上 下
13 / 26
第三章 サクラへのプレゼント

しおりを挟む
 頬へのキスが、ここでは挨拶程度の意味しかないことはわかっているけど。
 わたしの中身は純日本人だ。
 反応に超困るのは、許して欲しい。

 その日も、エルネストが真っ赤な薔薇の花束を持って、寮の前に立っていた。
 あの日以来、ほぼ毎日会いに来る。
 困る。
 『キャラ』ではないことはわかっているけど、やっぱりエルネストには、ヒロインに攻略されてもらわないと、非常にまずいのだ。

「ドロシー」
 笑顔で駆けて来たサクラが、わたしの腕に巻きつく。
「早く学校行こ!」
「おはよう、聖女殿」
「あ、王子様。いたんですね。見えませんでした~。女の子同士の中に割って入らないでくださぁい」

 ……なんというか。
 あの日から、サクラは人前では、女の子、を徹底するようになった。
 バチバチと睨み合う、エルネストとサクラ。
 正確には睨んでいるのはサクラだけで、エルネストは余裕の笑みだ。

「今日は聖女殿に用があって来た。ここに来れば会えるだろうと思ってね」
「私は王子様に、なーんの用もないですけど」
 どうか仲良くして欲しい。

「北の街に魔物が出た。聖女殿の力を借りたい」
 あの日以来の魔物だ。
 人質を取られているサクラに、断る選択肢はない。
「……わかりました」

「ドロシー、行ってくるね。……大丈夫だから」
 不安な顔をしてしまったわたしに、サクラが優しく言った。
 サクラはリングホルムから帰ってすぐ、剣術の稽古を始めた。
 素人のわたしが見てわかるほど、めきめき強くなった。
 サクラがここで負けることはないだろう。

(でも、また……)

 非力なわたしに出来ることを考えてみた。
 ズレがあるとは言え、ゲームの顛末を知っていることは有用だ。
 だが、正しく伝えることはできるだろうか。
 全部をそのまま伝えて、逆にさらなる悲劇が起こる可能性は、大いにある。

(……そう言えば)

 一度だけ即死ダメージを回避できるアクセサリー。
 巨木に咲くメリーフラワー。
 このアクセサリーが貰える、サブイベントがあるんだった。
 これは絶対サクラの役に立つ。
 取ってこよう。


 王都郊外。
 憩いの森。
 送ってくれた従者を馬車で待たせて、巨木のもとに向かった。

「でっか」

 メリーフラワーが咲いてるのは、上のほうだ。
 あ、今ちょっと光った。
 5メートルくらいのところかな。
 え、これ、わたし登れる?
 だがやるしかない。

「ふぎぎぎぎぎぎぎ」
 なぜ、わたしは、ドレスで来てしまったのか。
 ある程度邪魔なものは脱いだとはいえ、シルク、めっちゃ滑る。
 3メートルくらい登ったところで、上にも行けず、下にも行けず。
 しがみつくのが、やっとの状態なう。

 あ、無理。

 どうか大怪我しませんように。
 祈りながら、わたしは落ちた。

 どさっ。

「大丈夫ですか!?」
 地面に落ちる前にイケメンにキャッチされた。

 赤い髪に、オレンジの瞳。
 見覚えのあるイケメン。
 ここであったが百年目。
 いや、百イケメン。
 すみません、照れでふざけました。

 攻略対象の一人、近衛騎士、ヨエル・フリーデンだ。

「どうしてこんなことを?」
 わたしを地面に降ろし、ヨエル・フリーデンが尋ねた。
「花を、取りたくて」
 わたしが指した指先を辿って、ヨエルが巨木を見上げる。
「ちょっと待ってて」
 そういうと、スルスル巨木を登って行った。

「はい、これでいいかな」
「ありがとうございます」
「危ないから、もうしない方がいいと思うよ」
 困った顔で注意された。
「助かりました」

 お礼を言ってお辞儀をしたところで、わたしを呼ぶサクラの声が聞こえた。
 ん?
 なんで?

 サクラが飛んできた。
 文字通り、空を。
 聖女ってそんなこともできるの?

「ドロシー、なんでこんなところに……」
 サクラはわたしを見て、目を見開いた。
 しまった。
 ほぼ下着だった。

「お前……」
 サクラの表情が消える。
 地面を蹴ると、ヨエルに斬りかかった。
「サ、サクラ様!」
 ヨエルも応戦する。
「君、何か誤解してないか?」
「黙れ!」
 わたしは慌てて服を着る。

 出会いの時点では、ヨエルの方が剣技は上手のはずだが……。
 サクラが押してる。
 斬り合う二人。
 と、止めないと……

「その方は聖女サクラ様です!剣を引いてください」
「……!面白い!」
 あ、だめだ。
 ヨエルは剣術バカなんだった。

 やる気を出したヨエルが押し返す。
 互角。
 いや、サクラが劣勢か。
 ヨエルの一撃で勝負が決まる。
 そう思った瞬間。

 剣術奥義・桜花百閃!

 ヨエルの個別イベントで習得するはずの、剣術奥義が発動した。
 まさか、このタイミングで習得してしまったのだろうか。

 どっとヨエルが尻餅をつく。
 勝負がついた。
 止めるなら今だ。
「やめてください、サクラ様!その方は、わたしを助けてくださったのですわ」
 サクラがわたしを見た。
「木から落ちかけたところでしたの。剣を収めてくださいませ」
 サクラの戦意が消えた。

「お見それしました。救国の聖女様の剣技、私では及びませんでした」
 姿勢を正したヨエルがサクラにひざまづく。
 ゲームでは模擬戦で負けたヒロインが、ヨエルに剣術の師事を仰ぐことになるんだけど……。
 サクラはすでに、戦闘能力がカンストに近い状態なのではないだろうか。

「ドロシーはなんでここに?」
「この花を、あなたに差し上げたくて」
 手に入れたメリーフラワーをサクラの胸に飾る。

 サクラは一瞬戸惑って、
「お前、俺が男だってこと忘れてないか?」
 ジト目で囁く。
「忘れてませんわ。ただのお守りです」
「なら、いいけど」

 サクラがわたしの手を引く。
「帰ろうドロシー」
「ええ。」
 わたしはヨエルに向き直り、お礼を言った。
「ありがとう、ヨエル」
「えっ」

 わたしはこの時、一つのミスを犯したことに気付いていなかった。
 驚いた顔のまま、ヨエルは去っていくわたしたちを見送った。


 帰る馬車の中で二人きり。
 わたしがサクラに尋ねる。
「魔物の件はどうなさいましたの?エルネスト様は……」
「魔物は倒した。王子は飛行高速移動で失神した」
 サクラがザマアミロと鼻を鳴らす。
 マジか。

「さっきの男は誰?」
「さっきの方は、始めてお会いした方です。近衛騎士の方のようですけど」
「ふーん」
 サクラが少し考えこんでいる。

「ゆうじ」
 ユウジ?
 確か、サクラの本名、だったかな。
「ゆうじって呼んで欲しい。二人の時は」
 えーっと、それは……。
 つまり、下の名前で呼んで、ってこと?
 その理由を想像して、わたしはドキドキしてしまった。

「わかりましたわ、ユージーン」
 それ以上、考えないことにした。

 (だって、理由、聞けないし、ね)
 恋愛経験ゼロのわたしには、もう、キャパオーバーで……

 何より、わたしが最優先でやるべき事は、サクラを無事、元の世界に帰してあげることなのだから。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

処理中です...