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歩けない姫

第六二話:藤の花と鬼の出現

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 本丸御殿を出て、来た道を戻り、名古屋城正門を出た所で、城主の娘のリコさんに呼び止められた。

「あの、折角ですし、良かったらあちらでお茶でもいかがですか?」

 そう言われ、娘に案内されたのは俺たちがこの世界に転移してきた場所、藤の回廊だった。
 藤棚には9月だというのに藤の花が咲き乱れている。

「あれ、来たときには咲いてなかったのに?」

 俺がそう呟くと、リコさんはニコりと笑った。

「花を咲かせる魔法を少々心得ておりまして」

 そうか。植物を育てる魔法を応用して、季節外れの花を咲かせたのか。
 そういう使い方もあるんだな。
 生活や戦いには役に立ちそうもないけど、凄く気品に満ちた魔法だと感じる。

「とびっきり綺麗じゃん!」

「めっちゃ綺麗や!」

 おてんば二人が藤棚へ駆けて行く。そうして藤棚の下にあるテーブルの椅子に、我先へと着座した。
 続いて俺たちが着座し、最後にリコさんがゆっくりと着座すると、すかさずどこからか突然現れた3名の執事がティーセットを用意した。

 なんとまあ、手際のいいこと……。

「どうぞ、お飲み下さい」

 淹れたてのティーカップから、ハーブの良い香りがする。
 一口飲むと、ほのかに爽やかなオレンジの味がした。

 リコさんは皆が一口飲むのを待ってから、ゆっくりと話した。

「実は、ミツキさんにお兄様のことをお伺いしたくて、お帰りのところ厚かましくも呼び止めさせていただきました」

 名前を呼ばれたミツキのティーカップを持つ手が止まり、急に顔が曇る。

「兄様のこと?」

「はい。どのような性格のお方なのか、是非ともお教えいただけないでしょうか?」

 嫌だ、教えたくない。
 ミツキの顔がそれを語っている。
 黙り混むミツキを見て、俺は心の中で溜め息を吐いた。

 仕方がねえ。
 こんな些細な事で前田家と関係が悪くなるのも良くないだろうし、助け舟を出してやるか。

「おい、ミツキ。リコさんにとって縁談の相手となりゃ、そりゃあ性格くらいは事前に知っておきたいって思うだろ。お兄ちゃんの事ちょっとくらい教えてもいいんじゃねえか?」

 そう言うと、ミツキが俺の方を向いてキツく睨む。

「うっさいねん!」

「いや、でもリコさんの立場も少しくらき考えてやれよ」

「うるさい! お前は関係ないやろ!」

 怒っちまった。
 なんだよ、こいつは……。
 兄様の結婚は反対なのか。
 あっ、もしかして大好きな兄様の結婚は私認めません的なアレか。
 だから怒ってるのか?

「お前もしかして、好きなお兄ちゃんを取られるとか思ってるんじゃねえか?」

 そう言うと、ミツキの顔がだんだん赤くなっていった。

 おいおい、図星かよ。
 なんだよ、ちょっと可愛いじゃねえか。

「そ、そんなんちゃうわ! ウチはナヨナヨしてる女が嫌いなだけや!」

 ミツキは赤面しながらリコさんを指差した。
 いきなり指を差されたリコさんは、怒るどころか、ただただ驚いて目を大きく開かせている。
 あまりに失礼な言動に、どうしたもんかと俺は頭を掻いた。
 そんな時、すぐ近くにいた兵士の叫び声で、事態は急変した。

「魔物だああ!」

 悲鳴にも似た叫び声が響き渡り、俺たち一向は勢いよく立ち上がり、叫んだ兵士の元へ急行した。

「えっ、何だあれ……」

 高さ3メールはある熊が、のしのし歩いてこちらの方向に向かってきている。

 親父がそれを見て指をポキポキ鳴らしながら言う。

「おいおい、あんなデカイ化け物がどうやってここまで来たんだ?」

 確かにそうだ。
 あんなデカイ図体の魔物、ここまで発見されないなんてことがおかしい。
 どこかから湧いて出たとしか思えない。

「皆様、お下がり下さい」

 リコさんがそう言って、俺たちより前に出る。

 えっ、何この人。もしかして一人で戦おうとしてる?

