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 それでも、明後日以降にならなければ結果は分からない、とは思うものの、セレスティナが時の大精霊を超える精霊と契約できたとは思えなかった。しかもアデライーデの両脇に座っている白と黒の2人もいる。この二人が何の意図を持って、そこに居るのかは分からないが、アデライーデの望む結果とは程遠そうな気配は濃厚だ。

『ふむ、このまま話すのも面倒ですね……』

 アデライーデの右後ろに立つ紫が徐にそう呟いた。その次の瞬間には、その場にいる全ての精霊が姿を現す。

「……」

 ただでさえ驚いていたというのに、その光景に、父母、兄姉は絶句した。その気持ちはアデライーデにもよく分かる。

 父の水の精霊は、精悍な顔だちの紺青色の髪をした壮年の男性。

 母と姉の風の精霊は、鮮やかな緑色の髪をした妖艶な美女とおっとりとした雰囲気の少女。

 兄の火の精霊は、兄のスカーレットの髪よりも赤い、紅赤べにあか色の髪をした活発そうな女性。

 そしてアデライーデの時の精霊である紫は、紫紺色の長い髪を持つ男性で、アデライーデの両隣に座したままの黒髪の青年と白髪の少女と、色彩が多彩な上に、皆キラキラしていて目に痛かった。

 それぞれの好みなのだろう、煌びやかなローブを纏っていたり、ラフなスラックスにパンツ姿だったりしているが、アデライーデの目を惹いたのは、姉の風の精霊だった。

 なぜなら、アデライーデが人形用にデザインした、薄緑色の、白い繊細なレースを襟と裾と袖口に配置しただけの、シンプルなロリータ服を着ていたのだ。

『えへへ、可愛いよねこの服。ビアンカのね、お人形さんが着てて羨ましくて真似したの』

 アデライーデがまじまじと見つめているからだろう、ビアンカの風の精霊が照れながらそんな事を言う。

 可愛い。

 母の精霊よりも色味の薄い翡翠色の髪を持つ少女は、存在が煌びやかなせいかシンプルなロリータ服が良く似合っていた。しかし、ふわふわでくるりとした髪はそのままなのが惜しい。服がシンプルだから華美でなくてもいいけれど、せめてカチューシャか、細めのリボンをカチューシャ代わりに結んだら更に可愛くなると思った。

『その服可愛いじゃない、ずるいわ』
『えへへ、いいでしょう~』

 なんて白髪の少女と風の精霊の少女が、そんな言葉を交わしながら戯れる。眼福である。

 思わずアデライーデは、ラタンチェアから立ち上がり、サロンの隅に置かれた小さなテーブルへと走り寄った。そこには不意に思いつく、アデライーデのアイデアをメモするための紙とペンが置いてある。

 ペンを手にしたアデライーデは、思いつくままに白髪の少女のためのロリータ服をデザインしていた。

 細い首を覆うレースにチョーカー代わりの太めのリボン。胸元はスクエアでウエストは絞り、スカートの丈は膝位の長さ。たくさんのフリルでパニエを作り、その裾にはシフォン生地で薔薇の花を作りつけて、ボリュームをたっぷりと。スカートにもフリル。裾には首元を覆うレースと同じものを。

 袖の部分はスカートがボリュームたっぷりだから、無くてもいいかな。肩口だけ少し膨らませて。

 足はやっぱり白のタイツ。ロリータ服には定番のラウンドトゥにストラップ、ローヒールの靴。

 アクセサリー代わりの帽子型のヘッドドレス、もちろんレースつき。

『ふむふむ、こんな感じかしら』

 アデライーデはそんな声を聴いて我に返った。振り返れば目の前には、今しがたデザインしたばかりのロリータ服を身に纏った白髪の少女がいる。ただ、残念なのは、色の指定をしていなかったからか全身真っ白だった。髪も肌も服までも白いと、ハレーションを起こしている。

『むう、だったらこの色ならどう?』

 そう言った少女は、すぐさま服を淡いラベンダー色にした。けれどリボンやヘッドドレス、レースもラベンダー色だから、なんだか締まりがない。

『もう、だったらどうしたらいいの?』
「え、レースを白にしてリボンとヘッドドレスを濃い紫とか黒にしてみたら?」

 アデライーデがそう言うと、すぐさま色が変わった。なんて便利な、これならドレスを作るのに採寸やら仮縫いやら調整の必要がないじゃない、なんて思う。

 アデライーデは、デザインを考えるのは好きだが、肌着姿でじっとしている必要がある採寸や、着せ替え人形にされるのはあまり好きではなかったのだ。

『うふふ、でもこれマナで作ってるだけだから後には残らないわ。ねぇ、それよりも名前を呼んで?』

 呼んで、と言われてもアデライーデは、少女から名前なんて教えて貰っていなかった。

『私に名前はないの、だから好きに呼んでいいわ』

 そう言われても、咄嗟に名前なんて思い浮かばない。

 彼女は光の精霊なんだよね。光と言ったら。

「ルーチェ、くらいしか思い浮かばないわ」
『ルーチェ、とても素敵な名前だわ』
「あ」

 アデライーデ達の背後から声がしたような気がした。

『あ、ずるいぞ、お前だけ、俺にも名前つけろよ』

 だが、その声を気にする前に、黒髪の青年が騒ぎ出す。

 え、彼にも名前がないの?

 そう思ったアデライーデは、反射的に呟いていた。

「黒いからクロ」
『却下。かっこよくない』
「えー、我儘。あとは黒だとノワール?」
『おー、ノワール、いい名前』
「でも、言いづらいからノア」
『ノア! それもかっこいいな』
「アデライーデ!」

 突然、背後から上ずったような声がアデライーデの名を呼んだ。はっと振り返ってみれば、青褪めた父がソファから立ち上がっている。

 父があんな風に動揺している様を初めて見たアデライーデは、ゆらりと揺れた視界に疑問を覚えた。

 お父様、どうしたの?

 そう口にしようとして、アデライーデは声が出せない事に気づく。

「アデライーデ!!」

 今度は兄の声が聞こえた。でも、大丈夫だと伝えたいのに、なんだか身体がどんどん重たくなっていく。




 そして記憶が途切れた。


ーーーーーーーーーー

 次はまた別視点になります。

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