46 / 51
第3部 過去と現在編
第41話 過去ー音楽府編3(ユティア目線)
しおりを挟む
「大丈夫かい?」
「……クート……どうしてここに……」
「何となく、かな」
「……そう……」
それだけを言ったわたしを見て、クートはほんの少しだけ表情を崩す。
「少し、歩くかい?」
「……うん……」
人の少ない道を通って、校外へと歩いて行く。
少しだけ先を歩くクートの、引っ張るでもなく、握りしめるわけでも、立ち止まらせるわけでもない、ゆるく握られた手が、温かさを教えてくれる。
「クート、あの、さ」
「うん」
「わたし、ひどいことを、したのかな……」
「どうしてそう思うんだい?」
「本当は、わたし、ここには宮廷楽士になりたくて入ったわけじゃないの」
「……うん」
「ただ、上手に歌えるようになりたかった。ただ、うまく踊れるようになりたかった」
「……そうだね」
「ハノみたいに、ワトみたいに、ミオンみたいに、大きな目標があったわけじゃないの」
わたしは、場違いだったのかもしれない。
もっと、始めから、自分がそれを分かっていたら、誰かを、ミオンを傷つけるようなことは、無かったかもしれない。
「……どうしてユティアは、ミオンを傷つけたって思うんだい?」
立ち止まることなく、ゆっくりと歩きながら、クートがわたしに問いかける。
「さっきも……この前も……傷ついた表情をしてた。さっきは……見れてないけど……声が」
「そんな感じだった?」
「……うん」
そっか、と呟いたクートが、足を止める。
「クート?」
ふいに立ち止まり、こっちを向いた幼馴染を不思議に思い、彼の名前を呼べば、ぐいっ、と手が前へと引かれる。
「わっ」
「よいしょ、っと」
ポス、と倒れ込んだ先はクートの腕の中で、薬草の匂いが鼻先をくすぐる。
「……クート、どうしたの?」
「んー? いまのティアには、これが要るかなぁ、って思っただけだよ?」
わたしのおでこに顎をつけながら話すクートの腕が動く。
「クート?」
「これは、僕の独り言だから、聞かなかったことにしていいよ、ティア」
「…………独り言?」
「正直、僕はね、君が宮廷楽士になるなら、なるで、ならないならそれで、どっちでもいいんだ」
「どっちでもって……」
「そう。どっちでもいい。だって、君が選んだ道だ。僕は、それを応援するし、困ったことがあるなら力になるし、それはこれからもこの先も、変わることはない」
「……そう」
「こら。僕の独り言だって、言っただろう?」
「あ、うん」
顔を動かそうとした瞬間、グイ、と後頭部のおかれたクートの手が、わたしの動きを止める。
「僕は僕のやりたいこと、やるべきことをする。そりゃ、ティアが近くに居てくれたら何百倍もやる気は変わってくるけど、だからと言って、君を僕で縛り付けるつもりはない。ティアは、ティアらしく過ごして欲しいし、歌っていて欲しい。ティアが楽しいと思える場所が、ティアの居る場所なんだ、と僕は思ってる」
「……クート……」
「だからね、一時の友情で、君の将来を狭める必要はないんだよ」
「一時って……」
「ああ、ごめん。言葉が悪かった。これからもずっと続く友情であったとしても、だ」
「それは……」
「君の将来は、君だけのもの。そして、君は、迷いながらも道を選んだ。違うかい?」
「…………違わない」
ぽん、ぽん、と頭の後ろを、クートが優しく叩く。
「迷って泣いたって、いいんじゃないかな。誰も傷つけないでなんて生きていけないし。それに僕とエリーを見てご覧よ。お互いボッコボコにし合ってるじゃないか」
クツクツ、と笑うクートの声が、ぴったりとくっついた身体から聞こえてくる。
また、少しクートの背が伸びた。
そんなことを考えてしまうくらいには、落ち着いたらしい。
「……ぼこぼこにしすぎて、この前、アリスを泣かせたことは許さないからね」
「あー……それは……何と言いますかー」
