病んでる勇者に連れてこられたけど、パーティには変態しかいない

渚乃雫

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〈閑話〉とある日の二ヴェルの話

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「あたしだけじゃなかったのね!?」

 バシャッとかけられた水が、ボタボタ、と顎を伝う。

「ワタシがいつ言いました? そんなこと」

 かちゃり、と外したメガネをテーブルに起き、頬にはりついた髪をかきあげれば、「ッ!」と人に水をぶちまけた女が息を呑む。

 これだから、本気になった女は面倒だ。

「初めから、カラダだけの関係だと、言いましたよね?」

 ワタシだけも何も。
 初めから、『特定の誰か』など、存在すら、していない。

 ダッ、と走り去った女の後ろ姿に大きく溜め息をつけば、場の行く末を見守っていた店員が、布巾を持ってかけ寄ってくる。
 手渡された布を受け取り、礼を告げるものの、すっかり興冷めしてしまった。

「宿に戻るか」

 ポツリ、と呟いた自分に、「あの…」と、小さな声がかかった。


「ニヴェル、また違う女連れ込んだんだって?」
「…だったらなんです? あなたには関係のないことでしょう?」
「まあそうだけどさあ」

 今回、自分にしてはわりと少し長めに仕事を組んでいる奴らが、まだ何か言いたそうな顔をしながら口を閉じる。

「あんた、惚れた女とかいないわけ?」

 そう聞いてくるのは、仕事仲間の一人の女。

「いないですね、別に」

 本人にしてみたら隠しているのだろが、時々、わざと気づかせようとでもしているのかと思うような視線が身体に刺さる。

 ああ。

「……面倒くさい」

 ボソリと呟いた言葉は、周りには聞こえることなく、喧騒へと消えた。


「フィン、これなんてどうです?」
「ううん、これ、私には難しくないかなぁ…」

 いくつかの魔導書を手に取り、隣に立つ仲間に手渡せば、ううん、と小さな唸り声を零しながら小さな手がページをめくる。

「誰が教えると思っているんです? 私ですよ? 分からないで終わらせるわけがないでしょう」

 トン、と彼女のすぐ目の前の壁に寄りかかりながらフィンの手元から本を奪えば、フィンの少し紫がかった瞳が自分だけを映す。

「確かに。ニヴェルは教えるの上手だもんね」

 ふふ、と小さく笑うフィンに、言いようのない感情が胸の中に沸き起こる。

 ーーこれは、恋しい、とでもいうのだろうか。

 スイ、とフィンの薄いピンク色の髪を一房だけすくった時、コツン、という足音が響き、軽く舌打ちをした瞬間、「……ニヴェル?」と、何処か聞き覚えのある声に名を呼ばれ振り返る。

「やっぱり、ニヴェルだ…」
「……貴女は…」

 振り返った先に見えたのは、心底意外そうな表情と、隠しきれない喜びの感情を抱えた昔の仕事仲間の女。

「…ニヴェル、知り合いでもいたの?」

 ひょこ、と自分の横から顔を覗かせたフィンに、目の前の女が小さく息を呑む。

「ええ、昔の、仕事仲間です」

 にこり、とフィンに笑顔で答えれば、「へえぇぇ」とフィンが妙に楽しそうな表情を浮かべた。


「……何を話すことがあるんです?」
「何って……色々あるでしょ。例えば、あたし達から離れたあとどうしてたか、とかさ」

 フィンに促され何故か女と話すことになったのだが…腑に落ちない。
 何故、何を話す必要があるというのだ。

「すぐ戻ります。絶対にここから動かないように」とフィンに念を押し、あくまでも彼女が見える位置で女の話を聞くことになったのだが、聞く限りでも別に、話すことなんて何もない。

「別に、何もないですよ」
「本当に? また色んな女の人、泣かせてきたんじゃないの?」
「…だとしたら、なんです?」

 適当に依頼をこなし、適当に金を稼ぎ。
 その日限り、その場限りで、女性たちと快楽を共にし、次の朝や、旅立つ時には、彼女たちもいつもの暮らしに戻る。
 それだけのこと。
 その結果、泣き出す女も複数いたが、それを責められてもどうしようもないし、目の前の女に責められる筋合いもない。

 こんなくだらない事に時間を割く意味がわからない、と大きく溜め息をつけば、目の前の女の表情が歪む。

「ねぇ、ニヴェル」
「…なんです?」

 女の奥に見えるフィンの頭が右に、左に、と順番に傾く。
 何冊か渡してきた魔導書を開いているのだが、何か分からない部分でもあったのだろう。
 後ろ姿でしかないものの、そんなフィンの動きに、くつくつと小さく笑い声を零せば、フィンと自分を交互に見た女の表情が変わる。

「ねえ」
「はい?」
「もう寝たの? あの子と」
「は?」

 表情を消した女が、フィンの背を見ながら呟く。
 その目に映る暗い影は、何処か記憶にある表情で。

「……フィンに何かしたら、オレはどうなるか分からないですよ?」
「……ッ! オレ、なんて言うのね」

 バッ、と振り向いて自分を見る女に言われ、ああ、言われてみれば、と女の観察力に感心していれば、「ねぇ、ニヴェル」と再度、女に名を呼ばれる。

「あたしの名前、覚えてる?」
「…はい?」

 何を言っているのだ。
 知るわけがないだろう。
 思わず眉間に皺を刻みながら聞き返せば、女の口から、大きな溜め息がもれる。

「本当、あんたにとってあたしはどうでも良かったのね」
「……何を」

 何を言いたいのだろうか。
 この会話になんの意味があるのか。
 溜め息をつきたいのはオレのほうなのだが。

 そんなことを考えていれば、「あの子のこと」と小さな呟きが聞こえる。

「あたしね、ニヴェルのこと、ずっと好きだったの」
「……好き…、ですか」

 名も覚えていない目の前の女の言葉に、フィンに向けていた意識が一瞬、女のほうへ切り替わる。

「やっとこっち見た」

 呆れたように言う女の言葉に、何を言っているんだ、と思わず言いそうになるものの、彼女の表情を見て、言葉がとまる。

「……あなたは、何を泣きそうな顔をしているんです?」
「ニヴェルこそ、あたしに好きって言われて、誰を想ったの?」

 今にも泣き出しそうな顔をしながら、けれど必死になって堪えている。
 そんな表情に心臓のあたりにチクリ、と何かが刺さる。

 その痛みに、胸のあたりを抑えながらほんの少し首を傾げれば、自分を見つめる彼女が、微かな笑みを浮かべる。

「恋愛なんて、しないんじゃなかったっけ?」
「……何の話です?」

 諦めたような、呆れたような表情をしながら言う彼女に、思わず聞き返せば、彼女はなんとも言い難い表情を浮かべる。

「恋愛なんて、子どものままごとみたいだ。そう言ったのは貴方よ? ニヴェル」


 彼女のその言葉に、そんなことを言ったか? と記憶を思い返してみるも、少し前の自分ならば言っていたかもしれない。

 あの子に。
 フィンに出会う前の自分なら。

 そんなことを思いながら、彼女の先にいるフィンを見やれば、ちょうどコチラを向いたフィンと目が合い、にこりと笑ったあと、ひらひら、とフィンが手をふる。
 柄にもなく、ドキリと心臓が音をたてる。
 たった一人の少女の一挙一動に振り回されるのも悪くない。
 呆れるような考えに、一人小さく笑えば、はた、と目の前の彼女が、自分を見ていることに気付く。

「…何です?」
「せいぜい頑張りなさいよ、ニヴェルも」
「…何だか腹が立ちますね」

 眉間に皺を刻みながらいえば、「…本当、あんたってヒドイ男よね」と、目の前の彼女は言う。

「……でも、そんなアンタだから、好きになったんだけどね」

 笑っちゃうわ。
 そう言った彼女は、すっきりしたような笑顔を浮かべた。


「おまたせしました」
「あ、おかえりなさい。二ヴェル」

 いつもの笑顔を浮かべるフィンに、いつか自分にしか見せない顔がくる日を、密かに期待するなど、自分らしくないと理解はしている。

 けれど。

「初心、ということでしょうね」
「何が?」

 なんでもないです、と軽く頭を撫でれば、指通りのいいフィンの髪が、さらりと揺れる。

「さ、行きましょうか」

 立ち上がる彼女の手をとれば、驚いた表情を浮かべ、フィンが瞬きをくり返す。

「はーい」

 ほんの少し、照れたように笑う顔も、今だけは、自分だけに向けられている。

 今だけ。
 今だけは、彼女を独り占めできるのだから。


「時間は少しでも有効に使わないといけませんね」
「うん?」

 首をかしげながら、素直に自分に手をひかれる彼女に、一人小さく笑みを浮かべた。







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