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魔法大会

第四九話:決勝戦1

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 食堂で朝食を済ませ、校舎を出て運動場に向かうと、すでに人だかりが出来ていた。

 人だかりの中から、参組の担任である女教師がこちらに向かって来る。

「来たわね。まずは、優勝おめでとう」

 俺は当たり障りなく返事する。

「ありがとうございます」

「参組の担任として、人数が少ない逆境からの優勝は鼻が高いわ。これで私の給料も上がるだろうし……」

 そう言って女教師はニヤリと笑った。

 あー……なるほど。
 この人が魔法大会に熱血を注いでいたのはそういう理由があったのか。
 しかしそれは内緒にしていた方がいい類いの話ではなかろうか。

「あはは、そうですか……」

 俺たちが空笑いをしているのをスルーして、女教師は決勝戦のルールを改めて説明する。

「決勝戦は、一対一の戦いを、そこの舞台でやってもらうわ」

 そう言って女教師が指差した先には、石造りのリングが用意されていた。
 正方形20×20メートル程の大きさだ。
 誰かの魔法で作ったのだろう。
 女教師は続けた。

「勝敗は、相手が参ったって言うか、舞台から落としたら勝ちよ。武器の使用はもちろん禁止」

 そりゃそうだろうな。魔法大会なんだから、武器なんてダメだろう。
 アイのトンファーを食らわずに済むんだから、アイ以外には都合のいいルールだ。

「それで、戦う相手と順番なんだけど」

 女教師はそう言って、魔法で掌からテニスボールサイズの水の玉を4つ発した。
 水の玉はプカプカと宙に浮いて、俺たちの目の前で止まる。

「四つのうち、二つだけ小石が入っているわ。小石が入っていた二人が一回戦の対戦、小石が入ってなかった方が二回戦の対戦。一回戦の勝者と二回戦の勝者が三回戦をやって、それに勝った者が生徒会長よ」

 なるほど。早い話、対戦相手の抽選ということか。
 本気で勝ちを狙うのなら、ここは小石の入っている方だ。
 一回戦で戦った方が、三回戦まで休憩ができる。
 小石の入っていない方を選んでしまったら、二回戦三回戦と連戦になってしまう。
 やはりそれは不利だろう。

 目の前に浮かぶ水の玉を凝視してみるが、どれも小石が入っているように見えるし、入っていないようにも見える。

「サクヤ様、親父、アイ。言っておくがこの決勝戦、手を抜くなよ。もう俺たちの目標である、この中の誰かが生徒会長になるという目標は確約されている。だけど、手を抜いた戦いを他の生徒に見せたりなんかして舐められりしたら、例え生徒会長になっても従わない生徒が出てくるかもしれない」

 俺の言葉に、皆頷いて口々に返事をする。

 昨日気絶した身だけど、体調はすこぶる良い。
 この三人に勝てる見込みは薄いが、全力でやらしてもらおう。

「じゃあ、俺はこれにする」

 そう言って俺は一番左の水の玉に左手を突っ込んだ。
 石が入ってるのか分からないんじゃ、どれを選んでも一緒だ。

 俺が水の玉に手を突っ込んだ次の瞬間、水の玉は勢いよく下に落下し、運動場の土を濡らした。

 そして左手に異物の感覚。

「あっ、石だ」

 よし、一回戦だ。
 この三人とやり合うなら、少しでも有利な方がいい。
 まあ、一回戦で負けてしまったら意味のないことだけど。

 俺の次に、親父が水玉に手を入れる。

 ──水玉の中に石はなし。

 次にアイが水玉に手を入れる。

 ──水玉の中に石はなし。

 ……ということは、俺の初戦はサクヤ様か。
 さっきのルール説明では武器の使用は禁止していたけど神通力までは禁止していない。

「うわ、初戦はお父さんかー。稽古の時と変わらないじゃん」

 アイが文句を垂れる。
 アイにとって、親父は何年も師匠として対峙してきた相手だ。
 もう戦い慣れた相手だろう。
 まっ、この二人も魔法を介して対峙したことはないだろうけど。

「俺も久々にユウキをしごきたかったぜ」

 そう言って親父は笑った。
 親父のしごきに耐えきれず、格闘家の道から逃げた中学生時代を思い出す。
 今さらあんな思いはまっぴらごめんだ!

