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優しさは偽り

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「妻なんていま私いいましたか?空耳ですよ。
なんで私がクロウさんの妻なんですか?冗談はよしてください」

「それはこっちの台詞ですよ。しっかりと言いましたよ、あやかさん。聞き捨てなりません!」

私の肩を押し、アランさんは私を部屋へと押し込んでいく。

「やめて下さい!またですか!
いいかげんにしないと…誰か~!?」

アランさんは叫ぶ私の口を塞ごうと素早く右手を私の口元に伸ばしてきた。
でも私はバシッと思いっきり叩き、早く誰か気付いて…と願い、また大声をあげる。

すると、こちらの方にパタパタと歩いてくる音がしてきた。
もしかしたら私の食事を持ってきてくれてるのかも、と期待した。
もしそうならこの状況を脱することが出来る。
お願い…そうであって…と扉の外から聞こえる音を注意深く耳を澄ました。
ただ、対峙するアランさんへの警戒だけは怠らないようにしながら…。

「どうして手を出すんですか?私は紳士なアランさんが良いなぁと思っていたのに、前回の行動でそんなのは無くなりましたよ」

「紳士なんて偽ろうと思えばいくらでも出来ますよ」

「えっ…」

「あなたはまだ私を知らないからそう思ったんでしょうね。クロウやセレスから見たら私は紳士なんかじゃない。手に入れたい物は手に入れる、そんな男ですよ」

ゾクっとした…。
優しく接していた顔の下では強情な気持ちが隠されていたなんて。
途端に今この場にいるのも偶然じゃなく、待っていたとしたら…。

(早く、早く来て…!)

「あやかさん、あなたをクロウに渡す訳にはいかない。
さっきの言葉から察っするに、今度あるパーティーに出る。それもクロウの妻という周りを欺いた役割で。
出るなら出ても構わないが、当日周りにバレた時、あなたはその場にいれるかな?」

「…何が望みなんですか?」

「ははっ、意外と鋭いんだね。
君も男が望む事わかるはずだよ?」

「…体、ですか?」

パタンと扉を閉められ、唯一の救いの手だと思う音を遮断された。
私は黙り、ゆっくり後退りをして少しでも時間を稼ごうとした。

すると、部屋をノックする音が聞こえてきた。

(良かった。これで…)

私はすぐに扉の方に駆け出した。


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