僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

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第7話 6月7日

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 何故だか、パッ、と目が覚めた。

 時刻は午前10時。
 今日は日曜日。駄菓子屋の店番はない。

 特に連日予定が入るようなタイプでも無い自分は、日曜日にのんびり起床しても誰にも咎められない。
 もう少し寝ていても良かったはずなのに、何でこの時間に起きた……と、目が覚めたことにほんの少し後悔をしたものの、ぐぅぅ、と空腹を主張してきた音に、目が覚めた原因を知る。
 とりあえず何か食べてから、眠りたければ寝ればいいかと、ぐぅぅ、とまた鳴った腹をさすりながらリビングへと向かった。

 日曜日の我が家は、静かだ。
 日曜日と水曜日が休みの父さんは俺と同じく朝はのんびりと寝ているし、母さんはシフト勤務の仕事で日曜日は居ないことが多い。
 今日もそれは例外では無いらしく、リビングのホワイトボードには母さんが仕事だと告げるメッセージがかかれている。
 ひとまず冷蔵庫にあったチョコをつまむ。コーヒーでも飲むか、とインスタントコーヒーの瓶を手に持つものの、あまりに軽く、瓶を見やれば粉が殆ど入っていない。

 棚の中を見ても、紅茶はあってもコーヒーのストイックは無くなっているらしい。
 仕方がない。紅茶にするか、とティーパックを取り出した時、ぬらりとした人影がリビングのソファへと雪崩込んだ。

「大丈夫?父さん」
「……生きてる」
「…ああ、うん」

 眼鏡をずれ、髪はボサボサ。
 ソファに座ってはいるものの、そのまま寝てしまうのでは無いかと思うくらい、父さんの目は開いていない。
 最後の一杯のコーヒーを淹れてソファのテーブルに持って行けば、父さんが「あー、成浩なるひろ、父さんにもー」との声が聞こえる。

 カタン、とテーブルに置きながら、「それ、父さんの分」と言えば、「なるちゃん、流石ぁ!」と嬉しそうに笑う。

 一瞬開いた目が、また閉じそうなんだが。
 そう思ったが、日曜日のいつもの光景なので、ツッコむのは止めた。

「成浩、お昼どうするー? まぁ夕飯もなんだけどさあ」

 一口、二口とコーヒーを飲み、やっと目が開きはじめた父さんが、俺を見て言う。
 母さんが仕事がある日曜日は、父さんか俺が夕飯を作る。
 それが我が家のルールだ。兄貴が居た時はもちろん兄貴も作っていたし、何気に父さんよりも兄貴が作るご飯のほうが美味しかったりもしていた。

「先週、父さんが夕飯当番だったし、今日は俺作るよ。焼きうどんでいい?」

 兄貴みたいに、凝った料理は作れないけど、焼きうどんとか、焼きそばとか、炒飯とか。そういう系ならもう作り方を見なくても作れるようになった。
 出来てみるとべっちゃりしてたりする時もあるけど、それはそれ、と割り切っている。

「あれ、そうだったっけ?」
「……ボケた?」
「眠たいだけだよ」

 くぁ、と欠伸をしながら答える父さんに、ふと数日前、「千家せんげくん、眠たそうだね」と言って笑った羽白はじろさんの顔をふいに思い出して、なんだか胃のあたりがむず痒くなったような気が、した。


「さあ!息子よ!好きな食材を買ってきたまえ!」

 買い物に行ってくる、と告げた俺に、父さんは「父さんも行くからちょっと待ってて」と言い、決して早いとはいえないスピードで出かける支度をして、父さんの運転でスーパーに到着。そして売り場につき、父さんはさっきの台詞をニコニコと笑顔を浮かべながら言い放つ。

「……好きなって、焼きうどん作るだけじゃん」

 カゴを持ち、溜息をつきながら言えば父さんは、「まあまあ。おやつ買っていいから」と小学生相手かのようなことを言い始め、俺はもう一度ため息をはいた。

 野菜炒めのセットに、もやし、うどんの麺と、それと忘れてはいけない、コーヒーだ。いつも買っている粉のやつと、ドリップタイプのものをいくつか。それとその他に母さんから頼まれていた食料をカゴに入れていく。
 今日の買い物リストにやけには重たいものばかりがある。俺か父さんのどちらかが買い物に行くと見込んで、母さんは書いたのだろうな、と小さく息をはいた時、ふと、見覚えのある横顔を見つけ、思わず立ち止まる。

「…気づいてなさそうだし」

 声をかけなくてもいいか、とその場を去ろうとした瞬間、彼が、くるり、とこちらに振り向き、思い切り目が合ってしまった。

「やだ、なるってば、情熱的」
「……誰がだよ」
「え、違うの?」

 気が付かなくてもいいものを、何故だか俺に気がついた照屋てるやが、パチリ、と瞬きをする。ただそれもほんの一瞬で、すぐに楽しそうな笑顔を浮かべて、こっちへ駆け寄ってくる。
 パーカーに半ズボン、とラフな格好をした照屋に、「何してんの?」と問いかけられ「夕飯の買い物」と答えれば、照屋が俺の持つ買い物カゴに視線を落とす。

「なるってば、ご飯作るの?」
「……たまに」
「へえぇぇ!すっげぇ!」

 やけにキラキラした瞳を向けてくる照屋に、「普通だろ」と返せば、「オレ、無理! 全く作れない!」と照屋が自信たっぷりに答える。

「今度、オレにも食べさせてよ!」
「何でだよ」
「え、食べたいから!」

 照屋の言葉に半ば呆れながら答えるものの、謎の回答を即答され、俺は思わず、大きな溜息をついた。

「楽しそうだったね、成浩」
「……見てたの?」
「いやぁ、だって、カゴを持ってたのは成浩だもの」

 照屋と別れた直後に現れた父さんは、やけにニコニコしていて、照屋の去った方向を見て、また小さく笑う。

「成浩は、もっと遊んだほうがいいんだよ」

 俺の持つ買い物カゴの中に、数本のビールを入れながら笑う父さんの言葉の意味がよくわからず、俺は一人、小さく首を傾げる。

「そう言われても…」
「でもあの少年は、成浩のこと大好きそうに見えるけど」
「…何それ」

 父さんの言葉に、思わず訝しげな視線を父さんにぶつければ、「あれ、少年の片思い?」と父さんが首を傾げる。

「…意味が分からない」

 はぁ、と大きなため息を付きながら歩き出せば、はは、と父さんの楽しそうな声が後ろから聞こえる。

「まぁ、父さんは成浩なるひろが楽しくなるならそれでいいんだけどね」
「…はい?」

 ふふふーん、と妙な鼻歌を歌いながら、缶ビールをさらにカゴに追加する父さんをじっと見るものの、目があってもニコニコと笑うだけではぐらかされているようで、やはりさっぱり分からない。

 はぁ、ともう一度、ため息をつきながら、今度はつまみをカゴに追加した父さんに、「あのさぁ」と声をかければ、父さんが「ん?」と首を傾げる。

「父さん、これ、家にあるよね」
「これは今日の昼間につまむ分。これはご飯食べたあとのビールと一緒につまむ分。これは明日」
「…母さんに怒られるよ」
「大丈夫。母さんの好きなものも買っていけば!」

 そう言ってまたニコニコと笑顔を浮かべた父さんに、俺はまた大きく息をはいた。






【6月7日 終】

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