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魔法大会

第五十話:決勝戦2

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 観戦している者が不完全燃焼となる、中途半端な試合をやってしまった俺とサクヤ様の戦い……。

 俺たちが魔法大会決勝戦を本気でやるのは、俺たちの魔法技術を他の生徒に見せて、俺たちを認めさせることが目的だ。
 なのに、あんな試合をやってしまった。
 またもや他の生徒の評価を下げてしまったと後悔してしまうが、サクヤ様に勝つにはああする他なかった。
 十分な魔法技術を見せてからサクヤ様の羽衣を取るという方法も考えてみたが、おそらくそれは無理だ。
 試合が始まった直後のあの瞬間でしか、俺はサクヤ様に近付くことすらできないまま負けていただろう。
 サクヤ様は宙に浮くことができる。
 そして容赦ない火の神通力を使うことができる。
 上空から火を振り落とされ続ければ、俺は成す術ない。
 だから、サクヤ様に必ず勝つには、あの試合が始まった瞬間しかなかったのだ。

 俺は、できるなら生徒会長はサクヤ様ではなく、俺たち家族の誰かがなる方がいいと考えていた。
 生徒会長になれば、学園の生徒を統べて戦争に行くことになるだろう。
 戦争の指揮官は、時に重く辛い選択をしなければいけないことが、必ずある。
 もしかしたら、生徒の半分を生かす為に残りの半分を見殺しに……なんて選択に迫られることもあるかもしれない。
 全軍を生かす為に、数名に決死隊を命じることもあるかもしれない。
 そんな役、女神であるサクヤ様にやらせる訳にはいかないんだ。

 だから俺は、魔法技術を披露しなければいけないこの決勝戦でも、最優先事項としてサクヤ様に勝つ最善手を打った。
 結果、観戦している生徒が不満足な試合になってしまったが、仕方のないことだ。

