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異なる歴史の二つの世界

第一話:著作権侵害は重罪だった

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 もう四月の中頃だというのに、神社という所の早朝はなぜか寒い。

 新宿にある花園神社の境内摂社、芸能浅間神社の鳥居で、俺は少し体を震わせて、アンプ内蔵のエレキギターを取り出した。

「神様。賽銭代わりに歌を聞いてください。そしてどうか、売れますように」

 そう願った後、ギターの弦に指を掛ける。

「神様、聞いてください。新曲のゾシカクです」

 早朝ということもあって、周りには誰もいない。
 一指弦を弾くと、静かな境内でエレキの不謹慎な音が響いた。

 神社の人が来るだろうか?
 いいや、構うもんか。神様に聞いてもらえばそれでいい。

 後で神社の人に怒られる覚悟を決めた俺は、思いっきりギターを弾いて歌った。

『三つの刀で 切る切る切る
 緑の短髪 ナイスガイ
 刀を咥えて 切る切る切る
 麦わら帽子は メじゃないぜ
 
 地面に着いたおにぎりを
 あの子の為に胃の中へ
 素敵なバンダナ巻き付けて
 首の修行は怠らない

 カッコいいけど 単細胞!
 強い割には 傷だらけ!
 お酒大好き 大食い野郎!
 陰るその目が イッちゃってるもん!

 三つの刀で 切る切る切る
 緑の短髪 ナイスガイ
 あの子もこの子も ゾ□ゾ□ゾ□
 方向音痴が 萌えてるぜ

 切る 切る 切る ナイスガイ!
 ゾ□ ゾ□ ナイスガイ!
 キル キル キル ナイスガイ!
 ゾ□ ゾ□ ナイスガイ!』

 なんとか神社の人の邪魔が入らずに歌い終えることが出来た。
 安堵のため息を吐き、ギターケースにギターをしまう。

 神社の人が来る前にズラかろう。
 そう思いながらギターケースをリュックサックのように背負うと、女の人の声が聞こえた。

「待ちなさい」

 ヤバい。神社の人に見つかったか!
 そう思い周囲を見渡すが、誰もいない。

「あれ?」

 首を傾げると、また女の声が聞こえた。

「そこのあんた、待ちなさい!」

 今度ははっきりと聞こえた。誰もいないはずの、鳥居の奥から……。

 恐る恐る振り返ると、白い服に真っ赤なロングスカートを穿いた、黒いストレートの髪が腕くらいまである、二十歳くらいの裸足の女が立っていた。

 その女を見た俺は、驚きを通り越し、悲鳴すらあげることが出来なかった。
 なぜならその女は、体がうっすら透明がかっていたからだ。
 人ではない、何か……。
 神社の境内で人ではない何かと考えると、答えはもう幽霊か神しかない。

 俺は足を震えさせながら、女を見つめた。

「あんた、このサクヤ様に喧嘩を売ってんの?」

「さ、サクヤ様……?」

 恐る恐る聞き返すと、女は溜め息を吐いて言った。

「私はここの女神、コノハナノサクヤビメよ」

「め、女神……様?」

「そうよ」

 そう頷いて、自らを女神と名乗る女は近づいて来た。
 靴は履いていないが、一応、足はあるようなので幽霊ではないようだ。
 正直、近づいてきて欲しくない。
 自分の事を女神だと言う部分に疑念はあるが、半透明の姿がそれを裏付けているように感じる。
 逃げたい一心だが、足がすくんで逃げられない。

「あんたは私に歌を聞けと言ったわね?」

「は、はい……」

「何、あの歌? あんたの罪は重いわよ」

 罪だと……?
 俺が、どんな罪を……。

 そう思いかけて、気付いた。
 朝っぱらから静かな境内でギターを鳴らしていたことに。
 
「じ、神社の境内で勝手に演奏して申し訳ありませんでした」

 女は首を横に振った。

「あんたの罪はそれもある。だが、それよりも遥かに重い罪を犯してる」

 遥かに重い罪……?
 なんだそれ……。
 俺、何かやったか……?

「自分の罪が分からないみたいね」

 女は、右の掌を俺に向けた。

「まあいいわ。あんたは、罪により別の世界へ送るから」

 何やら念じだす女を見て、危機感に襲われる。

 別の世界だって!?
 つまり、あの世ってことか!?
 全く何を言ってるのか分からないが、冗談じゃない!
 死んでたまるか!
 俺はバンドマンになる夢があるんだ!

 震える足を何とか動かし、俺は無我夢中で女の元に走り、土下座した。

「痛ッ!」

 土下座した拍子に、背負っていたギターケースの先が女の足に当たる。

「あわわ……すみません! 赦して下さい! お願いします!」

「ダメ」

 女が首を横に振ると、俺の体は少しずつ地面に沈んでいった。

 何だこれ!? 嫌だ! 死にたくない!

