輩を嫌う。たとえば、
「おーっす」
仲が良さそうにしている女子二人の一人に、男子生徒が肩を組む。
組まれた相手は女子と親しくしようとしているが、男子に遮られて会話ができない。
む! 反百合センサー反応!
さりげなく、男子生徒の手をどかす。
「キミ、もうすぐ授業が始まる。席に着きたまえ」
「なんです、王子? うらやましいのですか?」
男子生徒は、ちっとも悪びれた様子がない。自分がこの女子達に好かれていると思っている様子だ。
嘆かわしい、実に。
一方、女子生徒は手を取り合って、男子の枠を塞ぐ。
わかっておりますぞ、乙女殿。
「デリカシーがありませんね、キミは。おそらく彼女たちは、キミら男子には知られたくないお話をしていたのですよ。例えば恋バナとか。あるいは、とある男子生徒の悪口とか」
あえて察してもらえるように、男子生徒に告げる。
決まりが悪くなった男子生徒は、女生徒二人から席を離れた。
オレも自分の席へ向かう。
小さく「ありがとうございます」という声が、背後から聞こえた。
が、オレはあえて無視する。
ここで受け答えすれば、変な恩を抱かせてしまう。
あくまでも偶然を装うのだ。遺恨も残したくないしな。
百合の間に、男子必要なし!
これこそ、百合王子のプライドだった。
全ての授業が終わり、コーヒーでも飲もうとバラ園へ。
「あ~。今日もいい百合を見たなぁ。明日も楽しめるだろ……ん?」
いつも誰もいないバラ園に、誰かがいる。
「声を出してはダメだろ?」
「人が来ますわ」
ヒソヒソ話が、一番大きな花壇の向こうから聞こえてきた。
ゆっくりと、声のする方へ向かう。
オレの足を、好奇心が突き動かす。
どうにも、聞き覚えのある声だったからだ。
あれは、ツンディーリアではないか。
ショートカットの美男子に、言い寄られていた。
それにしても、あんな男子生徒いたっけ?
いや、オレの百合センサーが暴れている。
あれは変装、つまりフェイクだ!
髪が妙に膨らんでいて、不自然だった。
腰回りも、少年というより美少女に相応しい。言うなれば、男装の麗人だ。声も女っぽい。
オレの目をごまかせると思うなよ!
「人が来たからなんだって。ボクは構うもんか。キミが挑発してくるからだろ?」
「だって、あなたは毎回王子と楽しく語らっていますもの! 邪魔したくもなりますわ!」
ツンディーリアが言うと、麗人は指でツンディーリアにアゴクイした。
アゴクイだ! 生アゴクイ初めて見た! アゴクイィィィィ!
「いいかい。ボクはキミだけを見ている。ツンディーリア」
「ああ、愛しています。ソフィ」
ソフィだと!?
動揺して、オレは茨を踏んでしまった。
「いってえええ!」
オレが絶叫すると、二人の視線がこっちを見る。
同時に、ソフィのカツラが落ちて、金髪が夕焼けに流れた。
「王子! どうしてここが!」
相当焦っているのか、ソフィは少年ボイスが抜けていない。
「ユリアン様、このことは……」
ソフィがツンディーリアをかばう。
オレは咳払いをして、ベンチに腰掛ける。
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「余計やりづらいわ!」
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