 ドンパチやり合う試合は、親父とアイに託すことにしよう。

「二人とも。ハデな試合頼むぜ」

 俺がそう言うと、いつの間にかお揃いの白い道着姿に着替えた二人は同じように右手の親指を立て、同じポーズを取って舞台へと上がった。

 二人が、女教師を間に挟んで対峙すると、女教師は先ほどと同じように声を張る。

「それでは、第136回魔法大会、予選優勝の参組による決勝戦第二回戦を行います。西、深井マナブ、東、深井アイ。両者、挨拶!」

 二人が「よろしくお願いします」と同時に頭を下げる。

 両者を見てから、女教師は拳を天に掲げ、力を込めて振り下ろした。

「開始ー!」

 女教師の掛け声と同時に、アイは体の向きを変えず、親父の方を向きながら後方にステップして、間を広げた。

 遠距離戦に持ち込む気かと思った矢先、アイが親父に向かって走り出す。
 アイが一旦後ろへ下がったのは、助走する為だった。

「うおおぉぉ! とびっきり蹴りぃぃ!」

 親父に向かって走りながら雄叫びを上げ、ジャンプして右足を突き出す。

 『とびっきり蹴り』とかいう恥ずかしい名前を命名した技だが、ようはただの跳び蹴りだ。

 親父は腕でガードの体勢を取り、アイの跳び蹴りを防ぐと同時に、アイが着地する前に、アイの体に鋭い正拳を突いた。

「きゃああ!」

 地面に足の着いていないアイの軽い体は吹き飛び、体を横にしてリングの上を三、四回転がって止まった。
 リングに寝そべるアイに、親父が怒鳴る。

「いつも不用意に飛ぶなと稽古の時に言ってるだろ!」

 アイは、意外にもスッと立ち上がり、照れ笑いするかのように舌を小さく出して言った。

「だって跳び蹴りってカッコいいんだもん」

 アイの体もそれなりにタフに出来ているようで、ダメージは少なそうだ。
 
 アイはその場で二回ほど軽くジャンプして、自分の体に異常がないことを確認するや、すぐさま親父に向かってまた走り出した。

 そして、走りながら正拳突きを繰り出すが、ひらりと親父にかわされる。
 アイは止まったと同時に体をくねらせ、回転蹴りを繰り出すが、それも親父はひらりとかわす。

 アイはそのまま親父に近付き、連続でパンチを繰り出す。

「うおりゃああ!」

 アイの雄叫びも虚しく、親父はアイのパンチを次々にかわしていく。

 そんな二人の戦いを見て、ふと俺は呟いた。

「あれ……? もしかして、アイは何一つ親父に勝てないんじゃ……」

 俺は、二人を誤認していたのかもしれない。
 攻撃魔法は、アイより親父の方が強力だ。これはもう間違いない。
 氷の魔法しか使えないアイより、火の魔法も得意な親父の方が、魔法の関係性からも有利だ。
 力も親父の方があるだろう。
 あの腕の太い親父に、か細い腕のアイが勝てる訳がない。
 打たれ強さも親父の方が上だ。
 アイがタフな体と言っても、筋肉の壁で覆われた親父の体の方がタフに決まっているし、何より親父は回復魔法も使える。

 俺は、アイが唯一、親父に勝てるポイントがあるとすれば、それはスピードだと思っていた。
 スピードで親父の攻撃をかわし、攻撃を小刻みに当てていけば、アイが親父に勝つ可能性があるかもしれない……そう思っていた。
 しかし、この応戦を見て、その可能性すらないことに気づく。
 親父は、アイより早い……。
 あの重そうな筋肉を身に纏った親父の、どこにそんな素早さがあるのか不思議だが、親父は俊敏にアイの攻撃をかわしていく。

 アイの繰り出す連続攻撃を次々にかわしていく親父に、観衆が「おお!」と感嘆の息を漏らす。

 凄い。確かに凄い。素早いアイの攻撃を、それ以上の速さでかわす親父は凄いのは分かるが……。

 俺は二人に向かって叫んだ。

「お前らいい加減にしろ! 魔法使えよ!」

 一体何の格闘戦だ!
 こんな試合なら、β世界でやってくれ!

 俺のツッコミを聞いたのかどうかは分からないが、アイは親父に正対したまま後ろに跳び、間を開けた。
 そして、唸りながら手に力を込める。

「はあぁぁ!」

 アイの両手から冷気が漏れ、氷のトンファーが生成されていく。

 親父はその隙に攻撃することもできたが、トンファーが生成されるのを待ち、トンファーが完成したタイミングで、右手の中指をクイッと動かし『来い』と挑発した。

 アイの生成した氷のトンファーは、なぜか右より左の方がでかく分厚い。
 少し不恰好な形になっていた。
 
「お父さん、本気で行くよ!」

「おう。全力で来い!」

 アイがトンファーを構えると、親父は両脇を締めて腕で防御の構えを取る。

 ……って、いや、親父。まさかトンファーの攻撃、素手で防ぐつもりか!?

「うおおぉ!」

 アイは再度親父に向かって走る。
 分厚い方の左のトンファーで攻撃するのかと思いきや、体を右にくねらせ、右腕に装備した氷のトンファーで親父の左腕を強襲した。

──ズバァァァンッ──

 トンファーは親父の二の腕に当たり、まるで大きなガラスが割れた時のような音を立てながら粉々に光輝きながら砕けていく。

「ふんっ、効かねえな!」

 親父はすぐさま右拳で正拳突きを繰り出す。

 これはさっきと同じ展開……ではなかった。
 アイは親父の正拳突きを、左腕の分厚いトンファーを盾にして防御する。

 まるで鈍器でアスファルトを叩いたような鈍い音が響き渡り、アイは後方に吹き飛んだ。

「きゃああ!」

 リングの端でなんとか踏み留まったアイは、ギロリと親父を睨む。

「こんのぉ、バカ力ぁ!」

 右手で2メートルほどの巨大なハンマーを瞬時に生成し、親父に投げる。

「親に向かってバカとはなんだ!」

 親父は雄叫びを上げながらそれを体全体で受け止め、少しだけ後退りしたものの、勢いの失った巨大なハンマーをリングの外に投げ捨てた。
 そして、冷えた手をパンパンと叩き、アイに向かって走る。

