僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

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第12話 6月12日

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「……くだらな」
「…仰るとおりで」
「あんたたち、高校生でしょうよ」
「……うっせ」

 久方ぶりに、正座、というものをさせられている。

 目の前には、腰に手をあて仁王立ちをしている寺岡さんと、「れ、怜那れいなちゃん」と焦った表情をしている羽白はじろさんの姿。

 そして、俺と同じように正座をさせられているのは、思い切り不貞腐れた表情をしている照屋善人てるやよしと、だ。

善人よしと、反省してないでしょ」
「うっせえな。反省もなにも、怜那に関係ないだろ」
「はあ?関係ないわけないでしょうが」

 ぎゃんぎゃん、と何度目かになる照屋と寺岡さんの言い合いに、口を出せずにいる羽白さんと、止める気もない俺は、とりあえず二人の言い合いが止まるのを待つ。

「ね、ねぇ、千家せんげくん」
「ん?」

 こそ、と隣に移動して問いかけてくる羽白さんに、正座をしたままで彼女を見やれば彼女が、首を傾げながら口を開く。

「そもそも、照屋くんと何で喧嘩してたの?」
「……いや、あれは喧嘩っていうか…」
「うん?」
「ただのくだらない言い合い?」
「う、うん?」
「小学生の口喧嘩、みたいなやつ、かな」

 事の発端は…なんていうほど大袈裟なものじゃない。
 ただ、駄菓子屋の店番中に、ゲームを始めたところ照屋と軽い口論になり。
 理由は、本当に、本当にくだらない。

「どうせオセロで千家に一勝も出来ないから、って善人がキレたんでしょ」
「なっ?!」

 バッ、と横を向いていた照屋が寺岡さんの顔を勢いよく見やる。

 まるで見ていたかのように言い合いの元を言い当てた寺岡さんに驚き、彼女を見やれば「だってオセロ置いてあるし」と呆れた表情で、俺と照屋の前にあるオセロゲームを指差す。

 あまりにも的確に言い当てられた俺たちは、一瞬、顔を見合わせるものの、気まずさからお互いすぐに視線がそれる。

「……良かった…原因はゲームだったんだね」

 心配そうな表情をしながら、俺と照屋を交互に見る羽白さんに、「まぁ……なんていうか…」と言葉を濁しながら答えれば、「だいたいねぇ」と寺岡さんが照屋の顔を覗き込みながら言葉を続ける。

「たかだかゲームでしょ? 何をそんなにもムキになる必要があるのよ。楽しく遊べばイイ話じゃない」
「んなこと言うけどな! マジで一回も勝てないんだぞ?! 悔しくもなるだろ!」
「それは善人が弱いだけじゃない」
「おまっ、人が気にしてる事を…!」
「てゆーかだいたい善人はねーー…!」

 寺岡さんの言葉に照屋は都度反論はするものの、全部にうまくは言い返せないらしい。
 現に途中からは、寺岡さんのプチ説教時間となり、照屋は「あーはいはい」と半ば投げやりな相槌へとシフトチェンジをしたらしい。

 そんな照屋と寺岡さんのやりとりに、小さく笑うものの、そもそもの原因は俺と照屋だったわけで。

千家せんげくん?」

 内容がくだらなさすぎて、若干の恥ずかしさを覚えた俺は、羽白はじろさんの問いかけに、ハハ、と乾いた笑いで誤魔化す。
 よく分からない、といった表情を浮かべてはいるものの、俺を見た羽白さんが安心したように、ふふ、と静かに笑った。

「なぁ、照屋てるや
「……なんだよ」

 ピタ、と寺岡さんとの不毛な言い合いをやめた照屋が、こっちを向く。

「よく考えてみたら、何で言い争うほどのことだったかもよく分からないし、もう止めないか?俺は、照屋と喧嘩がしたいわけじゃない」

 照屋を見ながら、そう告げれば、一瞬、照屋が驚いた顔をしたあと、ぶす、とした表情を浮かべ顔を背けた照屋に、相変わらず表情豊かな奴だなあ、と場違いなことを考えていれば、「オレだって」と不貞腐れたような声が聞こえる。

「オレだって、そうだし。先に謝っちゃうの、ズルイじゃん」

 バッ、と振り向いた照屋は、ほんの少し泣きそうな顔をしていて、その様子に「ごめん」と思わず謝れば、「もー!ホントにそう思ってる?!」と照屋が俺を見て言う。

「だから、ごめんって」

 そう言って、もう一度、ごめん、と謝れば、寺岡さんが「だってさ」と照屋の頭をポン、と軽く叩いた。

 何でこんな展開に発展したのか、すらよく覚えてない
 ただ、何故かお互い引くにひけなくて、ムキになって。
 遅れて店に来た羽白さんと寺岡さんが来るまで、お互い背を向けて、口も聞かなかったけれど、途中、あまりにも静かな状況に、ふいに冷静になったら、何で俺、照屋とあんなに言い争ってたんだろう。言い争う必要なんてあったのか、と疑問がいくつも浮かんできた。

 だが、クラスメイトはもちろんのこと、兄貴とすら喧嘩をしたことの無かった俺は、どこでどうやって、折り合いをつけたらいいのかが推し量れなくて、結局は、寺岡さんに仲裁に入ってもらう、という非常に情けない展開になったわけなのだが。

「くっ、くく」
「ちょ、なる! なんで笑ってんだよ!」
「いや、ごめん、照屋に、じゃなくてっ」
「はい?」
「千家?どした?」
「……?? 千家くん?」

 笑いのツボに入ったらしく、言葉が続かない俺に、三人は不思議そうな視線を送ってくる。
 一人でひとしきり笑ったあと、「はあああ」と大きな息を吐けば、「で、急に笑いだしてどうしたのよ」と寺岡さんが俺に話の続きを促す。

「あ、いや、すげーくだらないんだけど」
「うん?」

 本当にくだらないことだから、と前置きをして、照屋をちらりと見る。

「喧嘩ってこんな感じなのかって思ったら、なんか笑えてきちゃって」

 くく、とまた少し続きそうだった笑いを、飲み込みながら言えば、照屋が、思い切りきょとん、とした顔をして俺を見る。

「え、何、千家、喧嘩したことなかったの?」

 三人の中で、いち早く俺の話を飲み込んだ寺岡さんが、なにやらとても驚いた表情を浮かべる。

「うん、ない」
「一度も?」
「一度も」
「お兄ちゃんとも?」
「ない。そもそも兄貴とは年も離れてるから喧嘩にならないし」
「へえぇ…」

 何度かのやり取りのあと、やはり寺岡さんは驚いた表情のまま、「じゃあ」と言い、ちらりと照屋を見て、言葉を続ける。

善人よしとが初めての喧嘩友達、だね。やったじゃん、善人!」

 けらけら、と笑いながら言った寺岡さんに、「はあ?」と照屋が呆れたような声で答える。

「喧嘩友達って。お前と違って、オレとなるは殴り合いなんかしないの!」
「あ、おい、ちょっ待て!!」

 そう言った照屋が、ぎゅうぅ、と俺に抱きつき寄りかかりながら、寺岡さんに向かって声をかけるものの、長時間の慣れない正座をしたせいで、急に体重をかけられても、足が痺れて対処が出来ない。

「ーっ?!」
「あ」
「あっ」
「わあ?!」

 痺れすぎて叫び声にならなかった俺は、照屋ともに、バタンッ、と敷かれた畳の上へと倒れ込んだのだった。






【6月12日 終】

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