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 あれ? ここはどこだろう。

 アデライーデは、ふと気が付くと何もない空間にいた。とは言え、周囲は真っ暗で何も見えない。けれど人の気配はする。

 アデライーデは、何となくその気配を探ってみた。すると姿はやはり見えないのだけれど、声が聞こえてくる。

「ねぇ、ねぇ、聞いた?」
「なに?」
「大きい声じゃあ言えないんだけど、王子様、孤児の女の子を囲ってるみたいよ」
「あ、それ私も聞いた。何でも教会にいた子でしょ」
「そうなの? でも、この間、マルチェッロ家のアデライーデ様と婚姻されたばかりでしょう?」
「何でもその子、光の精霊の加護持ちなんですって」
「それは、何とも言えないわねぇ」

 たぶん城のメイドたちの声だ。アデライーデがそう思った瞬間、周りの景色が王城へと切り替わる。

 先ほど内緒話をしていたメイドたちの姿はなく、どこかの部屋の一室にアデライーデはいた。しかもこの部屋、嫌というほど見覚えがある。

 ああ、これは2回目か3回目だ。

 唐突にアデライーデはそう思った。

 2回目の時ならアデライーデは、上位の風の精霊の加護を受け、3回目の時なら水の上位精霊の加護を受け、どちらの時も望まれて王家に嫁いだのだ。

 そう言えば、1回目の時は隣国の王女様が王子妃として嫁いで来ていたはずだったが、彼女はどうしたのだろうか。あの時はアデライーデが契約したのは、土の中位精霊で魔力量も貴族子女としては普通だった。だから王子の婚約者に名前もあがらず、ディディエ公爵子息と婚約していたと言える。

 たぶんではあるけれど、2回目以降に隣国王女がこの国に嫁いでくることはなかったはずだ。

 もし、ここから出ることが出来て、王女の事を覚えていたら調べてみるのもいいかもしれないなと、部屋の中を見渡しながら思った。



 この部屋は随分長いこと使っていたような気がする。

 改めて見ると執務机と種類棚、形だけ整えられた来客用のソファセットが置かれてあった。

 だが、このソファセットを使った覚えはアデライーデにはない。なぜなら、この部屋を訪れるのは、書類を運んでくる侍従たちだけだったからだ。

 王子との婚約が調ったのは、やはり10歳の精霊の儀の後で、それでも最初の頃はそれなりに交流もあったし、王子も優しかった。ただ、とても王子がとても優秀だったせいか、周囲もアデライーデに優秀であることを望み、おかげで王子妃教育はかなり厳しかった事を思い出した。

 まあ、それがあったからこそ、今現在、かなり楽な思いをさせて貰っている、と言えなくもない。アデライーデとしては別に嬉しくも何ともなかったが。

 この部屋の奥には寝室に続くドアがある。併設するように簡易的なシャワールームもあった。けれどドレッサールームも無ければ衣装部屋もない。なぜか、と聞かれたら、この部屋は大臣などの補佐官が使う部屋だから、とアデライーデは当然のように応えるだろう。

 設えてある寝室にあるベッドも豪華なものにはほど遠く、いかにも仮眠をとるためだけの簡素なものだった。それでもこの部屋をアデライーデが使用するからだろう。柔らかな寝具が整えられていた事だけは幸いと言えた。

 いつの時も、王子との距離は学園に通う頃になると、どんどんと疎遠になった。

 特に婚姻した後は、ほとんど顔を合わせる事もなくなり、王子妃という存在が必要な時にだけ呼び出される。そんな生活だった。

 それでもアデライーデは、王子妃の仕事を熟すことで自分の存在意義を見出していたし、いつの間にか周りもアデライーデは、仕事のためにいるものと認識していたように思う。

 なのに、徐々に、徐々に、城の中でアデライーデに対する悪意が高まっていった。

 理由なんてアデライーデには分からなかった。

 ただ王子妃として夜会へ参加すれば、光の加護持ちでもないくせにとか、お飾りの王子妃なんてと、アデライーデを貶める言葉がきこえてくるようになって。

 もちろん、自室に戻っても王子が訪ねてくることもなく、朝夕の食事も一人で取るのが当たり前になった。

 やがて、いつも一人でいるアデライーデに、ミシュリーヌ様を王子妃にした方が良かったのでは、という声が聞こえるようになる。

 そのわざとらしく聞こえてくる声に、アデライーデは苦笑すら浮かべなかった。だって、それはアデライーデも思っていた事だからだ。

 なぜ自分が婚約者に選ばれたんだろう。なぜ自分が王子妃にならなくてならなかったんだろうか。

 学園にいる時だって、王子はミシュリーヌと共にいる事が多かった。それこそ恋人同士のように寄り添って、時には腕を組んで。人目を避けるようにして抱き合っている場面もアデライーデは見たことがあった。

 それでもアデライーデは何も言わなかった。見て見ぬふりをした。それはアデライーデが他人と争うことが嫌だったし、王子には側近候補達がついている、と思っていたから。

 本来であれば、王子にそぐわないと判断される人が近づいたら、彼らはさり気なく注意するか、遠ざけるはずだ。そんな彼らが、ミシュリーヌには何も言わない。

 だとすれば彼女の存在が王子のためになると判断したということだ。

 それならばアデライーデが下手に口を出すわけにもいかないだろう。

 それに、彼女が光の大精霊と契約しているという噂が実しやかに囁かれているのだ。だから王子はミシュリーヌの側にいるのだと。

 だったらなぜ婚約を白紙に戻してくれなかったのか。

 だったらなぜ自分と婚姻などしたのだろうか。

 ぐるぐると、ぐるぐると、そんな事ばかりを考えて、考えることにつかれて仕事に没頭することを繰り返した。



『ああ、こんなところに居ましたか』



ーーーーーーーーーー


 2022.03.01 一部加筆修正しました。
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