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33. Celestina

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 セレスティアはルビード侯爵家の長女として生まれた。

 とは言っても既に嫡男と次男が生まれていたから、セレスティアがルビード家を継ぐ可能性は低い。それにこの国では男子が家を継ぐのが当たり前で、女性が爵位を継ぐのは嫡男も次男もいない場合のみ。

 だからセレスティナは、物心がついた時から、どこかにお嫁に行くのだと思っていた。それに生まれた瞬間から金色の瞳を持っていたセレスティナに、両親は精霊の加護があると、色付きの子供が生まれたと、喜んでくれた、らしい。

 その事は、長男や次男に嫌味と共に教えられた。




「お前は将来、王子の妃になるかもしれんぞ」

 自分の娘が色付きだという事に浮かれた父がそんな事を言う。

「だけど、あなたマルチェッロ家の娘もビルシャンク家の娘も色付きだそうよ」
「だが所詮色の薄い髪色だと言うじゃないか。セレスティナのこの金の瞳を見ろ、何よりも美しく色も濃い、それに既に魔法が使えるのだぞ、きっと魔力量だって多いはずだ」

 父の得意げな言葉に、母が何か言いたそうにしていた。だが、セレスティナが視線を向ければ、口を噤む。それも仕方がない事だった。

 父の言う通り、セレスティナは既に魔法が使える。とは言っても、癇癪を起こすたびに雷を放っているだけのものだ。それでも父は魔法が使えると単純に喜んでいる。そして母は、セレスティナを恐れていた。

 それはそうだろう、娘の癇癪を諫めようとすれば雷を食らう。いくらまだ威力が弱いとはいえ、バチバチと痺れさせる娘に愛情を以って接するのは難しいのは当然だ。しかもセレスティナは、皆が恐れているのを良いことに、ルビード侯爵家の中ではわがまま放題。

 もちろん未来の王妃になるべく施される教育は、辛く厳しいものだった。けれど、王子妃、ひいては王妃になれば、この国の女性のトップになる。そうなればセレスティナに歯向かうものはいないぞ、と父に言われれば今、我慢すれば、もっと贅沢ができるとセレスティナは理解した。

 それに柔らかいハニーブロンドの髪に、大きく潤んだ金色の瞳を持つセレスティナは、屋敷の外に出れば皆から可愛いと賞賛される。教え込まれた微笑を浮かべ、ほんの少し悲し気な表情をするだけで、周りの大人も子供もセレスティナの望みを叶えようとしてくれた。

 父も当然のようにセレスティナの欲しいものは全て与えてくれる。

 だから初めて招かれた王妃様のお茶会で、同じテーブルに座ったビルシャンク家とマルチェッロ家の令嬢の見て、大したことないとセレスティナは思った。けれど、マルチェッロ家の令嬢であるアデライーデの装いは、誰よりも素晴らしい。

 ビルシャンクのアナスタシアなど、黄色いドレスにやたらと宝石やリボンを縫い付けていたが、胸元を飾る大振りのサファイア以外は大した事のないものばかり。それに引き換えマルチェッロ家のアデライーデのドレスは、とろりとした光沢のある薄紫に染められた絹のドレスに、控えめではあるけれど金鎖の先に揺れる一粒の宝石と耳元で輝くイヤリングで使われているのはブルーダイヤだった。

 けれど、ドレスやお飾りはさすが公爵家と思っても、アデライーデ自身はそれほど大した事がないと、セレスティナは思う。なぜなら王妃様との挨拶を終え、ようやく王子様が登場した途端、アデライーデは気を失い、お茶会の席から姿を消したからだ。

 気を失った原因は分からないけれど、あんな気弱な女が自分の相手になろうはずもない。

 それに金髪碧眼の王子は、まるで童話から抜け出してきた王子様そのもので、セレスティナは夢中になった。でも、それはアナスタシアも同じで、王子妃教育で登城するといつもかち合う。しかも王子様に馴れ馴れしく近づいて、セレスティナを蔑ろにしようとする。

 だからセレスティナも王子様に積極的に向かって行った。王子様はセレスティナたちを見ると僅かに表情を強張らせるけれど、それはアナスタシアが弁えないからだと、そう思っていた。




 そうこうしているうちに、10歳の精霊の儀で、セレスティナはアデライーデの姿を見せつけられる。

 普段は、ひらひらしたネグリジェのような服を着て登城してくるアデライーデを、セレスティナは常識がないと馬鹿にしていた。アクセサリーだって宝石を使ったものを使用する事もない。メイドが作ったとかいうレース編みの薔薇のコサージュやイヤリングを嬉しそうにつけていて、思いのほかマルチェッロ家は貧乏なのかしらと思ったものだ。

 なのに。

 精霊の儀に現れたマルチェッロ家は、豪奢なパールに輝くドレスを身に纏っていた。

 欲しいものは何でも手に入れてきたセレスティナでも、あんな生地を使ったドレスは持っていない。しかもお飾りの全てを真珠で揃えているなんて。

 母親の方など希少価値が普通の真珠よりも高いと言われる、黒真珠を集めた見事な三連のネックレスを身に着けていた。

 なんで。

 アデライーデの装いは、やはり普通のドレスとは違う。アンダードレスと思われるものは丈が短く、それをカバーするようにオーガンジーのミモレ丈のスカートを身に着け、更にはグラデーションに染めたパールの輝きを放つ、オーバースカート。

 一体どれだけの金をかけて作られたものなのか、まだ10歳のセレスティナには分からなかった。けれど、いつもならセレスティナを褒め称え、何でも買い与える父ですら、マルチェッロ家のドレスとお飾りに目を剥くほど。となればそれ相応の金がかけられている事だけは分かった。

 何故か無性に腹が立つ。

 ただでさえ侯爵家である自分たちは、家格が上のマルチェッロ公爵家の後でしか、精霊の儀を受ける事ができない。この場にいる貴族たちは、ルビード侯爵家に逆らえるほどの力を持つものはいないと言うのに。ただマルチェッロ家だけが、いつだってセレスティナの前を塞ぐのだ。

 ジュリアーノ王子だって、王妃様のお茶会で早々に退出するような気の弱い女のどこがいいのか分からない。それでもセレスティナは自分に向けられる王子様の瞳の奥に滲む、嫌悪とも蔑みとも取れる色に気が付いていた。そして、アデライーデに向けられる視線には、そういうものが一切含まれていない事にも。

 だからアデライーデが王子様の婚約者に選ばれるんじゃないかという噂が、実しやかに囁かれるようになって、セレスティナは苛々してしょうがなかった。

 なのに、目の前に来たアデライーデは、セレスティナの事など気にも留めていない。 

 その上、夫人が軽く会釈をしただけで、アデライーデはセレスティナに見向きもしなかった。それどころか天井を見上げて感嘆の溜息をもらしている始末。

 悔しかった。

 だからマルチェッロ家が精霊の儀のために案内されていく後ろ姿を見送った後、四半刻もしないうちに助祭に連れていかれた控室で、セレスティナは大人しくなんてしていられなかった。

 控室から出て行こうとするセレスティナに、助祭は何事か文句のようなものを言っていたけれど、たかが教会の一助祭が、ルビード侯爵家をどうこうできるわけがない。セレスティナは、助祭を無視して儀式が行われる広場から戻ってこようとしていたマルチェッロ家の行く手を塞いだ。

 司教が何事か言っていたが、そんな言葉はセレスティナの耳には届かない。

 なぜならセレスティナの視線はアデライーデの髪に向けられていたからだ。

 さっきまでは淡いラベンダー色だった髪色が、バイオレットに変わっていた。

 なんで!

 明らかに上位の精霊と契約したのが分かる髪色に、セレスティナは妬心と焦燥を覚える。しかもセレスティナを認識したアデライーデは、その赤い瞳に「面倒くさい」という感情を滲ませた。

 なんてこと!

 出来る事なら思い切り罵倒してやりたい。そう思うセレスティナだが、こんな場所で声を荒げるのは淑女としては失格だと思いとどまった。

 その代わりに感情を殺してセレスティナから挨拶をしてやったというのに、アデライーデは返事を返すどころか、じっとセレスティナを見つめるだけ。

 しかも何を考えているのか、司教がセレスティナを強引に広場へと案内しようとすれば、ようやくアデライーデが、「ごきげんよう、ありがとうございます、そして失礼いたしますわね」と冷たく言い放って、さっさと行ってしまったのだ。

 なんて失礼な態度なのか。もちろんセレスティナもそう思ったが、憤ったのは父だった。

 セレスティナが感じたそれを父が代弁してくれる。けれど少しばかり言葉が汚くて、それは何だか嫌だった。

「けれど、本来であればわたくし共から声をかける方が失礼でしてよ、旦那様」

 だが、そんな父に母が貴族としてのルールを口にして諫める。

 確かに相手の許可なく、上の家格の者に話しかけるのは失礼な事だとマナー教師にも習った。しかし、セレスティナは王子様の婚約者候補だ。そして、それはアデライーデも同じ立場のはず。

 なのに、そんな事を言うなんて、おかしいのはお母様の方よ。

 そう言ってやりたいのは山々だったが、それよりも早く儀式を終わらせたかった。

 司教の後に続いて魔方陣のある広場につけば、魔方陣の真ん中へ進んでくださいと促される。



 あとはただ、召喚の呪文を詠唱するだけだった。


ーーーーーーーーーー


 ご一読ありがとうございます。


 2022.03.01 一部加筆修正しました。
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