「しかし、初戦がサクヤ様とか、お兄ちゃんとびっきりついてないね」

 アイがそう言うのも最もだろう。
 俺ではサクヤ様には勝てない。
 いや、まともに戦えばサクヤ様に勝てる奴などいないだろう。
 ……神通力を何とかできなければな。

 俺はニヤリと笑って言った。

「そんなことねえよ。アイや親父と戦うよりマシかもしれねえし」

「うわ、悪いこと考えてる! お兄ちゃん、今とびっきり悪いこと考えてる!」

 そりゃ考えるさ。
 サクヤ様とまともに勝負なんかしても勝てる可能性ゼロじゃないか。

「対戦順が決まったわね。それじゃ、早速一回戦を始めるわよ。サクヤさん、ユウキ君、舞台に上がって!」

 女教師に促されるまま、リングへと上がる。
 歓声が湧き止まぬ中、俺とサクヤ様が対峙すると、女教師は俺たちの間に入り、声を張って言った。

「それでは、第136回魔法大会予選優勝の参組による決勝戦を執り行います。第一回戦。西、深井ユウキ、東、コノハナノサクヤビメ。両者、挨拶!」

 心の準備をする時間すらなく、目まぐるしく展開していく決勝戦。
 ……ってか担任、あんたがレフリーやるのか!?

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 俺とサクヤ様が互いに頭を下げた所で、女教師は右手を上げて、それを振り下ろした。

「開始ー!」

 トントン拍子に試合が始まり、戦いの火蓋が切られる。

 まあ、この心の準備すら許されない僅かな時間でサクヤ様に勝てる方法を思いついただけでも良しとしよう。

「サクヤ様、全力でいかせてもらいますよ」

「ええ、いいわ」

「おりゃ!」

 俺はすぐさま氷の魔法でサクヤ様の両足を凍らせ、リングに張り付かせた。

「私は火の神よ。氷なんて私に効く訳ないじゃない」

 そう言って右手から火を放ち、すぐさま自分の足についた氷を溶かしてしまう。

 あれは熱くないんだろうか?
 ……なんて感想を振り払い、俺は全力でサクヤ様の背後へと回り込んだ。
 そして、サクヤ様の首を目掛けて手を伸ばす。

「よし!」

 サクヤ様の首にかかる羽衣に手をかけた瞬間、俺は言葉を漏らした。
 
「俺の勝ちです」

「あっ!」

 サクヤ様は驚き、そして次の瞬間しまったという顔をした。
 サクヤ様は本来、神社の境内でしか神通力は使えないのだ。
 これは親父もアイも知らないのじゃないだろうか。
 だから、この羽衣を取ってしまったら神通力が使えなくなるということは、唯一、箱根越えを一緒に旅した俺だけが知ってる、サクヤ様の攻略法なのかもしれない。

「くぅぅ~。やるわね!」

「俺がサクヤ様に勝てる方法、これしかありませんから」

 俺たちの様子を見て、観衆がざわつき始める。

「さて。サクヤ様、降参ですか?」

 サクヤ様は悔しそうに叫んだ。

「んもう! 降参よぉぉー!」

 一瞬、サクヤ様の降参宣言で場が凍る。
 それもそのはずだ。
 見ている者からすれば、いきなりの降参。訳が分からないだろう。
 レフリー……女教師もポカンと口を開けている。

「先生、降参ですって」

 俺がそう言うと、固まってこちらを見ていた女教師は、気を取り直して俺に近づき、俺の右腕を握って空へ掲げた。

「勝者、深井ユウキぃぃー!」

 歓声は、起きなかった。




 
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