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第3部 過去と現在編
第38話 収穫祭の始まり
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「あれ、タウェン副隊長、もう抜けても大丈夫なんですか?」
「ええ。今回は新入団員の訓練がてらの巡回を軸においていますから」
「へえ」
薬草倉庫から、この数日で使う分の薬草を持って戻ってきた時、クートの話し声と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ところで、今回は」
「あ、やっぱりタウェンさんだ」
ひょこ、と店内を覗き込めば、連れてこられたであろう人を診るクートと、その彼を連れてきたであろう騎士団一番隊副隊長のタウェンさんの姿が見える。
「やあ、アリスちゃん」
ニカッと爽やかな笑顔を浮かべこちらを見たタウェンさんに、「こんにちわ」と言葉を返しながら、荷物を持ったまま、彼らとは少し離れたカウンターへと進んでいく。
「ありがとう、アリス」
「いいよ。ついでに準備もしちゃうね?」
「ああ、ありがとう。ありがとうついでに、酔いさまし薬も取ってもらえるかい?」
「あらら。その人、もう酔っ払っちゃったの?」
「みたいだね」
寝かせた人の顔を見て、苦笑いを浮かべながら言うクートに、今年も早いなぁ、とクートと同じような表情を浮かべながら、薬草棚から調合済の薬を取り出す。
「始まったばかりで申し訳ない。救護所に行くよりもクート君のお店のほうが近かったもので」
そう言って、クートから離れ、カウンターへと近づいてきたタウェンさんは、「僕が持っていきますよ」と苦笑いを浮かべる。
「すみません。じゃあ、お願いできますか?」
「もちろん。お水はこれを使っていいのかな?」
「はい。大丈夫です」
「了解です」
私のお願いに、タウェンさんは。慣れた様子でカップに水を入れ、酔いさましの薬を受け取ってクートの元へと戻っていく。
彼をパッと見た限りでも具合の急変はなさそうだと判断をした私は、忙しくならないことを祈りながら、倉庫からもって来たいくつかの薬草を、カウンターへと並べていく。
アネフィークの山頂に積もった雪が溶け、温かな季節を迎える前に、去年の収穫と、今年の収穫を祈って、歌って踊って、美味しいものを食べる。
それが、メンジェイス国王都メンジェイスで開かれる王都収穫祭。
そして、今日はその一日目。けれど、ついさっき、開幕の狼煙があがり、収穫祭は始まったばかり。
「ま、とりあえず薬も吐き出すことなく飲んだし、意識もあるみたいだからしばらく寝かせて様子を診ます」
「了解しました。しかし……毎年のことながら……クート君にもアリスちゃんにもお世話になります」
ペコリと頭を下げたタウェンさんに、クートは「大丈夫ですよ」と笑う。
「実行委員から予算もしっかり貰ってますし、予想以上に対応することになったら追加の予算もしっかり頂戴するので何も問題ありません」
にっこり、といい笑顔を浮かべながら言ったクートを見て、タウェンさんは瞬きを繰り返したあと、声をあげて笑った。
朝一番での来訪客以降、途切れては誰かが来て、また途切れる、というのを何度か繰り返したお昼頃。
「お届けものでーす!」
元気な声で店内に入ってきた彼女に、クートの雰囲気が変わる。
「ああ、ごめん、ユティア。取りに行くつもりだったんだ」
「大丈夫よ、クート。店長が休憩がてらに行っておいで、って外に出してくれたから」
そう言って、嬉しそうに笑ったユティアを見て、クートが優しく笑う。
二人とも嬉しそうだなぁ、とのんびりと二人の様子を眺めていれば、「あっ!」とユティアがふいにこっちを振り向いた。
「アリス! なあにその格好! すっごい良い! すっごい可愛い!!!」
ダッ、と室内を駆けてくるユティアの瞳が、とても、とても輝いている。
「なあに、って別に普通の」
「普通?! これが普通!? 普通じゃないでしょ! 可愛い可愛いっ」
「ふぐっ……か、可愛いのは違うと思うけど……ちょっと懐かしい、かな?」
むぎゅと抱きつきながら言うユティアの胸に押しつぶされそうになりながら、どうにかこうにか口を開けば、「確かに」とクートが笑いながら答える。
「そういえば薬学府に居た頃は、そんな服装で調合練習してる時が多かったねぇ」
「スカートだと動きにくいんだもん」
「それも言ってたね」
「えええ、わたしも見たかったぁ!」
「いや、ユティア? 似たようなの見てるよ?」
「でも見たかったの!」
「ええぇぇ……」
「今日もユティアはユティアらしくていい日だねぇ」
ふふ、と笑いながら言うクートはどうやら休憩仕様に切り替えたようで、入れておいた紅茶を手にとってのんびりと口をつけている。
そんなクートの様子を見て、ユティアと私は顔を見合わせて笑う。
「はい、こっちがクートので、こっちはわたしとアリスの分ね」
「ありがとう」
「ああ、そういえば」
「ん?」
ユティアが持ってきたサンドイッチを受け取りながら、クートが口を開く。
「今日の最後の出番の時は、僕たちも見に行くからね」
「え、本当?」
「うん、今回は今日と明後日が最終回で、明日はお昼の回の最後の方だけ聞きに行けそうかな。もちろんアリスも一緒にね」
そう言って、サンドイッチに齧りついたクートに、ユティアは嬉しそうに笑う。
「今日の舞台は大人数なんだよって事だけ聞いたけど……そんなにたくさんの人が出るの?」
ロヤの蜂蜜漬けを、お湯の入ったカップに入れながらユティアに問いかける。
「そうなの! えっとね。久々に叱られたりしたけど、練習もずっと楽しかった!」
叱られたとは。
ユティアの口から出てきた言葉に、瞬きをするものの、当の本人は、きらきらと瞳を輝かせている。
よっぽど楽しかったんだろうなぁ。
目の前の満開の笑顔の幼馴染に、自分までつられて笑顔が浮かぶ。
「しかもね、えっとね。今回はミオンたちが一緒に出てくれるのよ」
「ミオン、って、宮廷楽士の?」
「そう!」
コクコクコク、と笑顔のままに激しく首を縦に振りながら、ユティアは言う。
「ティア、秘密にしておくんじゃなかったのかい?」
サンドイッチを食べ終わったらしいクートが、ほんの一瞬、不思議そうな表情をしてユティアを見たあと、口を開く。
「だって……アリスにも聞いておいて欲しくなっちゃんたんだもん」
「…………君らしいね」
ほんの少しだけ、頬を赤らめて言うユティアに、クートは目元を緩めて笑う。
そんな二人を見て、私も口元が緩むものの、いくつか気になったことがあって。
「ねえ、ユティア?」
「なあに?」
「宮廷楽士ってさ。毎年、街の演奏会と宮廷演奏会が重なるからこの時期は忙しいことが多くなかったっけ……? しかも、今は、第二王子の婚礼の儀に向けての準備もあるって聞いたけど……?」
首を傾けかけた私に、ユティアが「えっとね」と口を開く。
「細かい経緯は色々あるんだけど、どうにか、時間の調整がつきそう、ってミオンから連絡が来てね」
「なるほど」
宮廷楽士になったユティアの音楽府の同期たちは、新しい季節を迎えたこの次期は、宮廷内で行われる舞踏会、音楽会などに向けての練習、調整で収穫祭の時期は慌ただしい日々を送っている。
例年通りであれば、収穫祭にお客さんとして顔を出す時間は作れても、舞台に出演する時間を作ることは難しかったりしていたのだが、どうやら今年は違ったらしい。
「ふふふ。驚かせようと思って秘密にしてたの。ごめんね」
ぱちん、と片目を瞑りながら言うユティアに、「うん。びっくりした」と告げれば、彼女は楽しそうに笑う。
「本当は舞台に出る時まで、黙ってようかと思ってたけど。どうしても、言いたくなっちゃった」
そう言って、悪戯を思いついた時の顔をしながらユティアは笑う。
可愛らしいのに、時々やんちゃで。
小さい頃は、ラグスと力比べもしていたなぁ、なんて遠い昔のことを思い出しながら、音楽府に通っていた頃の彼女を思い出す。
ー 「やっぱり、皆には見つかっちゃうね」
あの頃、そう言って笑う時はいつも、泣きそうな顔をしていたのに。
ー 「悔しいから、練習してたんだ!」
二言目には、そんな表情もひっこめて、ピンッ、と背筋を伸ばしていた。
ー 「次こそは、一番になる!」
