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第7話:ヲタの魔王がこんなに可愛いわけがない
しおりを挟む森の中にある湖畔にやって来た僕と魔王。
そこで僕は、魔王に魔法を教えてもらっていた。
「掌の先が熱くなるイメージじゃ!」
「う、うん、なんとか」
「よし、打て!」
魔王の掛け声とともに、僕は掌の先に力を込めた。
──バシュッ!──
スクーターのエンジンをかけた時のような音が鳴り、僕の掌から湖に向かって火の玉が飛んでいく。
「で、できた!」
驚きと喜びを合わせた顔で、自分の掌を眺める。
僕の姿を見て、魔王がウンウン頷いた。
「やはり、転生者はイメージ力が違うわい」
聞きなれない言葉だったので、聞き返す。
「イメージ力?」
「魔法はな、物質を高度にイメージできなければ使えないんじゃ。しかし、おぬしの元いた世界には沢山の漫画やゲームがあったじゃろう。アニメで魔法を使うキャラも沢山いたはずじゃ。それらを見ることによって、魔法を高度にイメージできる地盤になっておるんじゃ。そして魔法をより鮮明にイメージできる者ほど、強い魔法ができる」
つまりそれって、オタクであればあるほど、この世界では有利なんじゃ……。
「じゃあ、魔王がアニメとか見てるのって、そのイメージ力を高めるために?」
「いや、ワシのはただの趣味じゃ」
違うんかーい!
まぁ、その方が魔王らしいけど。
戦闘能力を上げることが目的でアニメを見てるとか、そんなの魔王のキャラじゃない。
「ブラックホールの魔法、僕にできるかな?」
「今の魔法力じゃ無理であろうな。しかし、おぬしは魔法が得意な妖精族じゃ。MPが増えれば、できるようになるやもしれん」
「MPはどうやれば増えるの?」
「魔法を使っていけば、レベルアップして少しずつ増えていくぞ」
「そうなんだ……」
じゃあ、定期的に魔法を使ってレベルアップを図る必要があるな……。
「とりあえず、毎日MPが無くなるまでファイアーボールを打つことにするよ」
「毎日か……。ファイアーボールを街中で放つ訳にはいかんし、それはちょっと難しいな……」
魔王はそう言うと、顎に手を当ててしばらく考え事をした後、言った。
「おぬしは転生者じゃし、何かユニーク魔法が使えると思うが……」
「ユニーク魔法?」
僕だけが使える魔法ってこと?
「そうじゃ。転生者にはユニーク魔法が授けられると聞いたことがある」
どこで聞いたんだよ?
ラノベか?
ラノベだろ!
「もしそれが本当だとして、自分のユニーク魔法はどんな魔法なのか、どうやったら知れるの?」
「ユニーク魔法は好きな事に直結していると聞いたことがある。今から400年くらい前に転生してきたコジローという者は剣術が好きで、ツバメ返しという魔法が得意だったようじゃ」
ツバメ返しって、魔法じゃなくて投げ技じゃね?
ってか、それ佐々木小次郎だよね!?
転生してたんだ、佐々木小次郎……。
「なんか、眉唾物の話だね」
「まあ、それ以降この世界に転生者はおらんからな。ところで、おぬしの好きな事は何じゃ?」
僕の好きな事……。
色々あるけど、やっぱ一番はこれかな……。
「絵を描く事だけど……」
「絵かっ!」
急に声のトーンを上げる魔王。
絵とかも好きなんだろうな、このオタ魔王は。
魔王は近くに落ちていた小枝を拾ってきて、僕に渡した。
「それで地面に何か描いてみるのじゃ!」
「何でもいいの?」
「何でもいいぞ」
急に何か描けと言われてもな……。
とりあえず、簡単に描ける物でも書いてみるか。
「はい、出来た」
僕は地面にリンゴを描いた。
「よし、じゃあその絵に向かって両手で力を込めてみるんじゃ」
言われたとおりにやってみる。
半信半疑での行為だったけど、僕が力を込めると、僕の両手から白い閃光が眩しく輝き、一瞬の視力を奪った。
「えっ……なんだこれ……」
白い閃光は消え、目が慣れてくると、地面に佇む赤い物体が目に入る。
それが本物のリンゴだと分かるまで、そう時間はかからなかった。
「絵が……リンゴになった……」
驚いてそう呟く僕の隣にいる魔王も、仰天の眼差しをしている。
そして魔王はリンゴを拾い上げ、まじまじとそれを見つめた。
「な、なんと……」
