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第8話 新たな足音
夜
しおりを挟むブランとの戦いを終え、イルザの家へ戻った四人。イルザ、エルザ、スミレは比較的軽傷で済んだが、グレンは気を失ったままであった。ひとまず怪我の手当てを行い、目を覚ますまでイルザのベッドで安静にさせていた。
疲弊しきっていた三人はそれぞれ寝床についた。
イルザはボロボロになってまで自分を守ってくれた人間の少年、グレンが眠っているベッドの近くに椅子を持っていき、それに腰をかけてグレンの寝顔を見つめる。
(ごめんね、ありがとう・・・)
心の中でぽつりと呟いた。
グレンと出会ってからは戦いの日々だった。少し前までは、誰も近づかない静かな森で平和に妹と生活したいと思っていた。
だけど魔族の本能なのか、戦いを楽しんでいる自分がいることに気がついた。一瞬の油断が命に関わる戦い、技が決まった時の快感は忘れ難いものだった。
グレンに出会わなかったら、この感覚を味わうことはなかっただろう。
だが、ホルグにブラン。この二人との戦いはグレンやエルザが居なかったら、確実に殺されていただろう。
(守られているだけじゃ駄目なんだ)
自分の力不足を実感し、大切な人たちを傷つけないくらい強くなると誓った。
エルザとスミレは同じベッドで横になっていた。
すっかり気力を失ってしまったスミレ、同じベッドの上でエルザはスミレを抱きしめていた。
「・・・まだ起きてる?」
沈黙を破った、胸の中でうずくまる少女が負った心の傷は大きい。失うことの恐怖や辛さを知っているエルザもまた、母親が病に伏した頃を思い出していた。
エルザの問いかけにスミレは無言で小さくうなずいた。
「・・・私もね、お母さんを病気で亡くした時、とても辛かったのを昨日のように覚えているわ。優しくて、いっぱい愛してくれた大好きなお母さん。この世を去ってからは、しばらく部屋から出てこられなかったわ」
悲しく、辛そうに思い出を語るエルザ。
そんな苦しそうな声を聞いたスミレは、俯けていた顔を上げてエルザの目を見つめる。
「・・・だけれど姉さんがね、『お母さんは私達の心の中で見てくれているの、エルザが悲しくしていたら、心の中お母さんも悲しんでいるわ。お母さんにありがとうって言えるように、今を精一杯楽しく生きましょう』って言ってくれたの。だから私は、辛い気持と一緒に、今を生きようって考え直したの」
悲しそうに話していたエルザはいつの間にか、凛とした静かな声に変わり、スミレの頭を撫でた。
「辛い・・・気持ちと一緒に・・・ですか」
今まで沈黙を守っていたスミレが言葉を発した。
「・・・だからスミレも、辛い気持と一緒に自分がどう生きたいか、これからを考えてほしい」
自分がどう生きたいか。考えたこともなかったし、思いつきもしなかった。
「・・・・・・」
スミレは自分自身に問いかけてみた。だが、心にあるのは、命を救えなかった後悔で満ち溢れている。まるで心臓に茨が絡みつくように痛く、苦しい。こんな気持ちから早く抜け出したい。
もし、もしも他に、同じように救いたいのに救えない人がいるとすれば。
この苦しい感情を背負わせたくない。と思う。
|神界器(デュ・レザムス)は他にも存在する。だったら、主だったブランと同じように暴走してしまうのではないか。
同じ苦しみを他の人に感じて欲しくない。救えるなら、救いたい。
今度こそ。
「・・・答えは出そう?」
「まだ、はっきりとは出ていないですが・・・、同じ悲しみを他の人に感じて欲しくないと思ったです」
心なしか、霞んで見えていたエルザの表情がはっきり見えるようになった。
「・・・まだ漠然としていていいの。だけど、その気持ちはとっても素敵で、大切だと思うわ。だから忘れないでね」
「はい・・・です。あ、あの」
「・・・どうしたの?」
優しく寄り添ってくれるエルザにそっと抱きつくスミレ。
「ありがとうです・・・エルザさん」
「・・・うん」
エルザは短く返して、優しい心をもった人間の少女をめいいっぱい抱きしめた。
心安らいだ二人は気がつくと眠りについていた。
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