そんなユティアの頑張りを、誰よりも見ていたのは、やっぱり他の誰でもない、クートで。
ユティアが迷った時、背中を押したのも、やっぱりクートだった。
「ええ。今回は新入団員の訓練がてらの巡回を軸においていますから」
「へえ」
薬草倉庫から、この数日で使う分の薬草を持って戻ってきた時、クートの話し声と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ところで、今回は」
「あ、やっぱりタウェンさんだ」
ひょこ、と店内を覗き込めば、連れてこられたであろう人を診るクートと、その彼を連れてきたであろう騎士団一番隊副隊長のタウェンさんの姿が見える。
「やあ、アリスちゃん」
ニカッと爽やかな笑顔を浮かべこちらを見たタウェンさんに、「こんにちわ」と言葉を返しながら、荷物を持ったまま、彼らとは少し離れたカウンターへと進んでいく。
「ありがとう、アリス」
「いいよ。ついでに準備もしちゃうね?」
「ああ、ありがとう。ありがとうついでに、酔いさまし薬も取ってもらえるかい?」
「あらら。その人、もう酔っ払っちゃったの?」
「みたいだね」
寝かせた人の顔を見て、苦笑いを浮かべながら言うクートに、今年も早いなぁ、とクートと同じような表情を浮かべながら、薬草棚から調合済の薬を取り出す。
「始まったばかりで申し訳ない。救護所に行くよりもクート君のお店のほうが近かったもので」
そう言って、クートから離れ、カウンターへと近づいてきたタウェンさんは、「僕が持っていきますよ」と苦笑いを浮かべる。
「すみません。じゃあ、お願いできますか?」
「もちろん。お水はこれを使っていいのかな?」
「はい。大丈夫です」
「了解です」
私のお願いに、タウェンさんは。慣れた様子でカップに水を入れ、酔いさましの薬を受け取ってクートの元へと戻っていく。
彼をパッと見た限りでも具合の急変はなさそうだと判断をした私は、忙しくならないことを祈りながら、倉庫からもって来たいくつかの薬草を、カウンターへと並べていく。
アネフィークの山頂に積もった雪が溶け、温かな季節を迎える前に、去年の収穫と、今年の収穫を祈って、歌って踊って、美味しいものを食べる。
それが、メンジェイス国王都メンジェイスで開かれる王都収穫祭。
そして、今日はその一日目。けれど、ついさっき、開幕の狼煙があがり、収穫祭は始まったばかり。
「ま、とりあえず薬も吐き出すことなく飲んだし、意識もあるみたいだからしばらく寝かせて様子を診ます」
「了解しました。しかし……毎年のことながら……クート君にもアリスちゃんにもお世話になります」
ペコリと頭を下げたタウェンさんに、クートは「大丈夫ですよ」と笑う。
「実行委員から予算もしっかり貰ってますし、予想以上に対応することになったら追加の予算もしっかり頂戴するので何も問題ありません」
にっこり、といい笑顔を浮かべながら言ったクートを見て、タウェンさんは瞬きを繰り返したあと、声をあげて笑った。
朝一番での来訪客以降、途切れては誰かが来て、また途切れる、というのを何度か繰り返したお昼頃。
「お届けものでーす!」
元気な声で店内に入ってきた彼女に、クートの雰囲気が変わる。
「ああ、ごめん、ユティア。取りに行くつもりだったんだ」
「大丈夫よ、クート。店長が休憩がてらに行っておいで、って外に出してくれたから」
そう言って、嬉しそうに笑ったユティアを見て、クートが優しく笑う。
二人とも嬉しそうだなぁ、とのんびりと二人の様子を眺めていれば、「あっ!」とユティアがふいにこっちを振り向いた。
「アリス! なあにその格好! すっごい良い! すっごい可愛い!!!」
ダッ、と室内を駆けてくるユティアの瞳が、とても、とても輝いている。
「なあに、って別に普通の」
「普通?! これが普通!? 普通じゃないでしょ! 可愛い可愛いっ」
「ふぐっ……か、可愛いのは違うと思うけど……ちょっと懐かしい、かな?」
むぎゅと抱きつきながら言うユティアの胸に押しつぶされそうになりながら、どうにかこうにか口を開けば、「確かに」とクートが笑いながら答える。
「そういえば薬学府に居た頃は、そんな服装で調合練習してる時が多かったねぇ」
「スカートだと動きにくいんだもん」
