上 下
10 / 52

10.Side;BertinaーAdlaide’s Mother

しおりを挟む


 娘が倒れた。

 しかも王宮で催された王妃様のお茶会の席で。

 アデライーデは確かに緊張していたようだったけれど、会場につくまではいつも通りだったのに。

 絹のように細く艶のあるラベンダー色の髪をハーフアップにして、ベビーブルーのミモレ丈のドレス、その袖口とレースで出来た丸襟には、インディゴブルーの細いリボンを縫い付けてもらった。

 そのリボンとお揃いの新しいインディゴブルーのちょっとだけ踵のある靴にはストラップがついていて、留め具の部分には留め具を隠すために小ぶりの花を白いレースで作って散りばめた。

 このレースで作った小花で髪留めも作ってもらったの。

 だって、せっかくの王宮デビューですもの。わたくしの可愛い娘を着飾らせるのは親心というものよ。

 もちろん娘だって喜んでくれたわ。

「お母さま、可愛いお洋服ね。この髪留めも素敵。わたくし、とても気に入ったわ」なんて、可愛い笑顔を見せて。屋敷ではとてもはしゃいでくれていたのに。


 
 たぶん原因は王子殿下と側近候補の騎士団長のご子息。

 だって王妃様にご挨拶した時は何ともなかったもの。それが王子がいらっしゃった途端に、娘の顔からすうっと血の気が引いていった。

 このお茶会は子供たちが主役だからと、いつもならご婦人方と話に興じるところを娘の側にいたのが功を奏したわ。

 いきなり顔色が変わった娘に、気分が悪くなったの? と顔を寄せれば、「……いや、殺される……」ととても小さな声で呟き、気を失って椅子から滑り落ちた。

 慌てて娘の身体を抱き寄せて、それまで娘が見ていた先に視線を向ければ、驚いた表情を浮かべた殿下と騎士団長のご子息がいる。

 その事を確認しつつも駆けつけてきた王宮のメイドに、「王宮医師を手配します、お部屋にどうぞ」と言われたのを辞した。その代わり待機部屋にいるだろう侍女と侍従を呼んでもらって馬車の準備を急がせたの。

 王妃様に思うところはないけれど、娘が恐れた人物の側には置いておきたくはなかったから。

 その間にわたくしは王妃様と王子殿下へ詫びを含めた挨拶を済ませ、庭園を後にしながらも子供たちの会話を風の魔法で盗み聞きしてみたわ。本当なら王宮で魔法を使うのはご法度なのだけれど、近くの場所の声を拾うくらいなら、まあ、お目こぼしされると知っていたから。

 けれど子供たちーー特に王子殿下と騎士団長のご子息ーーは、娘が倒れた事に驚きはしたものの、大丈夫かと心配そうにしているだけで、娘の不穏な言葉に沿うような言動はみられなかった。

 それはそうだろう。

 王子殿下も騎士団長のご子息もまだ9歳の子供ですもの。娘が恐れるような事などあるはずがない。だというのに、何故娘はあのように青褪め、怯え、不穏な言葉を呟いたのか。それを考えると心が騒めいた。

 何が娘の身に起こっているのだろう。

 屋敷についても娘は目覚めない。不安だけがわたくしの心に重くのしかかった。




 そして何日経っても娘は目覚めない。

 医師の見立てでは、特に病気の様相もない、緊張のあまり倒れたのではないかとまで言われてしまった。

 確かに緊張はしていたのは間違いない。それは確かな事だった。娘にとっては初めての王宮で、王妃様主催のお茶会でしたもの。

 それこそ招待されていた人数も多く、わたくし達が案内された席は同格のビルシャンク公爵家のご令嬢とルビード侯爵家のご令嬢がいらっしゃったけれど、普段から付き合いのある家のご令嬢はいなかった。

 それどころかビルシャンク公爵夫人とそのご令嬢も、ルビード侯爵夫人とそのご令嬢もわたくしたちをきつい瞳で睨みつけていたわね。ある意味あからさまな、王子殿下の婚約者候補が集められた席だったわ。

 わたくしとしては、その事はとても不快だった。なぜならマルチェッロ家には王家と繋がりを持ちたいなどという野望はないの。遡れば何代も前の王族が臣籍降下して興った家系で、先代の奥方様も王女様が降嫁しているから、娘を王子殿下に嫁する必要なんてないのだもの。

 それに一度は断った話なのよ。どうせなら王子妃ーーひいては王妃の地位ーーを切望しているビルシャンク公爵家やルビード侯爵家のご令嬢のどちらかにすればいいのに。どちらも王子妃に執着しているようだから、喜んでくれると思うわ。

