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 アデライーデの笑みに、家族からの視線が集まる。そう言えば精霊の話をするためにサロンに来たのだ。いい加減、話をしなければ、とアデライーデは姿勢を正す。

「お父様とお母様は既にご承知ですが、今日、私は精霊の儀で、時の精霊と契約を致しました」

 まずは最初から話すべきだろうと、アデライーデは一言、一言、はっきりと話し始める。家族は全員が静かにアデライーデの話を聞く態勢だ。

「時の精霊と契約したことで、私の髪色はラベンダーからバイオレットになり、かなり上位の精霊と契約したのだと思います。そして、ですね……」

 気が付けば、先ほどまではカウチソファで寛いでいたはずのゆかりも、そぐ側にいる。なんとなく紫を見つめれば、彼は笑みを浮かべて頷いてくれた。

『あなたのご家族であれば話してくださっても大丈夫ですよ』

 そんな言葉にアデライーデは励まされる。

「髪の色については、部屋に戻ってから気が付きました。お姉様にも一緒に確認していただきましたが、その時に時の精霊が、2人の精霊を連れて現れまして」
「ああ、だから変な事を聞いてきたんだね」

 そこまで話したとき、兄が合点がいったと大きく頷いた。

「変な事?」
「精霊との契約は精霊の儀でしかできないのかと」
「……確かに時の精霊の紫とは、精霊の儀で契約したので急に現れてもそこまで驚きはしないのですが」
「その連れてきた精霊というのは?」
「短髪黒髪の20歳前後の男性と白髪のボブヘアの16歳前後の女の子です」
「……」
「……」

 アデライーデが話を続けると、父と母は黙り込んだ。何か心当たりがあるのだろうか。

「私の曾祖父がよくおっしゃっていたよ、精霊とは自然そのものであり、どこにでも在るものである。一昔前までは、聖域などでも精霊に出会う事が出来た。そして精霊が気に入ってくれさえすれば契約もできた、と」

 父が少し懐かしそうに目を細めて言う。

『君の父の言う通り、少し前まではそうだった。世界にマナが満ち満ちて、この世界にも精霊たちの棲まう場所があった』

 そして父の言葉に呼応するように紫が続けた。

 父の曾祖父が一昔前と言うのだから、5、60年前までは精霊の儀でなくても精霊と普通に契約が出来たらしい。ただ一昔の感覚が人によって10年だったり20年だったりする事があるから、もう少し前かもしれないな、とアデライーデは思った。

 なにぶん秒単位で時間が決められていた前世を過ごして来た自分からみると、この世界の時間感覚はかなり大雑把だと感じる。

『その頃はまだ人間にも魔力量の多いのが多かったから、1人で2、3体の精霊と契約しているものもいたくらいだよ』

 紫が更に補足説明をしてくれる。

 けれど、そうか。だとすると少なくともここ100年以内で急激に人の魔力量が落ちているのかもしれなかった。

「それで? 精霊はなんと言っている?」
「……まだ何も言われていません」

 父の問いかけに、そう言葉を返して、ふとそう言えば兄と姉はさっきなぜか固まっていたなと思い出す。

「そう言えばお兄様もお姉様も先ほどはどうして固まったんですの?」

 兄と姉にそう問いかければ、兄は少し困ったように目じりを下げ、姉は父と母の顔をちらちらと見た。

「あー、それは、だな……」
「何か言い難いことですの?」
「アデライーデは、精霊と意思疎通が出来ないって言われていたのは知っている?」
「そうなのですか?」

 兄のフォローをするためか、姉がアデライーデに問いかける。既に12歳になったビアンカは、精霊についてもよく勉強をしているようだ。そんな上の妹の言葉に、兄は一度頷くと話し出した。

「……私もそう教えられた。実際、精霊の儀でも、召喚の呪文を詠唱すると精霊もしくは幻獣が姿を現し、私たちは名前を付ける。それで契約は完了で、彼らはすぐさま姿を消してしまう」

 兄から齎された、他の精霊や幻獣も契約が終わるとすぐ消えてしまうらしいという情報に、アデライーデは紫だけじゃないんだ、なんて思う。

「だから、まさか精霊から話しかけられるとは思わなくて」
「しかも、時の大精霊と光と闇の精霊が一緒にいると言われたら、驚いてしまうのも仕方ないだろう?」
「は?」
「なんですって?」

 兄と姉の言葉に、今度は父と母が固まった。しかし、そこは年の功とでも言うべきか、割とすぐに気を取り直したようだ。

「大精霊だと……?」
「上位精霊かと思いましたのに」
「しかも光と闇の精霊までいらっしゃるとは、いったい」

 精霊の中でも最上位である精霊王の次に位の高い大精霊が、人間と契約すること自体は、それほど不思議な話ではない。実際、初代国王も光の大精霊と契約を結んでいたのだ。それ以降も何人もの人が、様々な大精霊と契約をしたという記録も残っている。

 しかし、ジュリアーノ王子の精霊が中位の精霊であることからも分かるように、ここ数十年、ほとんどの貴族子弟が契約しているのは、中位もしくは下位の精霊ばかりだった。上位精霊と契約しているのは、王族や高位貴族のごく一部。

 そんな事情の中でアデライーデの精霊が大精霊と知られれば、どうなるかなんて先が見えていた。間違いなく問答無用で王子の婚約者が確定するだろう。

 どうやら紫との契約は、たいそれた事だったらしいと、ようやくアデライーデは気が付いたのだった。


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 2022.03.01 一部修正しました。
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