「それも言ってたね」
「えええ、わたしも見たかったぁ!」
「いや、ユティア? 似たようなの見てるよ?」
「でも見たかったの!」
「ええぇぇ……」
「今日もユティアはユティアらしくていい日だねぇ」
ふふ、と笑いながら言うクートはどうやら休憩仕様に切り替えたようで、入れておいた紅茶を手にとってのんびりと口をつけている。
そんなクートの様子を見て、ユティアと私は顔を見合わせて笑う。
「はい、こっちがクートので、こっちはわたしとアリスの分ね」
「ありがとう」
「ああ、そういえば」
「ん?」
ユティアが持ってきたサンドイッチを受け取りながら、クートが口を開く。
「今日の最後の出番の時は、僕たちも見に行くからね」
「え、本当?」
「うん、今回は今日と明後日が最終回で、明日はお昼の回の最後の方だけ聞きに行けそうかな。もちろんアリスも一緒にね」
そう言って、サンドイッチに齧りついたクートに、ユティアは嬉しそうに笑う。
「今日の舞台は大人数なんだよって事だけ聞いたけど……そんなにたくさんの人が出るの?」
ロヤの蜂蜜漬けを、お湯の入ったカップに入れながらユティアに問いかける。
「そうなの! えっとね。久々に叱られたりしたけど、練習もずっと楽しかった!」
叱られたとは。
ユティアの口から出てきた言葉に、瞬きをするものの、当の本人は、きらきらと瞳を輝かせている。
よっぽど楽しかったんだろうなぁ。
目の前の満開の笑顔の幼馴染に、自分までつられて笑顔が浮かぶ。
「しかもね、えっとね。今回はミオンたちが一緒に出てくれるのよ」
「ミオン、って、宮廷楽士の?」
「そう!」
コクコクコク、と笑顔のままに激しく首を縦に振りながら、ユティアは言う。
「ティア、秘密にしておくんじゃなかったのかい?」
サンドイッチを食べ終わったらしいクートが、ほんの一瞬、不思議そうな表情をしてユティアを見たあと、口を開く。
「だって……アリスにも聞いておいて欲しくなっちゃんたんだもん」
「…………君らしいね」
ほんの少しだけ、頬を赤らめて言うユティアに、クートは目元を緩めて笑う。
そんな二人を見て、私も口元が緩むものの、いくつか気になったことがあって。
「ねえ、ユティア?」
「なあに?」
「宮廷楽士ってさ。毎年、街の演奏会と宮廷演奏会が重なるからこの時期は忙しいことが多くなかったっけ……? しかも、今は、第二王子の婚礼の儀に向けての準備もあるって聞いたけど……?」
首を傾けかけた私に、ユティアが「えっとね」と口を開く。
「細かい経緯は色々あるんだけど、どうにか、時間の調整がつきそう、ってミオンから連絡が来てね」
「なるほど」
宮廷楽士になったユティアの音楽府の同期たちは、新しい季節を迎えたこの次期は、宮廷内で行われる舞踏会、音楽会などに向けての練習、調整で収穫祭の時期は慌ただしい日々を送っている。
例年通りであれば、収穫祭にお客さんとして顔を出す時間は作れても、舞台に出演する時間を作ることは難しかったりしていたのだが、どうやら今年は違ったらしい。
「ふふふ。驚かせようと思って秘密にしてたの。ごめんね」
ぱちん、と片目を瞑りながら言うユティアに、「うん。びっくりした」と告げれば、彼女は楽しそうに笑う。
「本当は舞台に出る時まで、黙ってようかと思ってたけど。どうしても、言いたくなっちゃった」
そう言って、悪戯を思いついた時の顔をしながらユティアは笑う。
可愛らしいのに、時々やんちゃで。
小さい頃は、ラグスと力比べもしていたなぁ、なんて遠い昔のことを思い出しながら、音楽府に通っていた頃の彼女を思い出す。
ー 「やっぱり、皆には見つかっちゃうね」
あの頃、そう言って笑う時はいつも、泣きそうな顔をしていたのに。
ー 「悔しいから、練習してたんだ!」
二言目には、そんな表情もひっこめて、ピンッ、と背筋を伸ばしていた。
ー 「次こそは、一番になる!」
そんなユティアの頑張りを、誰よりも見ていたのは、やっぱり他の誰でもない、クートで。
ユティアが迷った時、背中を押したのも、やっぱりクートだった。
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