 だというのにマルチェッロ家が候補に挙がっているのは、アデライーデが既に色付きだからでしょうね。

 この国では子供たちは10歳の精霊の儀で、ようやく精霊の加護がはっきりとするのが普通。それまでは金髪や薄茶の髪で生れてくるのがほとんどで、瞳の色は親の色を引き継いでいる。とは言え、親の方も精霊の加護を受け、髪色や瞳の色が変わってしまうから、あまり意味はないのだけれど。

 それよりも娘のアデライーデのように、既に色付きーー髪色はラベンダー色で瞳はローズレッドーーの子供は、各家に目を付けられやすい。それが問題なのよね。

 特に今の王家は、陛下がプラチナブロンド(光の精霊の加護)の髪を持ち、王妃様は瞳の色が薄めの青(水の精霊の加護)。二人の子である王子は金髪碧眼で、瞳の色から水の精霊の加護持ちであろうと言われているわ。

 このまま精霊の儀で髪色が変わってくれれば問題はないの。でももし髪の色が変わらなかったら? 光の精霊の加護ではない髪色に変化してしまったら? 

 そうなった場合、少々面倒な事になるのは明らかだった。なぜかと言えば、この国には精霊の加護持ちでなければ扱えない結界の魔道具があり、それを扱うには光の精霊の加護か(元々結界は光の精霊の分野だからだろう)膨大な魔力を有している必要があるとされている。

 ここ100年ほど、この魔道具が使われるような有事はなかったけれど、国王の代替わりの際には、儀式の一環としてその魔道具を起動させる。実際、現陛下の戴冠式の時も、その魔道具は起動されたのよね。

 あの時の光景は、今でも忘れることはできないわ。

 王都全体を覆うドーム型の結界は、光の反射なのか七色に煌めき、三日三晩王都を包み込み、なんとも美しく荘厳だった。

 あまりにも綺麗だったので、戴冠式の翌日も夫のアルフレードに我儘を言って、王宮に設えてある我が家の部屋のバルコニーで、結界を二人でただ眺めるだけのデートを強請ったーーとてもロマンチックだったわ。

 まあ、だから、という訳でもないのだけれど、もし万が一王子殿下が光の精霊の加護を受けられなかった場合には、魔力量の多い王子妃が必要になるの。

 わたくしはあのお茶会の席にいたビルシャンク家のご令嬢を思い出す。

 緩くウェーブのついたミルクティーベージュの髪に、深緑の瞳。瞳の色からすると色付きと考えてもいいと思う。しかし髪の色は分からない。

 この国で一番多い薄茶とはまた違うミルクティーベージュという色は、もしかしたら光の精霊の加護を受けている可能性がある。けれど、貴族には張らなくてもいい見栄を張るものもいるから精霊の儀が終わるまでは外見から判断するのは危険。

 そんな事は十分承知しているのだけれど、不愉快なのはわたくしの娘もそうじゃないかと思われている事よ。

 わたくしの子供たちは、生まれた時から色付きだったのよ。もちろん嫡男のエドアルドも長女のビアンカも次女のアデライーデもよ。

 エドアルドは火の精霊の加護を受けて、今は鮮やかなスカーレットの髪に琥珀の瞳、ビアンカはわたくしと同じ風の精霊の加護を受けているのだけれど、下位の精霊だったからか元の髪色も少し影響していて、艶のあるイエローグリーンに琥珀の瞳。

 マルチェッロ家は、本来であれば金髪に琥珀の瞳が多い一族だから、二人の子供の色はわたくしにとっても嬉しいものだったわ。だって旦那様の一族の色ですからね。

 けれどアデライーデは違う。髪の色も瞳の色も、薄い色味であっても、一族とは全く別の色。それはとても素晴らしい事ではあるけれど、でも、母親としては不安に思ってしまうの。

 だって娘なんですもの。この家を継ぐ訳でもなく、分家を起こす必要もない。もちろん公爵家の娘であれば政略結婚させなくちゃいけないかもしれないけれど、ビアンカもアデライーデも好いた殿方と一緒になれればいいと思っているわ。

 だから、王家から婚約の打診があったと聞いた時、思わず唇を噛み締めてしまった。

 もし精霊の儀で上位精霊の加護を受けてしまったら。

 もし精霊の儀で髪色と瞳の色、両方の精霊から加護を受けてしまったら。

 その時点で王子殿下の婚約者に決まってしまうかもしれない。

 だからわたくし達は精霊の儀の前だからと抵抗したの。王家も他家からの売り込みもあったみたいね。おかげで婚約者という形に落ち着いたのだけれど。

 でも、あの日の娘の様子を見れば王家に嫁がせてはいけないと、なぜかそう思ってしまったの。

 だからアデライーデ、早く目覚めて。

 そしてお母様に、なぜあんな事を呟いたのか教えてちょうだい。お願いよ、アデライーデ、早く目覚めて。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...