リンゴをくるくる回し、本物かどうか確かめていた魔王は、口を大きく開け、リンゴにかぶり付いた。
「ちょ、ちょっと……」
止めようとしたが、時すでに遅し。
魔王は一口、二口とリンゴをボリボリ食べ、「うまい」と言葉を漏らしている。
そしてリンゴを食べきった魔王は、言った。
「間違いなく本物のリンゴじゃった。テュエよ、おぬしのユニーク魔法はこれじゃ」
「僕の、ユニーク魔法……」
「そうじゃ。絵を実物に変える魔法なんぞ、この世界には存在しておらん。この魔法はおぬしだけの魔法じゃ」
「絵を実物に……何でも変えれるのかな?」
僕がそう言うと、魔王は少し考えて言った。
「分からん。初めて見る魔法じゃからな。ワシの金属を野菜に変える魔法に似てる気もするが、ワシの魔法は金属以外にはまるで効かないんじゃ。色々試してみるのが良いかもしれん」
「うん、分かった。色々試してみる!」
僕はそう返事すると、小枝で地面に絵を描き始めた。
さっきのリンゴより、ずっと凝った絵だ。
「テュエよ。一体何を描いておるのじゃ?」
「ちょっと待って。すぐ終わるから」
そう言ってから30分くらい経っただろうか。
紙じゃなく地面に絵を描くことに慣れていないので、手間取ってしまった。
「テュエよ。なんじゃ、この可愛い娘の絵は?」
女の子の絵を描いて、その絵の上から魔王に向かって力を込める。
「魔王、動かないでね」
ニヤッと笑う僕を見て、魔王は顔面蒼白で言った。
「お、おい、やめるんじゃ! その魔法が成功したらどうなるか、ワシにも予想がついたぞ!」
「じゃあいいじゃん」
「よせ!」
全力で嫌がる魔王に向かって、僕は両手から出る白い閃光を放った。
また、一瞬の視力が奪われ、徐々に見えてくるようになる。
そして、僕の魔法は成功した。
「やった! 成功だ!」
「ど、どうなったんじゃ……?」
恐る恐るそう聞いてくる魔王の姿を見て、僕は笑った。
髪は朱色のボブ。緑色の大きな目。ルネッサンス風の鮮やかなエレガントドレス。小さな体に小さな掌。そして舌足らずな高い声。
魔王の姿は、幼女になっていた。
「可愛くなったよ、魔王!」
僕がそう言うと、魔王は湖の側に行き、水面に映る自分の姿を確認した。
「な、なんじゃこれは!?」
魔王の驚いている顔を見て、僕の笑い声は加速する。
魔王は眉を逆ハの字にして、僕に近付いた。
「テュエよ! 元に戻せ!」
自分で描いてなんだけど、怒ってる姿も可愛いな。
「えー、戻すの? 可愛いのに……」
「ワシは可愛さなんぞ求めておらん!」
ふと、魔王の頭上に目をやると、例の数値が変化していることに気付く。
「えっ、魔王。HPとMPが変化してるよ!」
「おぬしが変えたからじゃ!」
「いや、そうなんだけど……。数値、強くなってるんじゃない?」
「強くじゃと?」
数値を読み上げて、魔王に教えてあげる。
魔王の数値は、HP260、MP55に変化していた。
「HPが増えてるってことは、勇者の呪いから外れたステータスになってるんじゃない?」
「えっ、どういうことじゃ?」
「だってほら、今まだこの小説のブックマークの数値、2だもん」
魔王は、しばらく腕を組んで考え込み、湖に向かってファイアーボールの魔法を唱えた。
そしてまた考え込み、一つの結論を出した。
「確かに、消費魔力100倍の呪いも外れておる……。このままの方が良いということか……」
「良かったね、魔王!」
僕がそう言うと、魔王は怒鳴った。
「どこが良いんじゃ! どうせならもっと格好いい姿に変えてもらいたかったものじゃ!」
文句ばかりだな。
中年オジサンの姿より遥かに今の方が可愛くて読者ウケするというのに。
魔王はオタクのくせに、ラノベ読者の心理を分かってないな……。
まあ、勇者の呪いから外れたステータスになった今、読者数を気にする必要なんて無くなったけど。
「じゃあ、元に戻す?」
そう聞くと、魔王は黙った。
意地悪な質問だったかもしれない。
元に戻ると、ブックマークの件数を増やさないことには勇者に復讐なんてできない。
2件のブックマーク以降全く増えていないことを考えると、元に戻る選択なんて魔王には無いことを、僕は知っていたのだった。
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