 女の赤いロングスカートにすがりながら懇願する。

「何でもします! お願いします!」

「や、やめなさい。足を持つな!」

 体が地面に引き込まれていく。
 俺は無我夢中で女の足にしがみついた。

「ちょっと、放しなさいよ! 私も引き込まれるでしょ!」

 女は俺を振り払おうと足を動かそうとするが、俺はさらに力を入れて足にしがみついた。

「じゃあ、止めてくださいよこれ!」

「もう止められないわよ!」

「嫌だ!死にたくない!」

 ジタバタと動かそうとする女の足が、地面に沈んでいくのが見えた。

「や、やめなさい! きゃああ!」
 
 神らしからぬ悲鳴が響き、俺の視界は地面の奥、暗闇へと移っていった。





「ちょっと! 起きなさい!」

 女の声が聞こえ、意識がぼんやり戻ってくる。 

「起きなさいよ!」

 体を揺らされ、俺は目を開けると、地面が見えた。どうやらうつ伏せで寝ていたらしい。
 目を擦りながら体を起こす。
 体を起こすと、背負っていたギターケースの底が地面に当たり、コツリと音が鳴った。

「どこだ……ここ」

 石造りの街並み……まるで古代ローマの街の道路に、俺は座っていた。

 寝ぼけている……?
 確認の為、再度目を擦る。
 ……が、景色は変わらない。

「あんたが私を道連れにするから、私もこっちの世界に来ちゃったじゃない!」

 隣にいた女は、俺の肩を揺すった。

「どうしてくれんのよ!」

 女は、自分を女神だと言っていた、赤いロングスカートの女だ。
 さっきは体がうっすら透明がかっていたのに、今は全く透けていない。
 
「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 肩の揺すりを抑止する。

「ここはどこですか?」

 女の顔を見ると、女神というより鬼という方がピッタリだ。

「あんたからしたら異世界よ!」

「異世界って……」

「本当はあんた一人が来る所だったんだから!」

「なぜ俺が……?」

「あんたが罪を犯したからよ!」

 俺は先ほどの神社の境内でのやり取りを思い出した。女の、違う世界に送るという言葉を思い出し、安堵の溜め息を吐く。

「あっ、俺……死んだ訳じゃないんだ……」

「死んでなんかいないわよ!」

「違う世界って言ってたから、あの世……死後の世界のことかと思った」

 俺の言葉に、女は歯ぎしりをした。

「だから……死ぬと思ってあんなに抵抗しようとしてたのね。そのせいで私は道連れになって……」

 そして、俺を睨んで怒鳴る。
 怖いから怒鳴らないでほしい。

「あんたバカなの!? 神が人を殺せるわけないじゃない! 死神ですら人を殺すにはノートに名前と死因を書いて、直接殺せないようになってるんだから!」

 なんか、聞いたことがある死神のシステムだな……って、いや、今はそれどころじゃなくて。
 この女、自分の事を女神だとか言っていた……ということは。

「本当にここは異世界!?」

 女は睨み顔で顔を近付けて怒鳴った。

「だからそう言ってるじゃない!」

 可愛い顔をしているけれども、顔を近付けないで欲しい。そして怒鳴らないで欲しい。
 ……あっ、神様を可愛いとか不謹慎だろうか。

 俺は少し状況を整理した。
 何かの罪で異世界送りになった俺。
 俺を異世界送りにしようとした女神を道連れにする。
 そして道連れにした女神にイチャモンつけられる……。
 
「こ、この状況はもしや、この素晴らしい世界にしゅく……」

 言いかけて、胸を押さえた。

「ぐっ……」

 胸がズキリと痛む。
 なんだこれ! まるで心臓を握られているような感覚……。

 いつの間にか汗びっしょりになった俺を見て、女は悪態をつく。

「ふん。あんた今、何か著作権に関わるようなことを言おうとしたわね」

「ちょ、著作……権?」

「そうよ。それがあんたの罪」

「俺の……罪……?」

 女は溜め息を吐き、言った。

「あんた、本当に自分が非道なことした自覚ないのね。あんたが神社で歌った歌、あれは著作権侵害よ。著作権侵害は立派な罪。そして私は芸能の神。著作権を護るのも私のテリトリーよ」

 いつの間にか胸の痛みは治まり、俺は立ち上がった。

「そんな……あの歌を歌っただけで異世界送りなんて……」

 確かに、著作権を侵害したかもしれない。だけど、あまりにも刑が重すぎる。
 著作権の侵害は確かに悪い。だけど、それだけで異世界に送るなんて、酷すぎるんじゃないか?

