3 / 6
第3話 電波たちの仕事
しおりを挟む『よう波留。お疲れ』
ヴン、と短いノイズ音が聞こえた直後、少し離れたところに人影が浮かぶ。
「あ、レイくん。お疲れ様です。六沢さんとさきほど戻りました」
『知ってる』
低く、けれど通る声を持つ彼、レイくんは日本支部、支部長かつ、一課の課長でもある野矢支部長、の相棒で、新しく保護したコがいる場合に、レーダー電波であるレイくんの測定能力がIUCSIGには必要となる。
ぽん、と僕の肩を軽く叩かれ、「ですよね」と返せば、レイくんからは『ああ』と短い言葉が返される。
キャスや皐月くんの相棒のマイくん、文月くんの相棒のクロくんとは違い、だいぶ無口なレイくんだが、彼がここへ来て数秒後、さきほど連れ帰ってきたコの容姿が、このコの部屋の入り口横に設置されたモニターに映る。
「本当にいつも思いますが、レイくんの仕事は正確かつ早いですよね。僕も見習わなくては」
レーダー電波の能力を持つレイくんの仕事は電波たちの姿を読み込み、一般的には目視できない彼らの容姿データを、僕たちの課のデータベースに送信すること。
そのあとは、事前に作成されているプログラムによって映像処理されたデータがモニターなどに映し出される。二井さんのように、彼らを目視できない人にも、映像化され見えるようになった彼らの姿は、僕が直接視ている彼らの容姿と寸分違わず、毎回のことながら、レイくんの仕事ぶりに、ほう、と小さく感嘆の息を零す。
『…コレがオレの仕事だし』
照れ屋で無口の彼は、いつも短くそう答えるだけだが、本当にお世辞抜きに彼の仕事は早く的確なのだ。
やっぱり凄い能力だ、と改めて思いながら、測定された仮のデータを眺めていれば、コツコツコツ、と聞き慣れた足音と、今はもう聞き慣れた声が二つ、コチラへと近づいてくる。
「このコで何件目?」
「9件目ですね」
「そう……あと少しね」
ため息を交えた女性の声に、「ええ」と答えたのは、二井さんの声だ。
「それにしても…ちょっと多すぎですね」
カチャ、と眼鏡のズレを直した二井さんがそう答える。
「九重、今回の件、君はどう思う」
データをちらりと見た野矢課長が、データ画面越しに僕へと問いかける。野矢課長が見ていたデータは、今回、僕と六沢さんが保護した電波のデータをレイくんがつい先ほど可視化したものだ。
「ええと、とりあえず、今回の誘拐犯2人は今、三課の方々が事情を聞くと張り切って取調室へと連れていきました」
「そう。三課が取調べるならそうしてもらいましょう。で、そのコは、何て?」
さら、と髪を耳にかけた野矢課長のイヤリングが、きらりと光る。
「このコも先週にあった大陸の電波オークションで仕入れた端末についているコで間違いないです」
ちら、と保護したコを見やれば、未だ部屋の中でおとなしく眠っているらしい。
「この電波帯のコは日本では電波の使用承認もおりていないですし、電波塔の環境も整っていません。無茶をすれば消える。けれど、僅かに残っていた気力で、姿を保っていてくれたようです。圏外になったら、流石に僕たちがこのコ達の姿が視えて、声が聞こえると言っても、探せなくなりますし…」
保護してきたこのコが眠るこの部屋には、このコの元である周波数の電波を流している。消えかけていた体力、電波が補充され、透けて透明に近かった身体も、はっきりと認識できるようになってきた。
消えてしまう前に見つけられて良かった、と改めて胸をなでおろせば、『ねぇ、一葉』とキャスが野矢課長の名前を呼ぶ。
『あのおっさん達は、人間でいう不正輸入ってやつで無理やり連れてきたんでしょ?このコたち、まだ日本では数が少ない上に、一緒にいたコたちと引き離されて、このコかなり不安だったみたいよ?ねぇ、このコたちの保護を始めてからもう9人目よ?あと何人、泣いてるコがいるの?』
そう言って、野矢課長に近づいたキャスの表情は、いつもの明るい笑顔ではなく、寂しそうな、泣きそうな表情を浮かべている。
「保護対象は、あと1人よ。レイが作ったデータで、おおよその捜索範囲も絞られたわ。ニ課にも九重ほど万能なタイプではなくても、同様に貴方たちが視えるスタッフも居る。それに、鬼の三課が取調べをしているから、すぐに見つかるわ」
ぽんぽん、とキャスの頭を優しく撫でる仕草をする野矢課長の表情は、僕達に向けるものよりも数倍、優しい。
「オレ達にも優しくしてほしいよな」
こそ、と僕の耳元で呟いた皐月くんに、「皐月、仕事増やすわよ」と野矢課長はギンッ、と怖い目を向けながら言った。
ふと誰かの視線が気になり、くるり、と振り返れば、レイくんが、じっ、と目を細めて僕を見ている。
その様子に気がついたキャスが、レイくんに口パクで何かを伝えている。
何だろう、と首を傾げた時、『一葉』とレイくんが野矢課長の名前を呼ぶ。見られていた気はしていたが、気のせいだったか、と首を傾げた瞬間、「九重」と野矢課長が僕の名前を呼んだ。