片手で、自分の頬をかきながら言うクートを見上げれば、「ん?」と少し下を向いたクートと視線が重なる。
「ねえ、クート」
「何だい?」
「おまじない、してくれる?」
「おまじない?」
きょとん、とした顔をして、首を傾げたクートに、言葉を続ける。
「ちっちゃい時にいつもしてくれてたやつ」
「ちっちゃい時に……って、アレ?」
「そう、それ」
「あー…………」
困った顔をしながら、斜め上を見るクートに、「ねえってば」と声をかければ、クートの耳が、少し赤い。
「本当にするの?」
「して欲しい」
「知らないよ? どうなっても」
「元気でるもん」
「あー……さいで……」
しばらく、ううん、ううん、と唸ったあと、観念したような表情を浮かべて、クートが少し離れる。
「……目、閉じてて」
「……うん?」
「……本当にするよ? いい?」
「いいよ」
視界を閉じた代わりに、風に揺れる葉っぱの音や、遠くの人の声が耳に入る。
トス、と軽い衝撃と、少し高めの体温が、おでこにあたる。
「それはそれは小さな森 もしも小さき人ならば
その青をまとえただろう 青に愛されしこの丘は
芽吹きの丘とうたわれよう」
少し低くなったクートの声が、耳に入る。
皆がうたう、この国の歌の、冒頭。
昔から、クートの歌うこの部分が好きなのだ。
「クート、ありが」
歌い終わった、離れたおでこの体温に、瞼を開ければ、クートの顔がすぐ目の前にある。
「まだダメ」
そう言って近づいたクートに思わず目を瞑れば、瞼に柔らかいものがあたる。
「なっ、いまっ?!」
「元気、出たでしょ?」
ぱちん、と片目を瞑って笑うクートに、ドキリ、と心臓が大きく音を立てる。
「そこまでしてなんて言ってないっ!」
「だから本当にいいか聞いたのにぃ~」
グッとクートの制服の胸元を掴んで、ぐらぐらと前後に揺らしながら文句を言えば、クートは耳を赤くしながら、「理不尽~」と笑った。
「……クート……どうしてここに……」
「何となく、かな」
「……そう……」
それだけを言ったわたしを見て、クートはほんの少しだけ表情を崩す。
「少し、歩くかい?」
「……うん……」
人の少ない道を通って、校外へと歩いて行く。
少しだけ先を歩くクートの、引っ張るでもなく、握りしめるわけでも、立ち止まらせるわけでもない、ゆるく握られた手が、温かさを教えてくれる。
「クート、あの、さ」
「うん」
「わたし、ひどいことを、したのかな……」
「どうしてそう思うんだい?」
「本当は、わたし、ここには宮廷楽士になりたくて入ったわけじゃないの」
「……うん」
「ただ、上手に歌えるようになりたかった。ただ、うまく踊れるようになりたかった」
「……そうだね」
「ハノみたいに、ワトみたいに、ミオンみたいに、大きな目標があったわけじゃないの」
わたしは、場違いだったのかもしれない。
もっと、始めから、自分がそれを分かっていたら、誰かを、ミオンを傷つけるようなことは、無かったかもしれない。
「……どうしてユティアは、ミオンを傷つけたって思うんだい?」
立ち止まることなく、ゆっくりと歩きながら、クートがわたしに問いかける。
「さっきも……この前も……傷ついた表情をしてた。さっきは……見れてないけど……声が」
「そんな感じだった?」
「……うん」
そっか、と呟いたクートが、足を止める。
「クート?」
ふいに立ち止まり、こっちを向いた幼馴染を不思議に思い、彼の名前を呼べば、ぐいっ、と手が前へと引かれる。
「わっ」
「よいしょ、っと」
ポス、と倒れ込んだ先はクートの腕の中で、薬草の匂いが鼻先をくすぐる。
「……クート、どうしたの?」
「んー? いまのティアには、これが要るかなぁ、って思っただけだよ?」
わたしのおでこに顎をつけながら話すクートの腕が動く。
「クート?」
「これは、僕の独り言だから、聞かなかったことにしていいよ、ティア」
