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魔法大会

第二八話:ゴールは黒門市場

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 警察官が窃盗犯を取り押さえている場所の横に、段ボールが転がっている。

 あの段ボールには、刀が入っている。
 本物の刀が。
 中身を見られたら、まず間違いなく俺たちも逮捕となるだろう。
 まだ、中身は見られていない。
 今なら刀を諦めて知らぬ顔で去ることも可能だ。

 しかし……行くしかないだろ!

 警察官に礼を言いながら、段ボールに近付く。

「あ、ありがとうございます……」

 窃盗犯を押さえ込みながら、警察官は言った。

「それは、君の?」

「はい」

「中身は何? あ、中身を見る前に答えてね」

 中に何が入っているか答えさせることで、本人の物か判断するつもりだろう。

 ここは、運命の別れ道だ。 
 正直に刀だと答えるのはアウト。
 答えずに持ち逃げ去るか、もしくは中身を適当に答えてやり過ごすか……。

 犯人を押さえ込んでいる警察官は、すぐに動くことができない。
 だから、この場は逃げれるだろう。
 しかし、その後必ず応援を呼ばれる。
 応援を呼ばれると、逃げ切るのは難しい。
 だから、ここは逃げるのは正解ではない。
 
 中身を適当に答えてやり過ごそうにも、おそらく答えた後中身を見せてと言われるだろう。
 そこで答えと違う、刀が出てきたら俺の物だと判断してもらえない。

 残された俺の道は、中身を適当に答え、かつ中身を見せてと言われずに済むこと以外にない!

「中身は……恥ずかしいんですけど……小さなラブドールが入ってます」

「ラブドール?」

 警察官が聞き返してくる。
 ラブドールを知らないらしい。

「あのー……ダッチワイフです」

「ああ……あー……そう」

 警察官は理解したようで、その後出して見せてとは言わなかった。
 俺の狙い通りだ。
 取り出すと、恥ずかしい代物。これなら、警察官も中身を見せろと言う可能性が低いと判断したのだ。
 しかし、交番に一緒に来てと言われる可能性は高い。
 なら、ここで出る手は一つだ。

「ありがとうございました。それじゃあ、これで……」

 そう言いながら、段ボールを拾う。
 交番に来るよう言われる前に、すぐに去るのが一番だ。
 本来は交番に行って、段ボールを捕られた時の状況などの説明をしなければいけないんだろうが、それを拒否したくらいで警察に追われることはない。

 段ボールを持って踵を返すと、警察は言った。

「あっ、ちょっと待って。一緒に交番に来て欲しいんだけど」

 行くか。行ける訳ねーだろ。

「すみません、急いでますので」

 そう言って、去ろうとした。
 去ることができたら、完璧だった。
 しかし、段ボールは、警察官が窃盗犯を取り押さえる時に落下した衝撃で、脆くなっていた。
 あろうことか、段ボールの底が破損し、中身が落ちてしまったのだ。

 段ボールから刀が落ちた瞬間、まるで時が止まったかのような感覚を覚えた。
 しかし、時は止まってなどいない。
 不測の事態に、俺の思考が一時停止してしまったのだ。

 アスファルトの地面に落ちた刀を、もちろん警察も見ている。

 俺は、段ボールをその場に捨て、刀を拾って来た道を戻るように走り出した。

「アイ、逃げるぞ!」

「う、うん……」

 後ろから、警察官の声が聞こえる。

「その刀は何だ!? 待ちなさい!」

 誰が待つか。もう逃げるしか手がないじゃないか。

 後ろを振り返ると、警察は無線を使用しているようだった。
 
 どうやら応援を呼んでいるようだ。
 クソッ! 面倒なことになった。

 走りながら、ポケットからスマホを取り出し、親父に電話する。
 電話はすぐに繋がった。

「親父、今どこ?」

「ん? 黒門市場の入口だが?」

「サクヤ様も一緒か?」

「ああ、いるぞ」

「実は面倒なことになった。警察に追われている」

「ハァ? そりゃ一体何でだ?」

「詳しいことは後で説明する。そっちに行くから、親父たちはその場にいてくれ」

「ああ、分かった」

「あとサクヤ様に、俺たちと合流後、すぐにα世界に行けるようにしてと伝えて!」

「そりゃどうゆう……」

「詳しいことは後!」

「……分かった」

 親父の了解を得て、俺は電話を切った。そしてアイに聞く。

「アイ、黒門市場の場所知ってるか?」

「とびっきり分かんない」

 自分の興味のある所以外は、アイも日本橋に詳しい訳ではないようだ。
 俺たちには、黒門市場の場所を調べる必要があった。
 刀が目立つ為、近くにあった雑居ビルに入る。