「……2日間」

 唐突に日数を言われ、俺は女と目を合わせた。

「あんたの刑は、2日間の異世界送りと3日間の著作権に関する事柄を禁忌とすること」

 あれ? たった2日間……?

「へ?」

 あまり重い刑ではない気がして、気の抜けた返事をした。
 その返事を聞いてか、女はまた怒鳴った。

「だったのよ!」

 ……だった? 嫌な予感しかしない。

「2日経ったら、あんたを元の世界に戻す予定だったの! なのに、戻せないじゃない!」

「えっ、戻せないというのはどういう……」

 さっきの胸の痛みからくる汗とは違う汗が流れ出す。

「神通力はね、神社の境内でしか使えないの! 神通力がないと、あんたを戻すことも、私が神社に戻ることも出来ないのよ!」

 なん……です……と……!?

「えーと……つまり、帰れない……とか?」

 いきなり女は俺にデコピンをした。

「痛ッ!」

 暴力はやめていただきたい。

「こんな世界に一生いるなんて、まっぴらゴメンだわ」

 女はそう言って続けた。

「帰る方法はある」

 女の一言で俺の気分は絶望から希望に変わる。

「帰れるんですか!?」

「2日じゃ帰れないけどね!」

「どれくらいで……」

 そう聞くと、女は俺の後ろを指差した。

「ここから西に150キロほど行くと、鳥居のある祠があるわ。 そこなら、私の神通力が使える」

 150キロ……東京から富士山辺りまでの距離か。

「あれ? 案外近いんじゃ……」

 楽天的な言葉だったのだろうか?
 女は溜め息を吐き、言った。

「あのね、ここには新幹線も車もないのよ」

「……ええ、まあ」

 それは分かる。古代ローマ風な街並みだし。現代科学などあるはずもないことが容易に想像できる。

 女は続けた。

「それにね、この世界には魔物が出るのよ」

「魔物!?」

「ええ。そして、魔物だけじゃなくて、盗賊なんかもいる。直線距離150キロを安全に移動するのに、どれだけの準備と迂回が必要か……」

 俺は、魔物という単語が頭の中でリピートしていた。

 魔物がいる世界……。
 めちゃくちゃファンタジーな世界じゃないか!

「あ、あのう、女神様……」

 恐る恐る質問する。

「何?」

「なんかこう……異世界に送られた特典みたいなものはないんですか?」

「はあ?」

 女は怪訝に俺を見る。
 俺は構わず続けた。

「死んだらタイムリープするとか、体がスライムになってるとか、最強の盾で成り上がっていくとか」

「ないわよ、そんなの」

「もしくは、古典的なところで言えば、昆虫型のロボットに乗ってオーラ力が」

「だから、そんなのないわよ!」

 ない……のか……。
 少しだけ上がったテンションが、一気に冷めた。
そして胸がチクリと痛んだ。
 先ほどよりも小さな痛みなのは、完全なタブーを言っている訳ではないからだろうか……?

「あっ、特典といえば」

 女が何かを思い出したように言ったので、俺は目を輝かせる。
 女はニタッと笑って言った。

「あんたは禁忌という特典があるじゃない」

 異世界送りは、特殊能力が身に付くのが常識……みたいな風潮あるのに、なぜ俺にはマイナス要素だけが身に付いてんだよ!
 くっそおお! 呪ってやるぞ! そこらのラノベの主人公どもおお!!

