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20.Side; GiulianoーーPrinceー2

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 あれから彼女は10日もの間、目を覚まさなかったという。

 毒でもなく病気でもなく、原因は不明と聞かされたジュリアーノは、お見舞いに行った方がいいのかどうか悩んだ。

 元々、病弱であったのなら、婚約者候補になど名を連ねてはいなかっただろう。実際、お茶会で倒れたというのに、婚約者候補を辞退するという話も出ていない。

 それでも王子妃の教育を城で受けるのは、暫く待ってもらいたいとマルチェッロ公爵からの申し出があった。もちろん、それは了承されている。

 婚約者候補の筆頭であるマルチェッロ家の令嬢がいないためか、他の二人は王城で姿を見かけることが多くなった。王子妃教育を受けるためだけではないのは明らかで、たまに移動中に話しかけられては時間を潰されてしまう。

 ジュリアーノが移動中だとしても、暇なわけではないのだ。それは訓練場に向かうためであったり、図書室へ資料を探しに向かっている途中だったりする。けれど彼女たちは空いている部屋やガゼボでお茶をしよう、お互いをもっとよく知りましょう、なんてしたり顔で言うのだ。

 婚約者候補の令嬢たちとは月に何回か交流のための時間を設けてある。ジュリアーノも王子としての教育や訓練など、色々とスケジュールでいっぱいだ。好き勝手に変更はできない。

 なのに彼女たちは、ジュリアーノの言葉を聞かない。というよりは、わざと無視しているようだった。その事にジュリアーノは苛立ちを覚える。

 ジュリアーノが勉学や訓練に励んでいるのはなんのためか、彼女たちには分からないのだろうか。そんな事も分からないなら王子妃には向かないのではないか、などと思ってしまう。だが、そんな事を口にすればやかましくなるのは必然で、訓練する時間が更に削られる事は分かっていた。

 これならアデライーデ嬢の方が幾分かマシだ。

 ジュリアーノは外向きの笑みを浮かべたまま、2人の令嬢の戯言たわごとかわす。

 あのお茶会から既に4か月ほどが経ち、アデライーデ嬢もようやく城に登城するようになった。

 けれど彼女は、他の候補者とは違い毎日城にやってくる事もなければ、王子妃教育が終わるとサッサと帰って行く。

 多少、気になるのは彼女の装いが他の令嬢たちとは違い過ぎる事だろうか。

 ふわりと風になびく柔らかな生地を何枚も使って仕上げたのだろう、胸元から広がるスカートには最近流行り出したという小花の柄が描かれていたり、見事な刺繍が施されていたり。レースとリボンで作られたヘッドドレスも、最近流行っているそうだ。

 アクセサリーもレースで編んだものをチョーカーのように使い、中央にはティアドロップ型の小指の爪ほどの宝石が一つついているだけのものだったり、色ガラスのような小さな宝石が縫い込まれているものだったりと多種多様。時にはレースで編んだという薔薇が、イヤリングやチョーカー、ヘッドドレスを彩っている。

 普通の令嬢であれば、胸元は開けすぎないスクエアネックかラウンドネックのAラインのドレスを着る。色味だってピンクやイエロー、若草色など淡い色を好むものが多かった。そこにレースやらフリルやらリボンやらをつけて個性を出しているようだが、アデライーデのインパクトには勝てない。

 何せアデライーデは、子供が好むような淡い色だけでなく、平気で黒や灰色、濃紺や臙脂、深緑などの色も使って服を仕立てるのだ。

 この服装だけで、礼儀作法のミラー女子は毎回、毎回注意を促しているという。

 だが、ドレスが他の令嬢たちと違うことで顰蹙ひんしゅくを買っても、礼儀作法にダンス、王子妃教育ですら彼女には問題にならなかった。彼女はそれほどに優秀だった。

 そのせいか、”完璧な婚約者候補” と、城内ではまことしやかに囁かれている。

 だが、”完璧”であるが故、そしてアデライーデが常に無表情でいるため、ジュリアーノは彼女が少し苦手だった。

 ジュリアーノも、アデライーデは綺麗な令嬢だと思う。

 ラベンダー色の艶やかな髪も、ストロベリーのような赤い瞳も、とても綺麗だ。

 けれどアデライーデは、ジュリアーノの前だと緊張しているのか笑顔など見せない。常に無表情だ。

 でもジュリアーノは知っている。週に何回かある登城日に少し早めに来て、騎士団の訓練所に差し入れをしていることを。屈託なく笑う彼女は、ジュリアーノの前で見せる人形のような表情ではなく、温かな人間味のある表情を浮かべるのだ、ということも。

 その事を知ったのは、団長の気遣いもあったのだろう。団長の従僕がジュリアーノにこっそりと教えてくれたのだ。”明日、少し早めに訓練場に来たら、おいしいものが食べられますよ” と。

 別に ”おいしいもの” に釣られたわけではない。”おいしいもの” ならジュリアーノの身近にたくさんある。

 ただ団長の従僕が、そんな風に誘ってくる事が珍しかったのだ。

 彼らは平民出身である者がほとんどで、身分制度には敏感だ。だから王子であるジュリアーノにはあまり近づいてこない。そんな彼らの一人が声をかけてきたのだ。興味が出ても仕方がないだろう。

 そんな興味本位で訪れた訓練場には笑顔が溢れていた。木陰に作られた休憩用のベンチの側で、飲み物を手にして何かを食べている騎士たちの姿が目に映る。そして、そのかたわらには婚約者候補アデライーデの姿があった。もちろん彼女の側には、侍女であろう女性も控えている。

 だが、騎士団の訓練場に彼女がいる事にジュリアーノが驚いたわけではなかった。

 彼女が屈託なく笑っていたのだ。ジュリアーノには全く見せることのない笑顔で。

「……!!」

 ショックだった。

 なぜショックを受けたのか自分でもよく分からなかったけれど、自分の前であんな笑顔かおを見せた事はない。そして思い知った。彼女もまた婚約者候補である事は不本意なのだと。

 その後、彼女がいなくなるまで身を隠していたジュリアーノは、改めて訓練場へと向かった。そこでアデライーデ様からの差し入れです、と従僕に渡されたのは、バターの香りがするクッキーとレモンの香りのするマフィン、レモネードという飲み物だった。

 クッキーはサクッとして口の中でホロホロと溶け、マフィンはしっとりとして食べ応えがあり、レモネードと言う飲み物は蜂蜜とレモンの味がして、とても美味しい。

 確かにこれは ”おいしいもの” だ。

 そう思ったジュリアーノは、なんとなく泣き出したい気持ちになった。けれど無様に泣き顔など晒せない。王子なのだ。感情はすべてコントロールしなくてはならない。そう教わった。

 たぶん彼女は自分の妃になる事は望んでいないだろう。でも、きっと自分は彼女を妃に選ぶ。

 でも、それは、きっとーーーーーー


ーーーーーーーーーーーー

 さて、ようやく精霊の儀です。そろそろ悪魔も出てくると……。

 2022.03.01 一部修正しました。
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