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 あれから三か月がたった。

 取り合えずキュロットパンツは作ってもらえたアデライーデだ。

 母に最初のプレゼンテーションをした時は、さすがにアデライーデも緊張した。何せキュロットパンツの特徴を説明しなくてはならない。一応、この世界にも女性用の乗馬服というものがあるから、一見スカートに見えるパンツのような服なら受け入れられるとは思ったけれど。

 そして母はアデライーデの説明を聞いて、マルチェッロ家が贔屓にしているデザイナーを呼んでくれた。

 どうやらズボンのようでスカートにも見える、というのが母は気に入ったらしい。アデライーデの分を頼む際に、母や姉の分まで頼んでいた。

 こちらの世界の服装は基本、足まで覆うようなドレスが主流だ。10歳くらいまでならミモレ丈のドレスも有りだけれど、淑女は足を見せてはいけない。その上コルセットやパニエを着け、その上にシュミーズのようなものを着て、更にドレスやコートを重ねていく。しかもウエストをより細く見せるためのコルセットや、スカートがやたらと膨らんだ形も好まれた。

 普段着のドレスも貴婦人であれば、丈は足首のあたりまである。パニエはなくてもコルセットはつけるので、やはり活動的には動けないのだ。その点キュロットパンツであれば、どんなに動いても大丈夫。丈の長さだって好きな長さで作ればいい。足を見せちゃいけないというのならブーツを履けばいいだけだ。

 そして気づいたらキュロットパンツが、アデライーデの知らぬ間に商品化されていた。

 一応、母がアデライーデの名でデザイナーと契約書を交わしているようで、キュロットパンツの売り上げから、アイデア料として月に数パーセント分貰えるのだとか。そして、それはアデライーデの個人資産として管理されているらしい。

 市井でも手の取りやすい価格で販売しているようだし、やはり足の形がはっきりとわかるパンツスタイルは恥ずかしいという貴族のご令嬢もいるようで、乗馬服代わりに購入する層もいるとのことだった。もちろん貴族のご令嬢にはオーダーメイドで、それなりの金額で提供しているとのこと。

 そしてアデライーデの個人資産については、これだけではなかった。

 母の香油の件を覚えているだろうか。アデライーデがついうっかり口にして、母の勢いに負けてしまった、うろ覚えのような効能を口にしたやつだ。それだというのに、母とマルチェッロ家のお抱え錬金術師は様々なハーブをかき集め、薬草とハーブ(元々薬草園や温室があったようだ)を組み合わせて、お肌にいい化粧水を作りだしていたらしい。

 あの後、錬金術師のイルマに引き合わされ、何度もハーブの効能について話をきかれたのは、このせいか、と思ったものだ。そして、母の美容に関しての熱意は並々ならぬものだと知った出来事だった。

 ついでに言うと錬金術で香油を生成しているときいたアデライーデは、つい蒸留できるならお酒もつくれますね、なんて言ってしまった。これにもイルマは食いついた。

 エールならウイスキー、ワインならブランデー。

 今はまだ子供のため、果実水や水でかなり薄めたワインくらいしか飲めないアデライーデだが、アラサーだった彼女は酒好きだった。けれど月に何回もライブと打ち上げがあれば、それだけで金は飛んでいく。地方公演なんかあれば遠征費も必要で、高級な酒など夢のまた夢。

 もしかしたらこの世界なら高級なお酒が飲めるかも。そう思い、つい口にしてしまったのだ。

 一応、この世界でも蒸留酒はあるらしい。だからアデライーデの個人資産はあまり増えなかった。ただ、瓶詰にしたものを王侯貴族が購入しているらしいので、煮沸したオーク樽の内側を焼焦がし、そこに蒸留したものをいれて熟成させればいいと教えた。

 なぜなら、こちらの蒸留酒は無色透明と聞いたからだ。確かあの綺麗な琥珀色と深い味わいは、樽熟成で得られるものだったはず、とアデライーデは思う。

 更にサトウキビの搾りかすとかで作ったお酒はないかと確認したのは、出来心というやつだ。どうせならラム酒も飲みたい。あのもったりとした甘さをもう一度味わいたいと、アデライーデは思ってしまった。

 おかげで今度は父が出てきた。母もそれなりに飲むようだが、蒸留酒はアルコール度数が高い。それ故に男たちの飲み物とされているらしい。なぜ父が出て来たかといえば、さすが公爵家の当主とでもいえばいいのか、父が蒸留酒を持っているからだった。そして酒を扱うためには領主の許可がいる。

 最初は懐疑的だった父も、自領でワインの蒸留酒が作れるかもしれないと聞いて目の色を変えた。

 何せ蒸留酒はこの国では作られてはおらず輸入物らしいのだ。そのせいもあって1本の値段が高い。

 決して買えないような値段ではないけれど、自分で飲むためだけに購入するよりは、政治的駆け引きのために使うものだと、父がしたり顔でそう言っていた。

 それが自領(マルチェッロ家の領地ではワインが特産品の一つだ)で可能となれば、まあ、分からなくもない。

 ただ、どうしても熟成期間が必要なことと、詳しいことは知らないから試行錯誤が必要になるのは否めなかった。しかも失敗する可能性もある。

 父にその事を懸命に説明すれば、リスクは承知でやってみたいと言われ、それに新たな産業が起こせれば、それは領民のためにもなる、とまで言われれば仕方がなかった。でも、アイデアを出したからと月のお小遣いが増額された。それはとても嬉しいと、アデライーデは思った。


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 2022.03.01 一部修正しました。
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