上 下
75 / 82
第9話 追求

蝕む神

しおりを挟む

 「イルザ!!」

 真っ先に飛び出したのはグレン。動きを制していたアウラは模擬戦闘が終わると同時に、手を下げてグレン達を解放した。

 「・・・・・・」

 地面に座り込み、放心状態が続くイルザ。直前まであった確実な死の気配、向かってくる死の塊。今生きていることを認識することに精一杯である。

 「おいイルザ!  しっかりしろ!」

 イルザの肩を揺らして意識を取り戻そうとするグレン。

 「あちゃー。それなりに修羅場くぐってると思ってたんだが、ちとやり過ぎちまったかねぇ。安心しなぁ少年、気絶してる訳じゃねぇから嬢ちゃんはもうじき戻ってくる」

 頭を掻きながら反省の色を浮かべるヴェンデ。そうこうしているうちにイルザの意識は戻った。

 「私・・・、生きてる・・・?」

 「当たり前だ!  痛いところとか傷は無いか?」

 「え、ええ、大丈夫」

 体に異常は無い。至って無傷。

 「ヴェンデとの戦いはどうだったっスか?」

 さっきまでの真剣な表情とは裏腹に、無邪気な笑顔を向けてイルザに感想を求めるアウラ。

 「死を・・・覚悟したわ。それも今までとは比にならないくらいの恐怖を覚えたわ」

 ほうほう、と頷くアウラ。イルザは言葉を続ける。

 「だけど、どこか楽しんでいる自分が居たの。|神界器(デュ・レザムス)を手に入れてから、たまに薄らと感じていたのだけれど。さっきの戦いで明確になったわ・・・」

 今まで誰にも話さなかった心の奥底に隠していた気持ちが溢れてくる。言葉にすることでもやもやしていた気持ちが形となり、イルザ自身が再認識する。

 「少なからず|神界器(デュ・レザムス)の影響を受けているのは間違いねぇな。もともと戦うことが生きがいとも言える|闘鬼(オーガ)は別として、比較的温厚なダークエルフが好戦的ってのが証拠だな」

 イルザの感想を聞いて冷静に分析するヴェンデ。

 「でもまぁ、それに気がつけたら問題は無ぇだろう。嬢ちゃんの精神力は強い。だから|神蝕(しんしょく)されることも無ぇな」

 「・・・|神蝕(しんしょく)?  って何?」

 静かにイルザ達の様子を窺っていたエルザが口を開いた。|神蝕(しんしょく)、という言葉でおおよその事は想像がつく。しかし、知っている本人が目の前にいるのならば、正しい知識として得ておく必要がある。

 「あー・・・アウラ、後は頼んだ」

 「えー!  面倒な事を全部ボクに押し付けるのやめて欲しいっスよ!」

 「役割、放棄。アウラ、惨め」

 意地悪な笑みを浮かべるコルテをよそに、大きくため息をついておほんと咳払いをしてから説明を始める。

 「ボク達みたいな召喚された人間にはこれといった害はないんスが、持ち主である魔族の方はじわじわと強い衝動に自我が侵食されるんス。過去に|神蝕(しんしょく)された魔族が居たんスけど、それはそれは、酷い化け物になったっス」

 アウラの説明で思い当たる節があった。

 ブランの最期。

 元の姿を留めていない化物。

 スミレがエルザの裾を掴む。救いたかった主を救えなかった悲しみがスミレを再び支配する。

 心無しか、コルテの表情がごく僅かであるがぴくりと動いたのをエルザは見た気がする。

 「・・・姉さんは本当に大丈夫なの?」

 「ってーわけでヴェンデ、さすがにその辺は同じ魔族が応えるべきだと思うんスが?」

 「そうだなぁ、ま、大丈夫さ。戦ってわかった」

 「いや、もうちょい根拠とか教えてあげた方がいいっスよ?」

 「そうなのか?」

 「そうっスよ」

 「・・・・・・」

 結局これもボクが代弁っスか、と今までで一番のため息をつくアウラ。なんだかんだで良いコンビなのだとイルザ達は二人のやり取りを見て微笑んでいた。

 「イルザさん、戦っている中でヴェンデの|神界器(デュ・レザムス)が欲しい的な強い衝動に駆られたっスか?」

 少し振り返ってみる。鎧の攻略法を考えるだけで特に欲しいという感情が湧いた記憶はない。内から湧いてくるというかは、外から迫る恐怖の感情の方が強かった。

 「いえ、一切と言ってもいい程度には記憶にはないわ」

 「それがミソっス。精神力がない、あるいは欲望に溺れた魔族は、体力、精神力を大きく減らす戦いの中で|神蝕(しんしょく)の影響をごっそり受けるっス。ヴェンデが大丈夫といった理由は、イルザさんが戦いの中でも影響を受けていなかったから。というのが根拠っスね~」

 「イルザさん、安心。正しい、使い手」

 コルテも箔を押してくれる。ヴェンデもアウラの説明に口を出さないので、間違ってないのだろう。

 「だが、まだまだ弱い。戦いの技術も精神力もな。だから俺が鍛えてやるよ」

 突然のヴェンデの申し出に驚く一同。

 「いや、おっさんらは追ってる奴がいるからこの森に来たんだろ?  急がなくていいのか?」

 ヴェンデがこの森に来た理由を知っているグレンが問う。

 「追ってるつっても今すぐとっ捕まえるってぇ訳じゃねぇんだ。どちらかと言うと追跡してる事を悟られないようにこの森を使わせてもらってっから、時間は気にしてねぇ」

 「こちらとしてもありがたいのだけれど・・・。本当にいいのかしら?」

 「大丈夫っスよイルザさん。たぶんヴェンデが考えてるのはイルザさん達を強くして、強くなったイルザさんと戦いとかそんなとこっスから」

 たははと笑いながらアウラは困ったような嬉しいような表情を見せる。

 「戦闘狂、困り者」

 「まぁボクらは慣れてることっス」

 行き詰まっていたイルザ達の鍛錬は思わぬ来訪者のおかげで風向きが大きく変わろうとしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

怖いからと婚約破棄されました。後悔してももう遅い!

秋鷺 照
ファンタジー
ローゼは第3王子フレッドの幼馴染で婚約者。しかし、「怖いから」という理由で婚約破棄されてしまう。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

処理中です...