「君、休んでいないの?」
「ええと…」
何故、野矢課長が知っているんだ、と考えたのも束の間、レーダー電波のレイくんと、僕の相棒のキャスがコソコソと口パクで何かを話していた時点で、キャスからレイくんに伝えられているし、レイくんから、野矢課長へ情報が伝わるのも考えればすぐに分かることだ。
長時間の任務後に休息を取らずにいると、僕たちは課長にだいぶ怒られる。
電波の姿形を視える人間が少なく、代替はいない。ましてや、一課の視える者は、電波たちの姿が視え、声が聞こえ、彼らに触れることが出来る者たちで、自分でいうのも恥ずかしいが、貴重な人材、らしい。そのため、自分の体を、体力配分を大切にしろ、と野矢課長は頻繁に僕たちに言っている。
そして、何故か、ここ最近の僕はキャスやレイくん達に、大体ネタバレされ、課長に怒られるというのがお決まりとなっている。
「九重」
「…ハイ」
たらり、と一滴の汗が頬を伝う。
「今スグ休んできなさい。報告書なんて、記憶力の良い貴方ならいつでも書けるでしょう。まずは休むことを優先させなさい」
「あいたっ」
ペチッ、と短い音と地味に痛い衝撃がおでこに走る。
思わずおでこを押さえ、「地味に痛いですよ…!課長…!」と抗議するも、「自業自得よ」と軽く笑った課長にふらりと躱される。
「休まないようなら、八嶋のSQ向かわせるから、覚悟しておきなさい?それじゃ、また明日」
にっこり、と綺麗に微笑み、部屋を出ていった課長の言葉に「SQはちょっと…」と苦笑いとも小さく呟く。
SQというのは八嶋さんの相棒で、彼はノイズ調整が得意なコだ。愉快なことが大好きな八嶋さんが聞いたら、嬉々としてSQを送り込んでくるに違いない。
『一葉ならやりかねないね』
ぴと、と僕にくっつきながら言うキャスに、「本当だよ…」と肩を落としながら答えれば、皐月くんが「課長、休息に関しては五月蝿いからなぁ」と身体を震わせながら言った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
純情淫魔ちゃんと冷淡天使様!
脊
キャラ文芸
一人前の淫魔になるためには、適当な人間を魅惑して「性的接触による食事行為」を経験しなくてはならない。
サキュバスの少女、アリアは淫魔三姉弟の次女。もうすぐで成人を迎えるというのに、未だに一度も人間を魅惑したことがない――つまり、”未経験”だった! 一目惚れを信じ、ロマンチックな出会いを期待して「ハジメテの相手」を吟味するアリアだが、理想が高すぎて見定められないまま。20歳の誕生日も迫り、もはや一刻の猶予もなく、更には手伝ってくれていた姉と弟にも、もう協力することはできないと告げられ……。
街のパン屋にはあやかしが集う
桜井 響華
キャラ文芸
19時過ぎと言えば夕飯時だろう。
大半の人が夕飯を食べていると思われる時間帯に彼は毎日の様にやって来る。
カラランッ。
昔ながらの少しだけ重い押し扉を開け、
カウベルを鳴らして入って来たのは、いつものアノ人だ。
スーツ姿の綺麗な顔立ちをしている彼は、クリームメロンパンがお気に入り。
彼は肩が重苦しくて災難続きの私を
救ってくれるらしい。
呼び出された公園でいきなりのプロポーズ?
「花嫁になって頂きたい」どうする?
どうなる?貴方は何者なの……?
ジャッジメント・エース
舘あがる
キャラ文芸
スポーツは大きく分けて2種類がある、
一般的に知られているスポーツと、
破天荒なルールを有するスポーツがある。
それはごくわずかの者が知らないという。
探り入れるのは13の審判と呼ばれるチームで、
正式にジャッジを下すのだ。
メリークリスマス
シュレディンガーのうさぎ
キャラ文芸
――今年はきっと、素敵なクリスマスになる。
「暇ならさ、少し手伝ってくれない?」
自殺しようとする『私』にそう声をかけてきたのは……
これは、生きることに疲れたOLと、若いサンタクロースが織りなす、聖なる一夜の物語。
作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~
白井よもぎ
キャラ文芸
地元の企業に勤める会社員・安藤優也は、林の中で瀕死の未来人と遭遇した。
その未来人は絶滅の危機に瀕した未来を変える為、タイムマシンで現代にやってきたと言う。
しかし時間跳躍の事故により、彼は瀕死の重傷を負ってしまっていた。
自分の命が助からないと悟った未来人は、その場に居合わせた優也に、使命と未来の技術が全て詰まったロボットを託して息絶える。
奇しくも、人類の未来を委ねられた優也。
だが、優也は少女をこよなく愛する変態だった。
未来の技術を手に入れた優也は、その技術を用いて自らを少女へと生まれ変わらせ、不幸な環境で苦しんでいる少女達を勧誘しながら、女の子だけの楽園を作る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる