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第7話 旅に出た理由
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「おーい、ハルト、二ヴェル。そろそろ行くぞー?」
ガキンッ、ドサッ、などと激しくぶつかり合う音の合間に、荒い息遣いや、舌打ちが聞こえるものの、ハルトと二ヴェルの喧嘩は止まる気配が無い。
確かに、二ヴェルがフィンから、事故だったとはいえ頰にキスをされたことは幼馴染でフィンを大切にしているハルトが怒るには十分すぎる理由だし、譲る気はない、と言った二ヴェルの様子を見ていても、本気なのだろうから、二人が争う理由は、オレにも痛いぐらいによく分かる。
けれど、そんな理由以上に、フィン本人が収まらない二人の争いに困った顔をしている。
オレにとってのそれは、二人の喧嘩を止めに入るには、十分な理由だった。
「ほら、二人とも、もう止めだ」
「一発ぶん殴らなきゃ俺の気が収まらない…!」
「ハッ、やれるもんならやってみろよ!」
止めに入ったオレに、ハルトと二ヴェルは、グググ……!と互いの手足の動きを抑えながら答える。
二人越しに見えるのは、フィンの、まだ戸惑ったような表情で、その顔に腹の奥がきゅ、となった気がして「フィン……」と思わず彼女の名を呟く。
「……あ」
ぴた、と、彼女と、視線が合ったような、気がした。
「何かムカつく」
「至極残念だが、ハルト、オレも同感だ」
「な、何が、おわっ?!何だよ!急に!」
フィンと視線が重なった数秒後、争っていたはずのハルトと二ヴェルが、唐突に自分に向かって攻撃をしかけてきて、突然のことに驚きながらも、彼らの攻撃に当たるまいと必死に避け続けて数分後。
バシッ、と二人の攻撃を同時に止めた瞬間、ハルトと二ヴェルの動きが、止まった。
「くっそ……当たらねぇ」
「ジャン、お前スゴイな……」
ぜぇ、はぁ、と大きく肩で大きく息を吐きながら言うハルトと二ヴェルに「そうか?」と返せば、「しかも息切れてねぇし……!」とハルトがはぁぁ、と一際大きな息をはいて、その場に倒れこんだ。
「お疲れ様」
「フィン」
「はい、お水」と差し出された水を受け取れば、カップの中に赤い小さな実が数個浮かんでいる。
「フィン、これは?」
「クコの実。疲労回復によく効くの」
「へぇ…」
麦の稲穂よりも少し大きめの赤い実は、見たことがなく、まじまじと見つめていたら、「変なものじゃないよ?」となぜかフィンが少し慌てた様子で言葉を続ける。
「私たちの町の裏山でたくさん取れるものでね。旅に出る前に乾燥させて持って出たの。大体はそのまま食べるか、お湯に入れて飲んだりするんだけど…お水なら、そのまま飲めるかな…って思って」
手持ちの袋から赤い実を取り出しながら言ったフィンの言葉に、「へぇ?」と小さく呟く。
「毒は入ってないよ。うちに来てた旅人さん達も、よく買っていってたから薬効はあるんだと思うけど…」
少しだけ眉を下げながら言ったフィンに、オレはぱち、と驚いて瞬きを繰り返す。
どうやら彼女は、反応が薄かったオレがクコの実について不審に思っていると受け取ったらしい。
いつもと違って、少ししょんぼりとした表情が見れて、可愛い、と思う反面、意思疎通が上手く出来なかった自分に、ほんの少し呆れそうになる。
「フィン、オレは毒の心配なんて、していないぞ?」
「…あれ?すっごいマジマジと見てるから、てっきり疑われてるのかと…」
きょとん、と首を傾げながら言うフィンに、ハハ、と少し乾いた笑いが溢れる。
「フィンを、仲間を、ましてや好きな子を疑うなんて、あり得ない」
「ジャン…!」
笑いながらそう言ったオレに、どことなく元気がなかったフィンが、ぱぁぁ、と眩しい笑顔を浮かべた。
「フィンー、俺にもクコの実、ちょうだい」
「ハルト、自分の分あるでしょ?」
「フィンのやつがいい」
スライムの回収と、ひと喧嘩を終え、次の街までの道のりを歩きだして暫くしてから、ハルトが両手をパッ、と開いて歩きながらおねだりをしてくる。
「中身一緒じゃない」
「それでもフィンのやつがいい」
「意味が分からない」
前を歩く二ヴェルとジャンは、私達の会話が聞こえていないらしく、振り返ることなくそのまま歩き続けている。
「1個でいいよ」
「そもそも何個もあげないわよ」
ごそ、と袋の中から、クコの実を取り出せば、ハルトが「あー」と口を開けたまま、私を見る。
「…は?」
「は?じゃなくて、あーん」
「ばっ?!そんなコトしない!」
バシッ、とハルトの両手に、クコの実を押し付けて、口を開いたままのハルトを置いて、走り出す。
「馬鹿ハルト」
頬に熱が集まるのを感じながら、小さく呟く私を、ハルトが満足そうに見ていたなんて、私は知るよしもなかった。
「ところで質問があるんだ!」
「ジャン、何ですか急に」
綺麗な小川を見つけ、小休憩を取っていた時に、ジャンが、バッと手を上げながら口を開き、二ヴェルが呆れたような表情をしながら答える。
「まだ皆のことちゃんと聞いてなかったからな!ハルトとフィンは何で唐突に魔王を倒すことになったんだ?」
「おいジャン…前にも説明してるんだけど…」
「そうだったか?まぁ、二ヴェルも増えたことだし、もう1回説明してくれ!」
けろっ、とした顔で言うジャンに、ハルトがはぁぁ、と盛大な溜め息をついて答える。
「ワタシが聞いたのは、神に認定された、と聞いていますが?」
眼鏡の汚れを洗い流したらしい二ヴェルが、眼鏡を拭きながらハルト、ではなく私を見る。
「認定…押し付け?はた迷惑?」
本当にただの迷惑な神みたいな御一行様だった、とチラリとハルトを見やれば、ハルトは「別に」とあの一行には心底興味が無さそうに口を開く。
「俺はフィンさえ居れば何でもいい」
「ハルト。今そんな話はしてないでしょ」
「ちょっとそこの2人、ナチュラルにいちゃつくの止めてください」
二ヴェルのツッコミに、ふい、と視線を反らして黙り込んだハルトに小さく溜め息をつけば、ジャンが「ハルトは猫みたいだな!」と面白そうに笑う。
「ある日突然、町にやってきて、ハルトが魔王を倒す勇者なんだ、って偉そうな御一行様達が、そう言ったの」
「ハルトが…ってことは、フィン、貴女は指名されていないのですか?」
ん?と軽く首を傾げながら言う二ヴェルに、「私はハルトのせいで、ただの巻き沿い」と溜め息をつきながら答える。
「そういう二ヴェルは、どうして旅をしているの?」
「オレも気になるぞ!」
私とジャンの問いかけに、二ヴェルが「別に大した理由じゃありませんが」と眼鏡をかけ直しながら答える。
「ワタシが居る街では、そうですね、ジャンのように腕っぷしが強い者が尊重されるような、そんな場所だったので」
「腕っぷし?えっと…それは、喧嘩、とかってこと?」
「まぁ、喧嘩といえば、喧嘩ですが。ワタシが居た街は、それなりに大きくて、まぁ、3日に1回は武闘大会が開かれるような、そんな街です」
「3日に1回…凄いな!その街!」
ワクワクとした表情を浮かべながら言ったジャンに、二ヴェルが「凄くはない。五月蝿いだけだ」と冷ややかな表情で言葉を返す。
「ただ街中にゴロつきばかりがいて、力ばかりが評価される。学問や、薬学は後回しにされ、力の弱い者の立場は低くなる。そんな街に嫌気がさした。ワタシはもっと色んなコトを学びたいし、色んなコトを知りたい。だから、街を出た」
「そうだったんだね」
「力が弱いって、二ヴェル、お前、喧嘩強いじゃねぇか」
二ヴェルと出会ってまだ数時間しか経っていないけれど、彼の知識の幅の広さを伺える点は幾つもあって、一人納得していれば、黙り込んでいたハルトが二ヴェルを見ながら、呆れたような表情をしながら、二ヴェルに問いかける。
「そりゃぁ、あの街で生き抜くには自分の身くらい守れないと生きられないからな。喧嘩くらいは出来る」
「どんな街よ…」
「そんな街、ですよ」
驚きながら呟いた私に、二ヴェルはにっこりと笑いながら答える。
「ジャンは、何故、旅に出たんです?」
「あ、それ私も聞きたい!」
二ヴェルと私の問いかけに、ジャンは「うーん」と首を捻りながら、胸の前で腕を組む。
「別に、オレのところは平和で、小麦が有名なところで、喧嘩もあんまり無かったなぁ。すごい不作にでもならない限り、生活に困るってことも無かったし」
「へぇ?それなら尚更、何故、旅に出たのか気になりますね」
どうやら本当にジャンの出発の理由に興味が出てきたらしい。
少し楽しそうな顔をしている気がする、と二ヴェルの顔を見ながらぼんやりと考える。
「オレは…ただ、色んな場所に行ってみたかったんだ」
「へぇ?何故?」
「農業をしていると、その時期に合わせて、1年を過ごしていくようになる。畑の準備をして、稲穂の収穫、それから、保管をして、出荷をして。だからそんなに遠くに出かける、ということも出来なかった。それに、オレは兄弟が多かったから、余計だろうな。家族総出で、畑仕事をずっとしてきていたし、小さな頃はオレも大きくなったら農業をやって生計を立てる。そこに疑問なんて持つことすら無かった」
「それ分かるかも。私も、両親のお店を継ぐことに疑問を持ったこと無かったんだよね」
「フィンもか?そっか。あぁ、それで、ある時、やってきた旅人から、世界の、色んなトコロの、色んなコトを聞いて」
ワクワクした。
オレの知らない世界に、そんなものがあるのかと。
そう考えるだけでも、そわそわしたし、胸が高鳴るばかりで。
「それで、旅に出た、ってわけか」
いつの間にか、興味を引かれていたららしいハルトが、ジャンの言う筈だった言葉を呟く。
「そういうわけさ」
そんなハルトを、楽しそうに笑いながら見るジャンに、ハルトは「ふうん」と小さく呟いて答える。
「さて!そろそろ、次の場所へ向かうか!」
「そうですね。次の場所までは、そんなに遠くないはずですし。日が暮れる前に到着しなければ」
パンパン、とズボンを叩きながら立ち上がったジャンに続いて、二ヴェル、それから私とハルトが立ち上がる。
ふと、「そういえば」とジャンが不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「二ヴェル、テレポー、なんちゃら、とやらは、使えないのか?」
「テレポーテーションの話ですか?」
「それだ!そのなんちゃらってやつで、次のトコロまで行けばすぐじゃないのか?」
きょとん、としながら言うジャンに、二ヴェルは溜め息をつきながら答える。
「アレは、そもそも、自分の知っている場所で無いと、移動が出来ませんし、何より、アレ、すごい魔力消耗するので、疲れるんですよ」
「え、そうなのか?!」
「え、そうなの?」
「おや、ジャンはともかく…フィンも知らなかったんですか?」
カチャリ、と眼鏡を直しながら言う二ヴェルに、私とジャンの声が重なり、二ヴェルは驚いたような、呆れたような表情を浮かべながら言う。
「あんまり呪文とか知らなくて…ごめんなさい」
「では、次のトコロはそれなりに大きな街のはずですから、魔導書の一冊や二冊を買って、少し使える呪文を増やしましょう」
呆れたように言う割には、言っていることは優しい。
そんな二ヴェルの言葉に、私とジャンは顔を見合わせて、ふふ、小さく笑った。
ガキンッ、ドサッ、などと激しくぶつかり合う音の合間に、荒い息遣いや、舌打ちが聞こえるものの、ハルトと二ヴェルの喧嘩は止まる気配が無い。
確かに、二ヴェルがフィンから、事故だったとはいえ頰にキスをされたことは幼馴染でフィンを大切にしているハルトが怒るには十分すぎる理由だし、譲る気はない、と言った二ヴェルの様子を見ていても、本気なのだろうから、二人が争う理由は、オレにも痛いぐらいによく分かる。
けれど、そんな理由以上に、フィン本人が収まらない二人の争いに困った顔をしている。
オレにとってのそれは、二人の喧嘩を止めに入るには、十分な理由だった。
「ほら、二人とも、もう止めだ」
「一発ぶん殴らなきゃ俺の気が収まらない…!」
「ハッ、やれるもんならやってみろよ!」
止めに入ったオレに、ハルトと二ヴェルは、グググ……!と互いの手足の動きを抑えながら答える。
二人越しに見えるのは、フィンの、まだ戸惑ったような表情で、その顔に腹の奥がきゅ、となった気がして「フィン……」と思わず彼女の名を呟く。
「……あ」
ぴた、と、彼女と、視線が合ったような、気がした。
「何かムカつく」
「至極残念だが、ハルト、オレも同感だ」
「な、何が、おわっ?!何だよ!急に!」
フィンと視線が重なった数秒後、争っていたはずのハルトと二ヴェルが、唐突に自分に向かって攻撃をしかけてきて、突然のことに驚きながらも、彼らの攻撃に当たるまいと必死に避け続けて数分後。
バシッ、と二人の攻撃を同時に止めた瞬間、ハルトと二ヴェルの動きが、止まった。
「くっそ……当たらねぇ」
「ジャン、お前スゴイな……」
ぜぇ、はぁ、と大きく肩で大きく息を吐きながら言うハルトと二ヴェルに「そうか?」と返せば、「しかも息切れてねぇし……!」とハルトがはぁぁ、と一際大きな息をはいて、その場に倒れこんだ。
「お疲れ様」
「フィン」
「はい、お水」と差し出された水を受け取れば、カップの中に赤い小さな実が数個浮かんでいる。
「フィン、これは?」
「クコの実。疲労回復によく効くの」
「へぇ…」
麦の稲穂よりも少し大きめの赤い実は、見たことがなく、まじまじと見つめていたら、「変なものじゃないよ?」となぜかフィンが少し慌てた様子で言葉を続ける。
「私たちの町の裏山でたくさん取れるものでね。旅に出る前に乾燥させて持って出たの。大体はそのまま食べるか、お湯に入れて飲んだりするんだけど…お水なら、そのまま飲めるかな…って思って」
手持ちの袋から赤い実を取り出しながら言ったフィンの言葉に、「へぇ?」と小さく呟く。
「毒は入ってないよ。うちに来てた旅人さん達も、よく買っていってたから薬効はあるんだと思うけど…」
少しだけ眉を下げながら言ったフィンに、オレはぱち、と驚いて瞬きを繰り返す。
どうやら彼女は、反応が薄かったオレがクコの実について不審に思っていると受け取ったらしい。
いつもと違って、少ししょんぼりとした表情が見れて、可愛い、と思う反面、意思疎通が上手く出来なかった自分に、ほんの少し呆れそうになる。
「フィン、オレは毒の心配なんて、していないぞ?」
「…あれ?すっごいマジマジと見てるから、てっきり疑われてるのかと…」
きょとん、と首を傾げながら言うフィンに、ハハ、と少し乾いた笑いが溢れる。
「フィンを、仲間を、ましてや好きな子を疑うなんて、あり得ない」
「ジャン…!」
笑いながらそう言ったオレに、どことなく元気がなかったフィンが、ぱぁぁ、と眩しい笑顔を浮かべた。
「フィンー、俺にもクコの実、ちょうだい」
「ハルト、自分の分あるでしょ?」
「フィンのやつがいい」
スライムの回収と、ひと喧嘩を終え、次の街までの道のりを歩きだして暫くしてから、ハルトが両手をパッ、と開いて歩きながらおねだりをしてくる。
「中身一緒じゃない」
「それでもフィンのやつがいい」
「意味が分からない」
前を歩く二ヴェルとジャンは、私達の会話が聞こえていないらしく、振り返ることなくそのまま歩き続けている。
「1個でいいよ」
「そもそも何個もあげないわよ」
ごそ、と袋の中から、クコの実を取り出せば、ハルトが「あー」と口を開けたまま、私を見る。
「…は?」
「は?じゃなくて、あーん」
「ばっ?!そんなコトしない!」
バシッ、とハルトの両手に、クコの実を押し付けて、口を開いたままのハルトを置いて、走り出す。
「馬鹿ハルト」
頬に熱が集まるのを感じながら、小さく呟く私を、ハルトが満足そうに見ていたなんて、私は知るよしもなかった。
「ところで質問があるんだ!」
「ジャン、何ですか急に」
綺麗な小川を見つけ、小休憩を取っていた時に、ジャンが、バッと手を上げながら口を開き、二ヴェルが呆れたような表情をしながら答える。
「まだ皆のことちゃんと聞いてなかったからな!ハルトとフィンは何で唐突に魔王を倒すことになったんだ?」
「おいジャン…前にも説明してるんだけど…」
「そうだったか?まぁ、二ヴェルも増えたことだし、もう1回説明してくれ!」
けろっ、とした顔で言うジャンに、ハルトがはぁぁ、と盛大な溜め息をついて答える。
「ワタシが聞いたのは、神に認定された、と聞いていますが?」
眼鏡の汚れを洗い流したらしい二ヴェルが、眼鏡を拭きながらハルト、ではなく私を見る。
「認定…押し付け?はた迷惑?」
本当にただの迷惑な神みたいな御一行様だった、とチラリとハルトを見やれば、ハルトは「別に」とあの一行には心底興味が無さそうに口を開く。
「俺はフィンさえ居れば何でもいい」
「ハルト。今そんな話はしてないでしょ」
「ちょっとそこの2人、ナチュラルにいちゃつくの止めてください」
二ヴェルのツッコミに、ふい、と視線を反らして黙り込んだハルトに小さく溜め息をつけば、ジャンが「ハルトは猫みたいだな!」と面白そうに笑う。
「ある日突然、町にやってきて、ハルトが魔王を倒す勇者なんだ、って偉そうな御一行様達が、そう言ったの」
「ハルトが…ってことは、フィン、貴女は指名されていないのですか?」
ん?と軽く首を傾げながら言う二ヴェルに、「私はハルトのせいで、ただの巻き沿い」と溜め息をつきながら答える。
「そういう二ヴェルは、どうして旅をしているの?」
「オレも気になるぞ!」
私とジャンの問いかけに、二ヴェルが「別に大した理由じゃありませんが」と眼鏡をかけ直しながら答える。
「ワタシが居る街では、そうですね、ジャンのように腕っぷしが強い者が尊重されるような、そんな場所だったので」
「腕っぷし?えっと…それは、喧嘩、とかってこと?」
「まぁ、喧嘩といえば、喧嘩ですが。ワタシが居た街は、それなりに大きくて、まぁ、3日に1回は武闘大会が開かれるような、そんな街です」
「3日に1回…凄いな!その街!」
ワクワクとした表情を浮かべながら言ったジャンに、二ヴェルが「凄くはない。五月蝿いだけだ」と冷ややかな表情で言葉を返す。
「ただ街中にゴロつきばかりがいて、力ばかりが評価される。学問や、薬学は後回しにされ、力の弱い者の立場は低くなる。そんな街に嫌気がさした。ワタシはもっと色んなコトを学びたいし、色んなコトを知りたい。だから、街を出た」
「そうだったんだね」
「力が弱いって、二ヴェル、お前、喧嘩強いじゃねぇか」
二ヴェルと出会ってまだ数時間しか経っていないけれど、彼の知識の幅の広さを伺える点は幾つもあって、一人納得していれば、黙り込んでいたハルトが二ヴェルを見ながら、呆れたような表情をしながら、二ヴェルに問いかける。
「そりゃぁ、あの街で生き抜くには自分の身くらい守れないと生きられないからな。喧嘩くらいは出来る」
「どんな街よ…」
「そんな街、ですよ」
驚きながら呟いた私に、二ヴェルはにっこりと笑いながら答える。
「ジャンは、何故、旅に出たんです?」
「あ、それ私も聞きたい!」
二ヴェルと私の問いかけに、ジャンは「うーん」と首を捻りながら、胸の前で腕を組む。
「別に、オレのところは平和で、小麦が有名なところで、喧嘩もあんまり無かったなぁ。すごい不作にでもならない限り、生活に困るってことも無かったし」
「へぇ?それなら尚更、何故、旅に出たのか気になりますね」
どうやら本当にジャンの出発の理由に興味が出てきたらしい。
少し楽しそうな顔をしている気がする、と二ヴェルの顔を見ながらぼんやりと考える。
「オレは…ただ、色んな場所に行ってみたかったんだ」
「へぇ?何故?」
「農業をしていると、その時期に合わせて、1年を過ごしていくようになる。畑の準備をして、稲穂の収穫、それから、保管をして、出荷をして。だからそんなに遠くに出かける、ということも出来なかった。それに、オレは兄弟が多かったから、余計だろうな。家族総出で、畑仕事をずっとしてきていたし、小さな頃はオレも大きくなったら農業をやって生計を立てる。そこに疑問なんて持つことすら無かった」
「それ分かるかも。私も、両親のお店を継ぐことに疑問を持ったこと無かったんだよね」
「フィンもか?そっか。あぁ、それで、ある時、やってきた旅人から、世界の、色んなトコロの、色んなコトを聞いて」
ワクワクした。
オレの知らない世界に、そんなものがあるのかと。
そう考えるだけでも、そわそわしたし、胸が高鳴るばかりで。
「それで、旅に出た、ってわけか」
いつの間にか、興味を引かれていたららしいハルトが、ジャンの言う筈だった言葉を呟く。
「そういうわけさ」
そんなハルトを、楽しそうに笑いながら見るジャンに、ハルトは「ふうん」と小さく呟いて答える。
「さて!そろそろ、次の場所へ向かうか!」
「そうですね。次の場所までは、そんなに遠くないはずですし。日が暮れる前に到着しなければ」
パンパン、とズボンを叩きながら立ち上がったジャンに続いて、二ヴェル、それから私とハルトが立ち上がる。
ふと、「そういえば」とジャンが不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「二ヴェル、テレポー、なんちゃら、とやらは、使えないのか?」
「テレポーテーションの話ですか?」
「それだ!そのなんちゃらってやつで、次のトコロまで行けばすぐじゃないのか?」
きょとん、としながら言うジャンに、二ヴェルは溜め息をつきながら答える。
「アレは、そもそも、自分の知っている場所で無いと、移動が出来ませんし、何より、アレ、すごい魔力消耗するので、疲れるんですよ」
「え、そうなのか?!」
「え、そうなの?」
「おや、ジャンはともかく…フィンも知らなかったんですか?」
カチャリ、と眼鏡を直しながら言う二ヴェルに、私とジャンの声が重なり、二ヴェルは驚いたような、呆れたような表情を浮かべながら言う。
「あんまり呪文とか知らなくて…ごめんなさい」
「では、次のトコロはそれなりに大きな街のはずですから、魔導書の一冊や二冊を買って、少し使える呪文を増やしましょう」
呆れたように言う割には、言っていることは優しい。
そんな二ヴェルの言葉に、私とジャンは顔を見合わせて、ふふ、小さく笑った。
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