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第3話 鷲と蛇
蛇咬閃
しおりを挟む「目がっ・・・! おのれっ!」
イルザは後ろに目をやると、杖を構えて次の魔術を放つ準備をしているエルザが立っていた。
後退する前の疲弊しきった表情とは違い、凛々しく疲れなど感じさせないほどしっかりと大地を踏みしめていた。
エルザの周りに紫色の魔界文字が浮かび上がり、紫電を帯び始める。
「・・・姉さんあいつの目を封じるわ。そのうちに仕留めて!」
大きく息を吸い、杖を振り上げる。
「・・・ボルティック・フォトン!」
空中で視界を奪われ、手で顔を押さえているホルグに目を開けさせない様に連続して魔術を発動させる。
(魔術の気配・・・ッ!)
魔力を感知したホルグは、目が見えないながらも空中移動し、魔術を避ける。
魔法陣が現れた場所には魔力の球が出現し、その球は収縮された雷の塊だった。その雷の球は更に収縮し、一気に爆発する。爆発は閃光となり、虎の咆哮の様な轟音と共に稲妻が迸(ほとばし)った。
もし、この魔術を避けることが出来なければ、被弾したものは頭の先からつま先まで一瞬で炭化していたであろう。
それほどまでに強力な光属性の上位魔法“ボルティック・フォトン”をエルザは空中へ次々と発動させる。
「お言葉に甘えて、頑張ってる妹に負けない様に私も墜とさせてもらうわ!」
“妖精の輝剣”を握り直し、蒼白に輝かせる。
「はぁぁぁっ!」
再び鞭のように鋭く振るわれる連結刃。魔術と刃、絶え間ない連続攻撃がホルグを追い詰める。
「ふん! 目が見えなくとも風を読めば避けられるわ!」
目を閉じながら姉妹の連続攻撃を空中で舞うように避ける。長年親しんだ空において風は彼にとっての羅針盤である。
刃の軌道による風圧、魔力の発現による空気の振動。これらを伝って攻撃を全身で探知する。
しかし。
「がぁっ!」
感覚が鈍ってしまっている部位が一か所だけあった。
「特製の毒付きナイフだぜ。 全身でじっくりと味わいな」
湖で交戦した初めの姉妹の連携攻撃によって、ホルグの左脚を負傷させられていた。
光属性の魔術によって受けた傷は火傷となり、化膿していた。
その化膿していた部分に一本の蒼白に輝く短剣が突き刺さっていた。
(こ、これは!? “妖精の輝剣”なのか!? いや、“妖精の輝剣(アロンダイト)”はあのダークエルフが今も鞭のように振るっている。しかし・・・)
その時、ホルグの時間が凍り付いたように動きが止まる。
全身に炎が駆け巡るような激痛と、雷に打たれたような痺れが襲い掛かってくる。
「くそっ! ナイフに毒! まずい!」
「イルザぁぁ! 今だぁぁぁ!」
魔界樹の頂上でグレンが叫ぶ。
「分かってるわよ! これで最後よ鷲(わし)野郎!」
鞭として振るっていた剣を縮めて元に戻す。
瞳を閉じて剣に魔力を集中させる。その刀身は蒼白と紅蓮の光が入り混じる。
「蛇咬閃(じゃこうせん)!」
大きく連結刃を振るうと、その刃は鞭ではなく蒼白と紅蓮が入り混じった大蛇を形取り、かろうじで翼をはためかせ空中で動きを止めているホルグへと伸びる。
(動けん!)
毒によって麻痺しているホルグは動きを変えることができない。翼を止めて落下して攻撃を避けようと足掻(あが)く。
だが、大蛇となった連結刃はそれを逃さない。大蛇の頭になった剣先は、大きく牙を開きホルグに襲い掛かる。
「ぐおおおおぉぉぉぉっ!」
牙はホルグの体を貫いた。貫通した部分から締め付けるように胴体へ巻き付く。大蛇の頭は獲物を逃がさない様に体へ深く牙を立て咬みつく。
「んぐっ!」
「捕らえた! そのまま砕けろ! “ブラスト”ォォォォ!」
蛇の頭は魔術によって爆発四散する。
爆発を直に受けたホルグはそのまま湖へ墜落する。
「・・・やった!」
「ふぅ・・・なんとか罠の借りは返せたな」
グレンはエルザと合流していた。二人は安堵の声をもらした。しかし安心するのはまだ早かった。
水面へ打ち付けられる寸前。ホルグは翼を広げて態勢を立て直した。
「安心するのはまだよ! ほんとしぶといわね!」
だが、ホルグの行動はイルザの予想をいい意味で裏切った。
「えっ!?」
ホルグは無言で森へ飛び去る。
彼の表情は生気がなかった。恐らく、獣の本能と気力だけで危機的状況を打破すべく最後の力を振り絞ったのだろう。
「どうする? 追うか?」
「いえ、あの様子じゃ長くはもたないでしょう」
“妖精の輝剣”を収めて警戒を解く。
イルザの攻撃によるダメージと毒によって蝕まれる肉体は、長くはもたないと判断した。
「・・・帰ろう姉さん、グレン」
家は燃えて原型は留めていないだろう。しかし、彼女達の帰る場所は変わらない。あの場所だけがダークエルフの姉妹の、グレンの家だった。
「それより・・・」
グレンがちらちらと顔を赤らめて、イルザを見たり見なかったりしている。
「こ、これを着ろ。すげー格好だぞ」
深紅のマントを脱ぎ、乱暴にイルザへ突きつける。
イルザはグレンの態度で今自分がどんな格好をしているのか気がついた。
「わっ! 見るな馬鹿! エルザも黙ってないで教えなさいよ!」
服はボロボロで柔らかそうで張りのある胸が今にも露わになろうとしていた。
「・・・ふふっ。グレンの顔が面白かったから黙ってた」
ニヤリと意地悪な表情で返すエルザ。
「もう! あんた達今日はご飯なしよ!」
「えっ!?」
「・・・エっ!?」
二人はあからさまな嫌な顔を見せて落胆する。エルザに至ってはこの世の終わりだと言わんばかりの絶望的な表情を、膝をついて見せている。
「理不尽だ! っていうかエルザはさっきオグリの実を食べただろ!?」
「・・・・・・一個で足りるわけない・・・」
イルザが湖に墜ちた時。エルザと作戦を立てている中、グレンは湖へ向かう途中で採っていたオグリの実をエルザに一つ渡していた。
魔力を栄養とする魔界樹に生(な)るオグリの実は魔力を多分に含んでおり、魔力回復にもってこいの木の実であった。
エルザが連続で上位魔術を発動させていたのはこの為である。
「冗談よ。さあ、こんどこそ帰りましょう」
グレンのマントを羽織り、歩き出すイルザ達は帰路につく。
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