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『ああ、こんなところに居ましたか』

 不意にゆかりの声が響いて、アデライーデはハッと我に返った。するとまた景色が切り替わる。

『ごめんなさい~』
『調子に乗った、申し訳ない!』

 しかも何故か、白髪の少女ルーチェ黒髪の青年ノアが、アデライーデに向かって土下座していた。

 この世界にも土下座なんてあるの?

 なんてことを考えたアデライーデだが、取り合えずそのことは横に置いておいたとしても、この2人がなぜ土下座をしているのかは分からない。

「なに? どうしたの?」
『魔方陣がないところで契約すると、魔力がいっぱい持っていかれるの』
『俺たちも浮かれてて、その事忘れてて』
『本当に、あなた達は後先考えずに動くから』

 精霊たちの言葉に首を傾げるアデライーデだ。

『先ほどの父上の言葉は覚えていらっしゃいますか?』
「父の言葉?」
『はい、精霊との契約についてです』
「ああ、魔方陣でなくても契約できたって話ね」

 アデライーデの言葉に紫が頷く。

『何十年か前までは、この世界にも聖域と呼ばれるマナの濃い地がありました。そういう地であれば精霊との契約が出来たのです。ただ、それはマナが濃い地であったから、とも言えます』

 紫の言葉にアデライーデはまたもや首を傾げた。

「どういうこと?」
『精霊との契約は名づけによって、その者の魔力が精霊に渡されます。魔方陣は周囲のマナを集めて召喚そのものと召喚主への負担を少なくするためのもの、同じように聖域では濃いマナが召喚主の負担を少なくしていました。ですから何もない場所では名づけをするとかなりの魔力を持っていかれます』
『本当にごめんなさい』
『アデライーデが倒れたのは俺たちのせいなんだ』

 まだ土下座をしている2人の言葉で、ようやくアデライーデは自分が気を失ったらしいことに気づく。

「じゃあ、ここはどこ?」
『あなたの悪夢ゆめの中ですね』
「そうなの……あなた達は何が起こっているのか分かっているの?」

 今はもう何もない灰色の空間を見回して、アデライーデは精霊に聞きたい事があったと声にした。

『何が起こっているのかは、なんとなく把握してはおりますが、どうしてそれが起こっているのかは私にも分かりません』
『最初にあなたと契約した土は、核を残して消失したわ』
『次はたぶん風で、きっとあなたを守ろうとしたんだ』

 ようやく立ち上がった2人が、哀し気にそう言う。すると右手に刻まれているタトゥーのような模様が、一瞬だけ光を放った。

『うん、水のもそうだよね、アデライーデを助けたかったんだ』
『火のも、そうだね』
『私も、ぎりぎりまで原因を探ろうとしたけど、無理だったわ。おかげで力をだいぶ持っていかれて、今じゃ中位になっちゃったもの』

 ルーチェが悔しそうにそう呟く。

『ごめんね、君を引っ張り出したのは俺なんだ。何が起こっているのか分からないけれど、アデライーデの魂はボロボロで、今にも擦り切れて消えてしまうんじゃないかって思って』

 ノアの、まるで泣くのを堪えるような潤んだ瞳に、アデライーデは何をどう言って慰めたらいいのか分からなかった。しかも、ノアは自分の存在を知っているような言い方をしている。

『それまでも、幾つもの精霊の核が、精霊界に戻ってきていたのでおかしいという話にはなっていたのです。精霊の核が戻ってくる、それは即ち精霊が、どこか別の世界で消失したという事ですから』
『でも、それがどの世界なのかが分からなかったの』
『精霊界に核が戻れば、100年もあれば新たな精霊が生まれてきます。なので最初の頃は、それほど気にしてはいませんでした』
『でも、そんな事が起こるのはとっても珍しいんだ。なのに、なん十個もの核が一遍に精霊界に戻ってくる』
『たぶん、それは力のあった精霊たちのもので、弱い精霊たちは、その世界に溶けてしまった事でしょう』

 まるで台本でもあるかのように、紫、ルーチェ、ノアが交互に話していく。アデライーデはただ聞いている事しかできなかった。なぜなら、精霊の世界の事など、何が正しくて何が嘘なのか、アデライーデには分からないからだ。

『精霊王が幾つもの世界を覗き、ようやくこの世界を見つけたのです』
『けれど原因が分からなくって』
『あなたに召喚された時、私が行くって言ったの』

 ルーチェが憐れむような瞳でアデライーデを見た。

『嫌な世界だと思ったわ。精霊を召喚しているのに、誰も精霊と交流しようとしないんだもの。でも魔法は行使するの。まるで精霊は魔法を使うための道具みたい。でも、そのうち何かが干渉している事に気づいた。でも、それだけ』
『力をだいぶ失った光の代わりに、また召喚されたから今度は俺が。この時にはどうやら同じ時間軸を何度も繰り返している世界だって分かった。表向きは変わりがないけれど、あの世界の人間たちは皆、魂が疲弊していて見ているだけでも辛かったよ』
『その中で一際、異彩を放っていたのは、あのミシュリーヌとかいう女よ』
『あの女の側には、何かがいた。でも、俺にはそれを探る事もできなかった。しかも契約した初めからアデライーデの魂は傷ついてボロボロで、疲れ切っていて。なのにあの王子と取り巻きのやつら! 何も言わないアデライーデをいい事に、好き勝手して、挙句の果てには!』

 アデライーデの最後を覚えているのだろう。ノアは、きつく拳を握りしめて怒鳴っていた。

 その声に、アデライーデはまるで悲鳴みたいだと思う。

 何度も、何度も繰り返した世界で。

 自分だけが苦しんでいると、なぜかそう思っていたけれど。

 闇の精霊ノアも、光の精霊ルーチェも、アデライーデに慈しみ、寄り添い、アデライーデの辛さや苦しみに気が付いてくれていたのか。

 そして、それは、この右手に刻まれているという風と水の精霊や、瞳に残る火の精霊もまた同じなのだろうと、自然とそう思えた。

 自分は決して独りではなかった事が、やけに嬉しく感じられる。けれど、そうなると、また同じことが繰り返されるのではないかという不安も同時に沸き上がってくるのだ。

 それに、ノアが言ったミシュリーヌの側にいた「何か」、という言葉が気にかかる。

 いつの時も、ミシュリーヌは光の大精霊や上位精霊と契約していると、そう言われてきたのだ。しかし、精霊たちが「何か」、と言った。

 決してそれは、精霊を指している言葉ではないと思う。

『よーお、お前らなにか面白い話をしてんじゃねぇか、俺も混ぜてくれねぇか』

 ふと柄の悪い声が聞こえた。



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 さてようやくもう一人(?)の主役のご登場。
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