 女は、人をおちょくって溜飲が下がったのか、冷静さを取り戻していた。

「さて……いつまでも落ち込んでいられないわね。神無月でもない時に神社を空けるなんて、許されないもの」

 そう言って、続ける。

「早速、旅の準備をするわよ」

 唐突に言われ、聞き返す。

「旅の準備って……?」

 女は、俺の背負っているギターケースを指差した。

「まずは、それを売りましょ!」

 俺はギターケースを守るように、後退りした。

「えっ、これはダメですよ!」

 女は両手を腰に当てる。

「あのね、私たちはまずお金がいるの。お金がないと旅の準備が出来ないの。旅の準備が出来ないと元の世界に帰れないの。分かる?」

 俺を諭すつもりだろうが、でかい態度が気に入らない。

「いや、でもこれは俺が何ヵ月もバイトして、やっとの思いで買うことが出来たイーエス……」

 言いかけて、胸がズキリと痛む。

「ぐぅぅ!」

 メーカー名もダメなのか。
 なんて不便な刑なんだ!
 そんな俺の姿を見て、女はニタニタ笑った。

「ほらほら。 まともに名前も言えないようなギター、売っちゃってもいいじゃない」

 この女、本当に神なのか!?
 さっきから、とても神の言動とは思えない。

「い、嫌だ!」

 首をブンブン横に振って、却下を申し出る。

「この世界にアンプ内蔵のギターなんて無いもの。きっと高値で売れるわ」

 俺は女の赤いロングスカートを指差した。

「その赤いスカートだって、この世界じゃ珍しいんじゃないですか!?」

 古代ローマ風の街並みだ。
 赤いロングスカートなんて世界観が違うに決まっている。
 女は険しい顔をして、足に力を込めながら近付けて来た。

「はああ? 私のスカート売って、じゃあ私は下着だけで動けってあんたは言うの!?」

 恐怖のあまり、うずくまって動けない俺。

「あんたの服全部剥ぎ取って、それを売ってお金にしてやるわよ!」

 女が拳を挙げる。

「ひぃい! ごめんなさい!」

 殴られると思い、とっさに頭を抱えて目を瞑る。
 女からグーパンチ……と思いきや、見事なまでの早業で背負っているギターケースのチャックを開けられ、中身を取り出されてしまった。

「あっ、しまった!」

「私、芸能の神だけあって、こういう早業得意なんだから」

 自慢気にそういうが、それは窃盗の類ではなかろうか。

「か、返してください!」

「返さないわよー」

 そう言って、あっかんべーをする。
 本当に神とは思えない……。
 俺は落胆し、膝をついた。

「ギターを買う為に沢山のバイトをしました……。交通整備でのバイトではトラックの運転手に怒鳴られ、ファーストフードのバイトでは客に怒鳴られ、焼肉屋のバイトでは家族から臭いと言われ、パチンコ屋のバイトでは世間から嫌味を言われ……」

 正直に言うと、このギターを手に入れるのに、そこまでの苦労はしていない。
ただ、勝手に売ろうとするのが気に入らないのと、愛着があるのは嘘ではない。

「ちょ、ちょっと、泣いてるの!?」

 泣いてはいない。嘘泣きである。

「そのギターがあったから、辛いことも我慢できたんです……そのギターがあったから、頑張ってこれたんです……」

 俺の芝居もなかなかのものなのだろう。女は大きく溜め息を吐いた。

「分かった。分かったわよ。元の世界に帰ったら、神社の賽銭で新しいギター買ってあげるから」

「えっ……」

 俺の耳がピクッと動いた。

「……違うやつ……でも?」

「い、いいわよ」

「同じメーカーの?」

「まぁ……しょうがないわね」

「本当に……?」

「サクヤ様に二言はないわよ!」

 俺は涙を拭いて、スタッと立ち上がった。

「じゃあ、行きましょう! 売りに行きましょう!」

 女からギターを返してもらい、ケースに入れてスタスタと歩いて行く。

 自然と笑みが溢れる。
 高価で有名なブランドのギターではあるが、このアンプ内蔵ギターは大衆向けに販売されており、はっきり言って安い。
 5万円も出せば買えるのである。
 しかし、同じメーカーの他のギターはこの10倍の値がするギターがいくらでもある。
 50万円のギターを買ってもらえるなら、このギターは全く惜しくない。

「言っとくけど、ギターの価値くらい知ってるからね!」

 そう言われ、ギクリとした。

 さすが、芸能の女神というだけはある。

「あはは……そうですよね……」

「でも、さすがに愛着のあるギターを売れっていうのは悪かったわ。だから、無事に帰れたら好きなやつ買ってあげるから」

「マジですか!?」

「いいわよ」

「ありがとうございます!」

 そう言って笑いかけると、女はポリポリ頭を掻いた。

「調子のいい奴ね」

 そう呟いた後、俺に質問をする。

「ねえ、あんた、名前は?」

 歩きながら受け答えする。

「深井勇樹です」

「そう、ユウキね。 私はサクヤよ」

「了解、サクヤ!」

 そう言うと女は俺を睨み付けた。

「何呼び捨てしてんの。私は神よ。女神なのよ。なんであんたなんかに呼び捨てにされなきゃいけないのよ!」

 呼び捨てにしてもいいみたいな雰囲気だったじゃないか。
 
「す、すみません、サクヤ様」

 素直にそう謝ると、女は満足気に腕を組んだ。

「分かればいいわ」

 そうして俺の前をスタスタ歩いて行く。

 なんか、振り回されそうだな……。
 いや、すでにもう振り回されてるのか。
 この異世界送りも、結局はこのサクヤ様が俺にしたことだし……。
 この先、大丈夫なんだろうか……。
 いや、無事に帰れたら新しいギターが待っている!

 一抹の不安と期待を覚え、俺はサクヤ様に付いて行った。



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