 リコさんは兵士が持っていた槍を貰い、槍の先で空中に弧を描いて慣れた手つきで構えた。
 そして振り返ってニコリと笑う。

「ナヨナヨしてると言われたのは初めてです。お母様からいつもじゃじゃ馬だと言われているので、ちょっと新鮮でした」

 そう言った直後、魔物目掛けて孤軍走って行く。
 俺たちが呆気に取られているのも束の間、物凄い俊足で魔物に近づいたかと思いきや、槍で目にも止まらぬ乱れ突きを魔物に浴びせ、一瞬で倒してしまった。

 俺たち全員の開いた口が塞がらない。

「お恥ずかしい所をお見せしてしまいました」

 そう言ってゆっくりとこちらに戻って来る。

 ……えっ、何この人。
 相手、結構強そうな魔物でしたけど。
 あなたこの尾張の国の姫ですよね?
 しかも魔法とかじゃなくて、物理攻撃なの!?
 誰だよ、この世界の女は魔法が得意だから女社会だとか言った奴は。女が普通に武器だけで魔物倒してんじゃん!

「しかし不思議ですね。何であんな大きな魔物がこんな所にいたのでしょうか……」

 そう言って首を傾げる娘に、俺たち全員同じ事を思っただろう。
 あんたの存在の方が不思議だよ……と。

「よくも……よくも私の可愛い熊五郎をやってくれたね……」

 急に背後から声がして、俺たちは体を反転させた。

「……ん?」

 誰もいない。

「許さない……絶対に許さない……」

 今度は右方向から声がして、体の向きを変える。
 するとそこには、10歳くらいの青い着物を着たショートカットの小さな女の子が立っていた。
 その女の子を見た瞬間、ミツキが叫ぶ。

「茨木童子や!」

 茨木童子だって!?
 白龍のフミを怪我させた奴か!
 確か明智家と因縁の深い鬼だとか。

「先祖代々、積年の恨み、晴らさせてもらうで!」

 そう言ってミツキはファイアーボールを投げつけた。
 しかしかなり余裕にかわされてしまったあげく、あっかんべーまでされてしまっている。

「かなり速いな……」

 親父が呟く。
 親父の言うとおり、茨木童子の動きは驚きの速さだった。
 目でしっかり追わないとすぐに見切れてしまうくらい速い。

「何ですか、あの女の子は?」

 リコさんが質問をする。
 リコさんも茨木童子は知らないらしい。

「茨木童子っていう鬼らしいです」

「鬼!?」

 驚いてそう言った後、リコさんはすぐさま槍を構えた。

「そういえばさ、藤棚に藤の花咲いてるのに、あの子大丈夫なの?」

 アイがまた訳の分からない事を言い出す。

「はっ? 何のことだ?」

「だって鬼って、藤の花が嫌いなんじゃないの?」

 俺は急激に胸が痛くなった。

「お、お前! それはあの漫画の設定だろ! そんなこと言ったら、日輪刀を持ってない俺たちじゃ絶対に勝てねえ相手じゃねえか! ってか今昼間だし!」

 ヤバい。
 好きな漫画だったからついツッコミ入れすぎた。
 更なる激痛が胸を襲い、俺は地面に膝をついた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 俺の急変に、リコさんが血相を変える。
 親父が苦笑いをして、リコさんに言った。

「あー、大丈夫だ。これ、こいつらのスキンシップだから」

「すきんしっぷ……?」

 お、親父……。
 英語はこの世界じゃ伝わらねえぞ……。

 俺たちがこんなやり取りをしている間、茨木童子は倒れた熊の魔物の所まで行き、ビー玉のような物をかざして熊の魔物を消した。
 ──いや、消したというより、熊の魔物をビー玉に回収したのだ。

「ポマモン玉や。くそっ、鬼がポマモン玉手に入れてもうたんか!」

 悔しそうミツキは地団駄を踏んだ。
 
 そうか。デカイ図体の熊の魔物がいきなり現れたのは、茨木童子がポマモン玉で出現させたからか。

 ポマモン玉で魔物を回収した茨木童子は、こちらに向き直してゆっくりと歩き出した。

 胸の痛みが治まり、俺は立ち上がって言った。

「みんな気をつけろ。ミツキの話を考えると、かなり手強い相手だぞ。見た目に惑わされるなよ」

 全員が返事をする代わりに、応戦の構えを取った。



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