「ハァハァ……アイ、スマホで黒門市場の場所を調べてくれ」

 息切れ一つしていないアイは、背負っていたリュックを下ろしながら言った。

「うん、分かった」

 リュックからスマホを取り出し、マップを開く。
 アイのスマホからGの文字が見え、俺は胸を痛めた。
 アイが手早くスマホをフリックしたり、ピンチアウトしたりする。

「黒門市場……日本橋の駅の方だね」

「どれくらいの距離だ?」

「歩いて20分……走って10分かからないくらいかな……」

「そうか、じゃあ行こう!」

 少し休んで行きたいところだが、時間が経てば経つほど、状況は悪くなる。

「あっ、ちょっと待って」

 そう言ったアイは、リュックを開けてガサゴソしだす。

「どうした?」

 そう聞くと、アイはリュックからトンファーを取り出した。

「用心だよ」

 まさかそれで警察官を攻撃するつもりじゃないだろうな?
 ……まぁ、用心に越したことはない。
 何はともあれ、サクヤ様の所に行ってα世界に行けば逃げ切ることができるんだ。

「じゃあ、リュックと刀は俺が持つ。アイは黒門市場まで案内してくれ」

 そう言って俺は、アイのリュックのチャックを閉め、背負う。
 アイは両手にトンファーを装備し、言った。

「オッケー、任せて! 最短でまっすぐに一直線に行くよ!」

 何だそれは。どうせ何かのセリフだろう。
 何なのかは聞かないがな。

「よし、行こう!」

 俺の掛け声で、アイは走りだす。
 俺もそれに付いて行った。
 オタロードを一直線に北に走り、親父達と別れたなんさん通りを右に曲がる。

「おい、一直線じゃねえじゃねえか!」

 つい、突っ込んでしまった。

「ああ、あれはね、シンフォギ……」

 アイがそう言いかけた時、目の前に2人の警察官が立ちはだかるのが見えた。

 そのまま直進していくアイ。

「うおぉぉお!」

 雄叫びを上げながら、両手に持ったトンファーを一度回す。
 そして、体を右に捻らせ、右手のトンファーで1人の警察官を攻撃した。

「ぐわああ!」

 警察もまさかこんな小娘に攻撃されるとは思っていなかっただろう。
 もう一人が構える前に、アイがすかさず今度は左に体を捻らせ、左のトンファーで攻撃する。
 もう一人の警察はアイのトンファーを何とかかわしたが、アイはすぐさま警察の腹部に蹴りを入れた。

「うお!」

 よろめく2人の警官。
 まさか先にこっちのβ世界でアイのトンファー技術を見ることになるとは思わなかったが、トンファーが得意と言っていただけのことはある。

 あいつ……マジでやりやがった……。
 もう後には引けねえな……。

 アイの素早い攻撃で、俺は走りを止める必要もなく、警官の横を走り去ることができた。

 仕方ない。仕方ないが……銃刀法違反に公務執行妨害か……。
 ますますβ世界に居ずらくなったな……。

 そのまま走り続けると、堺筋の大通りに出た。
 信号は赤だったが、アイは走るのを止めない。

 あーあ、道路交通法違反までついちまった。
 まぁ、仕方ない。
 信号を待ってて警官に追い付かれたんじゃ話にならない。

 交通量の多い交差点だったが、車に当たらないよう注意して、赤信号を渡ることにした。

 交差点を渡り、今度は左に曲がる。
 人通りが多い道だが、アイは軽やかなストップで人を避けていく。
 俺もそうしたいところだが、大きなリュックが度々人とぶつかり、その度当たった人をよろめかせながら、まるで重戦車のように走った。

 後ろを振り返ると、さっきの警察が追ってきているのが分かる。

「お兄ちゃん、あそこ!」

 そう言ってアイが指差した方向で、親父が手を振っている。

「オヤジ、サクヤ様は?」

「こっちだ!」

 親父はそう言って、近くの雑居ビルへと入って行く。
 中には、サクヤ様が右手を上げて待ち構えていた。

「それじゃあ、行くわよ!」

 サクヤ様がそう言うと、俺たちの体は地面へと沈んでいく。

 まさか、日本橋の寄り道がこんなことになるとは思わなかった。
 当分、β世界の大阪には来れそうもないな……。
 まぁけど、何とか逃げ切れて良かった……。

 俺は体の沈みゆく中、深い安堵の溜め息を吐いた。



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