「次はこっちの番だ!」

 親父が走りながら右腕を振りかぶると、アイは左腕のトンファーをさらに大きく分厚くし、守りの体勢に入った。

「うおおお!」

 親父が全力でアイのトンファーを殴る。

「いやぁあ! 来ないでぇぇ!」

 アイはトンファーを破られまいと、さらに魔法で強度を増そうとする。

「うおりゃあ! どりゃあ! ぐおりゃあ!」

 親父は何度もトンファーを殴る。
 アイはリングから落ちないように、防御しながらリングの端から氷で足場を作り、急場を凌ぐ。
 親父はアイをリングから落とそうとしているのか、怒濤の攻撃をやめない。

 俺もサクヤ様も、仰天の眼差してその光景を見た。

「い、痛くないのかしら、あれ……」

 そう呟くサクヤ様に、驚きのあまり空返事をしてしまう。

 親父の拳からは血が飛び散り、アイのトンファーを赤く染まらせていた。

 おいおい……。
 いくら頑丈な体の親父でも、あれは絶対骨に異常出てるぞ……。
 よく見ると、左の二の腕が真っ赤に腫れ上がっている。
 砕け散ったアイの右手のトンファー攻撃も、どうやらかなり効いていたらしい。

「くそ。なかなか固えじゃねえか」

 一旦攻撃をやめた親父がそう言った直後、親父の拳が白く光る。
 親父の回復魔法だ。

「ええ!? 回復しちゃうの!?」

 アイが落胆して言う。
 そんなアイを見て、親父は笑った。

「当たり前だ。その為の回復魔法だろ」

「んもう! とびっきりムカつく!」

「アイよ。俺は今日、回復魔法しか使わねえぞ」

 そう言って、親父はポキポキ首を鳴らす。

 なるほど。親父は使える魔法を全て回復魔法に使うんだな。
 たしかに親父の場合、素手で攻撃が成り立つ分、魔法は回復だけに使った方がいい。

「セコい! セコい!」

 アイの非難に、親父は首を横に振る。

「セコくなんてねえ! これから生きるか死ぬかの戦争に行くかもしれねえ俺たち家族が死なねえ為には、もうちっと戦略を練って……」

 親父が、何やらカッコいいような気がしないでもない感じの事を言っている最中だった。
 急に親父は足場が消え、親父はリングの下へと落下し、地面へ着地する。

「……え?」

 何が起こったのかイマイチ理解できない親父は周囲を見回した。

「お父さん、私の勝ちだよ」

 そう言ってアイは、氷の上から親父を見下ろした。

 親父の攻撃で少しずつ後退していったアイは、自分の作った氷の足場でリングアウトを防いでいた。
 アイのトンファーを殴り続けてアイを後退させ、知らず知らずのうちにアイの作った氷の足場へ侵入していた親父は、気付かなかったようだ。
 自分もリングアウトする位置まで侵入してしまっていることに。

 これはアイの罠だった。
 あたかも自分が後退してリングアウトしてしまうかのように見せ、実際は親父がリングアウトする位置まで誘っていたのだ。
 親父がリングアウトをする位置まで来れば、アイにとって後は簡単な仕事だった。
 自分の足場だけの氷を残して、その他の魔法を全てやめればいいだけなのだから。

 アイが魔法をやめた途端、親父の足場の氷は消え、親父は地面に落ちたということだった。

「勝者、深井アイぃぃ!」

 レフリーの女教師が、声高々にアイの右手を握って天に掲げる。

 俺の時とは違い、観戦している生徒の歓声がどよめく。

 親父は、納得しきれない顔で怨めしそうにそれを眺めていた。



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