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「さて、アデライーデも食事が終わったし、猫の名前も決まったところで、陛下にお送りしていた手紙の返事がきたので、今日のスケジュールを確認するよ、いいかな」

 父と母もずっと食堂にいたのは、この件を話したかったからだろう。

「祝宴は7の刻(午後6時)から始まる予定だが、私たちは6の刻(午後4時)には王城に居る必要がある。支度の時間にどれくらいかかりそうだい?」

 父がそう言いながら、母やメイドたちに視線を送った。

「王城でしたら馬車で四半刻(30分)もかかりませんでしょう? わたくしの方は然程、時間はかかりませんわ」
「アデライーデお嬢様はご入浴からになりますから、5の刻(午後2時)までには」
「うん、分かった。その予定なら、半刻(1時間)くらいならオーバーしても大丈夫だからね、今から準備を始めようか」

 父がにっこりと笑ってそう言うと、メイドたちが元気よく返事を返した。

 そして部屋に戻ると着ていたものをすべて取り除かれて、入浴、マッサージだけで2時間。少しブレイクタイムを挟んでドレスの着付けになった。

 だが、ここで問題が発生してしまう。何と用意されたのが昨日と同じオーバードレス(若干形が違うし色も違うが)だったのだ。

 アデライーデとしては、似たようなドレスを連日着る気はなかった。その事は前もってターニャにも伝えていたはずだというのに。

「アデライーデ、せっかくの生地を生かさなくてどうします。昨日、この生地に気が付いたご夫人はそんなに多くはないわ。今日のパーティーで見せつけなければ、この素晴らしい生地を宣伝しなければね! それに、今回は中の衣装が違うの。あとこの上着のデザイン、お父様とお兄様と一緒なのよ」

 何故か勢いよく扉を開けて入って来た母が、得意気な表情で言い切った。そして、よくよく見れば、ターニャが手にしているのは、パンツに見えなくもない。

 だが、アデライーデは知っているのだ。

 このパール調の生地を母は、王妃様と王女様に献上している、ということを。

 こんな珍しい生地を貰って、そのままにしておくことなどしないだろう。きっと今日のパーティーのために、王妃様も王女様もドレスを作ったに違いないのだ。

 だったら宣伝は母と王妃様と王女様で充分ではないのだろうか。

 アデライーデはそう思っていたから、今日は全く別のドレス(もどき)にしようと思っていたのに。

 でも、こうなっては仕方がない。父や兄とお揃いと言われれば着ない訳にもいかなかった。

 アデライーデは観念すると、羽織っていたバスローブを脱いだ。シュミーズ1枚の姿を母親に見られるなど、たぶん幼少の頃以来ではないだろうか。

 そんな事を思いながら、タイツを履きパール生地そのままで作られたドレスシャツと七分だけの身体にやたらとフィットする黒色のズボンに膝下まである黒のロングブーツ。

 ここまでくると何だか男装しているような気分になった。これにカマーバンドをつけて燕尾服でも着れば、小さな紳士の出来上がりだ。もちろん周りからも、カッコいいという声が上がる。

 既に母の支度は終わっているようで、やはりパール生地を使った、足元に向かうにつれ群青に染まっていくエンパイアラインのドレスに、玉のサイズが揃ったクリームからイエロー、ゴールドという、これまた希少価値の高い真珠で作られた5連のネックレスに大小様々なゴールドの真珠を、葡萄の房のようにしたイヤリング。アデライーデからは見えないが、髪飾りもゴールドかイエロー系の真珠で作られたものだろう。

 お父様、黒真珠だけではなかったのですね!

 思わず心の中で叫んでしまうアデライーデだった。だって、これならたぶん、通常のホワイトのものはもちろん、ピンク系やグリーン系の真珠のお飾りも揃っているような気がする。

 昨日はドレスがまんま父の色味だったが、今回はドレスは父の髪の色を、お飾りに父の瞳の色を選んだ、という事だ。母に対する父の愛も凄いと思うが、こうやって愛する人の色を纏う母も凄いと思った。アデライーデには絶対に真似できない。

 そして母の姿に見とれている間に、アデライーデの支度は終わっていた。

 昨日と同じ、前身頃に肋骨服の飾り紐がついたオーバードレスは、しかし前の方は短く後ろに向かうほど長くなるようになっていた。

「後ろは腰のあたりから二つに分かれているんですよぉ、そこにパール生地でフリルを作って取り付けました!」

 ターニャが嬉しそうに移動式の縦に長い鏡を引っ張ってきて、アデライーデに後ろ姿を見せてくれる。

 こちらも昨日のものと同じように、背中の部分はリボンで絞るようになっていた。だが、ターニャの言ったように、燕尾服のように腰から先が割れ、その間を埋め尽くすようにパールの生地でこれでもかというくらいフリルが縫い付けられていて、やたらと目を惹く。

「あとはこれですね」

 そう言って差し出されたのは一見するとクラバットのようにも見えるが、スカーフにフリルがたくさんついた形状のものだった。これもパール生地で作られている。どうやらそれを首回りにつけて完成のようだ。

 このフリルがたくさんついたものを見せられるようにだろう、前身頃の部分は昨日のものより胸元が広くなっており、アデライーデは成程このためか、と思う。何せやけに胸元が開いていたから、ナインペタンの自分に対する嫌がらせか、とちょっとだけ思っていたのだ。

「これなら昨日のものとは違う印象になるでしょう?」

 母の言葉に、鏡に映った自分を見て納得する。確かに同じようなデザインだけれど、オーバードレスの色味が光沢ある濃い目のグレイで、前の丈が短いのも相まって全然違うドレスに見えた。

「いっそのこと剣帯をつけてレイピアでも下げてみたいです」
「そうねぇ、お城には帯剣できないから難しいけれど、その服なら似合いそうよね」

 母の賛同の声に、アデライーデはいい気分になる。母にもデルファンにもまだ話したことはないのに、これは軍服ロリータと呼んでもいいくらいの出来具合だったのだ。

 既に化粧も済んでいるし、このドレスなら編み込みの三つ編みにした方がいいだろう。髪型については、メイドたちに色々と教えてあるから、アデライーデは指示を出すだけでよかった。

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