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 翌日からアデライーデは、身体を動かそうとしたがもう暫くは安静にと母に止められてしまった。おかげで退屈で仕方がない。

 かと言ってターニャに刺繍を勧められたが、アデライーデはあまり気乗りがしなかった。別に刺繍が苦手、という訳ではない。どちらかと言えば年の割には得意な方だ。でも、どちらかと言うと編み物がしたいな、と思う。

 あれだけドレスにレースを使っているのだから、レース編みはあるはずだが、アデライーデにはかぎ針を使うのは職人とされていて、アデライーデ自身がレースを編むという事はなかったようだ。という事は、道具や糸も用意されていないだろう。

 今後のためにも頼んでおこうか、なんてアデライーデが思っていると、ターニャが「何か本でも読まれますか?」と聞いてくる。

 マルチェッロ家にある蔵書室には多くの書物が収められていて、アデライーデは言葉を理解するようになると自然と蔵書室に籠って本を読み耽っていたようだ。

 もちろんアデライーデ付きのメイドであるターニャはその事を良く知っている。だからこその言葉だろう。

 だから蔵書室から何冊か本を持ってきてもらった。

 最新の貴族年鑑と自領の産物について纏められた冊子とこの国の歴史の本というラインナップに、アデライーデはどういうラインナップだよ、と思わず突っ込みそうになる。

 ターニャ曰く、最近アデライーデが読んでいた本だというが、貴族年鑑はお茶会に必要だったからだろうし、あとは勉強のために読んでいたんじゃないかと思われた。

 せめて恋愛小説くらい、と思わなくもなかったが、よく考えれば、この世界ではまだ活版印刷の技術も発展しておらず、本は手書きが当たり前だった。製本も手作業なら装丁も凝ったものばかり。となれば高価なものになる。そう考えると娯楽本の類があるはずがなかった。せいぜいあるとすれば、貴族の趣味で作られる、紀行本や自叙伝くらいのものだろう。

 しかしターニャがわざわざ持ってきてくれたものだ。一番薄い自領の産物について書かれたものに目を通してみる。

 ふむ、読める。

 なんとなく大丈夫だろうとは思っていたけれど、文字の読み書きが出来なくなっていたら不味いと思っていたアデライーデは、本に目を通しながら安心した。

 ここでもし文字が読めなかったりでもしたら、今からまた勉強する羽目になる。それだけは嫌だったのだ。

 何せ前世ではあまり勉強は好きじゃなかった。もちろん生活に必要なものなら努力はしたし、ヴィジュアルバンドに傾倒してからは、彼らが使う言葉の意味を知るために辞書を片手に頑張った。美容系の専門学校では初めての事ばかりで、それでも必死で食らいついた。

 就職してからも、知人の店だからと甘えは許されなかったし、オーナー兼店長の趣味で手作り化粧品の類の知識も蓄えた。もちろん店で販売するものは、横文字の会社のお高いブランド品がメインだったが、度重なる脱色や染色を繰り返す自分たちの髪をケアするには、自分たちの髪に合うものを作った方が安い分、気兼ねなく使える。

 まあ、それでも自分の過去の話はいい、と彼女は思った。

 多少、普通の人生とは違っていたかもしれないけれど、それでもアデライーデの6回分の人生のきつさにはほど遠い。

 確かに彼女も恋愛運はあまりいい方ではなかった。付き合ったバンドマンが二股、三股当たり前の男だったりとか、彼氏(別の男だ)がファンと刃傷沙汰を起こしたとか、金を貢いだのに捨てられたとかーーまあ、それなりに色々あった。だが、自分の婚約者が学園で浮気をし、尚且つ冤罪で婚約破棄されたり、結婚したとしても冤罪で処刑されるとか、そんな重すぎて気が狂いそうな経験はさすがにない。

 特にあの、イカレたオレンジ頭の騎士団長子息には今世では会いたくない、と思えるほどにはトラウマだ。

 何せ、学園にいた頃から難癖をつけてくるわ、話し合いを試みようにも一方的に決めつけられまともな会話一つできず、更には薄っぺらな正義感を盾にして何度も何度もアデライーデを糾弾し、最後には嬉々としてその剣を振るった男だ。自虐趣味でもなければ、あんな男に何度も会いたいとは思わない。

 そして、もちろん婚約者だった王子殿下にも会いたくはなかった。

 だが、12日前の王妃様のお茶会で、この二人に出会ってしまった

 らしい、というのはアデライーデにその時の記憶がなかったのだ。母が言うには、王子殿下を見た瞬間顔を青褪めさせ、騎士団長の息子を見た途端に怯えて気を失ったようなのだが。

 まあ、青褪めて怯え、気を失ったーーついでに言えば10日間も目覚めなかったくらいだーーここ数日、アデライーデの記憶は更に同化していても、その一瞬の出来事は思い出せなかった。

 その前に新しく作ってもらったドレスや靴、髪留めが嬉しかった事なんかは鮮明に思い出せるというのに、不思議だなと、アデライーデは思う。
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