「…………独り言?」
「正直、僕はね、君が宮廷楽士になるなら、なるで、ならないならそれで、どっちでもいいんだ」
「どっちでもって……」
「そう。どっちでもいい。だって、君が選んだ道だ。僕は、それを応援するし、困ったことがあるなら力になるし、それはこれからもこの先も、変わることはない」
「……そう」
「こら。僕の独り言だって、言っただろう?」
「あ、うん」
顔を動かそうとした瞬間、グイ、と後頭部のおかれたクートの手が、わたしの動きを止める。
「僕は僕のやりたいこと、やるべきことをする。そりゃ、ティアが近くに居てくれたら何百倍もやる気は変わってくるけど、だからと言って、君を僕で縛り付けるつもりはない。ティアは、ティアらしく過ごして欲しいし、歌っていて欲しい。ティアが楽しいと思える場所が、ティアの居る場所なんだ、と僕は思ってる」
「……クート……」
「だからね、一時の友情で、君の将来を狭める必要はないんだよ」
「一時って……」
「ああ、ごめん。言葉が悪かった。これからもずっと続く友情であったとしても、だ」
「それは……」
「君の将来は、君だけのもの。そして、君は、迷いながらも道を選んだ。違うかい?」
「…………違わない」
ぽん、ぽん、と頭の後ろを、クートが優しく叩く。
「迷って泣いたって、いいんじゃないかな。誰も傷つけないでなんて生きていけないし。それに僕とエリーを見てご覧よ。お互いボッコボコにし合ってるじゃないか」
クツクツ、と笑うクートの声が、ぴったりとくっついた身体から聞こえてくる。
また、少しクートの背が伸びた。
そんなことを考えてしまうくらいには、落ち着いたらしい。
「……ぼこぼこにしすぎて、この前、アリスを泣かせたことは許さないからね」
「あー……それは……何と言いますかー」
片手で、自分の頬をかきながら言うクートを見上げれば、「ん?」と少し下を向いたクートと視線が重なる。
「ねえ、クート」
「何だい?」
「おまじない、してくれる?」
「おまじない?」
きょとん、とした顔をして、首を傾げたクートに、言葉を続ける。
「ちっちゃい時にいつもしてくれてたやつ」
「ちっちゃい時に……って、アレ?」
「そう、それ」
「あー…………」
困った顔をしながら、斜め上を見るクートに、「ねえってば」と声をかければ、クートの耳が、少し赤い。
「本当にするの?」
「して欲しい」
「知らないよ? どうなっても」
「元気でるもん」
「あー……さいで……」
しばらく、ううん、ううん、と唸ったあと、観念したような表情を浮かべて、クートが少し離れる。
「……目、閉じてて」
「……うん?」
「……本当にするよ? いい?」
「いいよ」
視界を閉じた代わりに、風に揺れる葉っぱの音や、遠くの人の声が耳に入る。
トス、と軽い衝撃と、少し高めの体温が、おでこにあたる。
「それはそれは小さな森 もしも小さき人ならば
その青をまとえただろう 青に愛されしこの丘は
芽吹きの丘とうたわれよう」
少し低くなったクートの声が、耳に入る。
皆がうたう、この国の歌の、冒頭。
昔から、クートの歌うこの部分が好きなのだ。
「クート、ありが」
歌い終わった、離れたおでこの体温に、瞼を開ければ、クートの顔がすぐ目の前にある。
「まだダメ」
そう言って近づいたクートに思わず目を瞑れば、瞼に柔らかいものがあたる。
「なっ、いまっ?!」
「元気、出たでしょ?」
ぱちん、と片目を瞑って笑うクートに、ドキリ、と心臓が大きく音を立てる。
「そこまでしてなんて言ってないっ!」
「だから本当にいいか聞いたのにぃ~」
グッとクートの制服の胸元を掴んで、ぐらぐらと前後に揺らしながら文句を言えば、クートは耳を赤くしながら、「理不尽~」と笑った。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる