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19.Side; GiulianoーーPrinceー1
しおりを挟むジュリアーノ王子は、その端正な顔を曇らせ溜息をつく。
彼が9歳になった年に、母である王妃が王子と同年代(下は8歳から上は10歳まで)を集めてのお茶会を開いた。もちろん、それはジュリアーノの婚約者や側近を決めるためのもので、招待された令嬢や令息もその事は理解していた。
今日も今日とて、ジュリアーノに選ばれようとする彼らは、必要以上に着飾り媚びた表情を浮かべている事だろう。だが、それらを向けられている本人としては、ちっとも嬉しくも楽しくもない。
化粧を施され香水に塗れた令嬢たちなど、ドレスの色が違うだけで誰もが同じように見えた。令息たちは多少気張った格好はしているが、令嬢たちに比べれば一人ひとりの個が確認できる。しかし、こんな場所で能力なんて測りようがないとも思うのだ。
王妃は「ある程度は話をするだけでも分かりますよ」とは言うが、側近候補を決めようと思っても、こういった場所ではまず令嬢たちが押しかけてきて話にならない。
一応、王妃の推薦枠の令嬢たちは一つのテーブルに集められているようだ。
幼馴染でジュリアーノの護衛をかって出ているーー本人はそう思っているーールカス・ファビオは、人目のつかない場所から周囲を睥睨して大した事はないな、なんて呟いている。たぶん、側近候補になろうとしている子息たちを見て、強くなさそうだとでも思ったのだろう。
ジュリアーノとしては、自分だってそれほど強くはないだろうに、なぜこんなにも自信満々なのか常々不思議に思っているのだが。
もう一人の幼馴染である公爵家の嫡男であるディディエ・ドラクルは、ジュリアーノの側にはいなかった。この分だと会場である庭園のどこかに紛れて、ここに集められた子供たちを観察しているのだろう。
ディディエが側にいない事に、ジュリアーノは少しばかりほっとする。金髪にペールブルーの王家の色を持つ公爵家の嫡男は、ジュリアーノの従弟だ。しかし金髪と言っても白金に近い髪色をしているため、光の精霊の加護持ちになるのではないかと言われている。
王族である自分にはない髪色を持つ従弟。これでもし10歳の精霊の儀で、ジュリアーノが光の精霊の加護を得られなければ、そう考えるだけでも嫌な気分になった。
もちろん髪の色だけで次期国王を決める訳ではないと聞いている。上位の精霊の加護と魔力量が多ければ、光の精霊の加護でなくとも何も問題はないのだと。
だが、王妃に挨拶をしてそれぞれの席に案内されていく令嬢、令息たちを見ていると、上位貴族になればなるほど色付きが多かった。特にマルチェッロ家の令嬢は、綺麗なラベンダー色の髪に、ストロベリーのような艶々とした赤い瞳をしている。どう考えても10歳の精霊の儀で、時の精霊か火の精霊か、もしくは二つの加護を受けられそうな見た目だ。
そしてジュリアーノの婚約者候補の筆頭だという。可愛らしい少女だとは思うが、やはり色付きとはっきりわかるその姿に、心のどこかがちりちりとした。でも、同じ席に案内されていくビルシャンク公爵家の令嬢も、ルビード侯爵家の令嬢も、髪の色がミルクティーベージュであったり、瞳の色が金色であったりして、こちらも色付きだろうと思われる。
ジュリアーノも分かってはいるのだ。この国での国王の最大の務めは国を護ること。内政や外交をおざなりにするつもりはないが、有事の際に結界の魔道具を稼働させること、それが国王にとって一番重要で大切な役目だった。そのためだけに王家があるとも言えるくらいに。
だからこそ王族は光の精霊の加護を得られることを渇望するし、強い精霊の加護や魔力量の多いものを伴侶とする。そこに個人的な感情が加味されないのも当然だった。
ジュリアーノの脳裏に、柔らかなストロベリーブロンドと青い瞳の少女の面影が浮かび上がる。
昨年、教会で出会ったその少女は、両親を事故で亡くし教会の世話になっていると言っていた。
決して裕福な生活ではなさそうだというのに、コロコロと笑い、くるくると変わる表情は愛らしく、彼にしては珍しく心惹かれた。だからジュリアーノは言ったのだ。もし生活が苦しいようなら城で働けるように口をきいてもいい、と。
しかし彼女は笑って「ここで神と共に暮らしますので」、そう言って断ってきた。
ジュリアーノは単純に驚く。それはそうだ。いくら身分を隠しての訪問だとは言え、助祭や司祭たちの態度を見れば、この国の王子だと分からなくても、高位貴族かもしれないと予測はつくだろうに、それでも彼女は断ったのだ。
教会での暮らしは、孤児院に比べればマシだとは聞いているが、それでも清貧を貴ぶこの場所で豊かな暮らしは望めないはずだ。彼女はそれでもいいと思っているのだろう。
きっと貴族の令嬢が望む、贅沢なものには目もくれないのだ。なんて清廉なことか。
そんな事を考えていると王妃の侍女から合図がきた。どうやら招待客が全員着席し、王妃の挨拶も済んだようだ。
これからジュリアーノは、物陰から今来たように歩み出て、皆に挨拶をしなくてはならない。そのあとは、ただひたすら招待客のテーブルを回って、一言二言言葉を交わすのだ。それから婚約者候補たちのいる席に行って……。
これから熟さなくてならない事を思い浮かべながら王妃の隣に姿を見せると、カタンとやけに軽い音が響いた。
「アデライーデ?!」
そして次に聞こえてきたのは驚いた女性の声。それ程離れていない婚約者候補達のいる席で、マルチェッロ公爵家の令嬢が気を失って、椅子から崩れ落ちていた。
侍女たちが慌てふためいている。
「あれ、大丈夫か? 身体、弱いんじゃ王子妃なんて無理だろ」
「……ルカス、こんな場所でそういう事を口にするんじゃない」
いつの間にか背後にいたらしいルカスの言葉に、ジュリアーノは頭が痛くなった。ルカスは良くも悪くも表裏がない。しかも思った事をすぐ口にするから、教育係によく怒られるようになった。
本人はこのままジュリアーノの側近になれると思っているようだが、年齢を重ねて行けばどうなるかは分からない。ルカスがその事に気づいているのかどうか。
侍医を呼ぶ、部屋を用意するという声に、マルチェッロ公爵夫人は連れて帰るからマルチェッロ家の侍女と侍従を呼んでくれと話していた。
マルチェッロ家なら王宮内に部屋があるのだから、そこで休ませればいいものをと思わなくもないが、夫人の顔もどこか青褪めて緊張しているのが分かる。
夫人と王妃との関係は良好だったとジュリアーノは記憶していた。なのに夫人は王宮の部屋ではなく屋敷に戻ろうとしている。そんな事を考えていると、あっという間にマルチェッロ家の侍従と侍女が夫人の元に連れてこられ、さっと侍従が令嬢を抱き上げたかと思うと、そそくさと庭園を後にしていった。
その間に、夫人は王妃に早すぎる退出の挨拶を済ませていた。それを王妃も特に咎めない。ただ、「心配だから早く帰って医師に見せた方がいいわ」と言葉をかけただけだ。王妃のその言葉に夫人は少しだけ困ったような表情を浮かべたが、優雅な仕草でカーテシーをすると令嬢の後を追うように庭園から消えて行った。
そんな事があっても、王妃のお茶会は恙無く進められていく。それこそまるで何もなかったように。
ーーーーーーーーーー
もう一話王子再度が続きます。
2022.03.01 重大なミスがありました。最初は教会としていたものが途中から神殿になっておりました。これに伴い神殿は教会へ、神官は司祭や助祭、神官長は司教か大司教に修正いたします。
このひと月、毎日頭を捻って書いておりましたので、今日は誤字脱字のチェックでもしようと読み返していたら、この体たらくです。読まれた方はきっと混乱されたかと思います。申し訳ありませんでした。
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