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11.レオノーラ・エイムズ伯爵令嬢は少しばかり天然のようだ

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「あら、このフランボワーズのムース甘酸っぱくてとても美味しいですわ」

 居た堪れなくなっている俺を余所に、レオノーラ嬢は取り分けられた菓子をデザートフォークで小さく削りながら食べだした。ただでさえ午後のお茶会用の小さなムースケーキを、ちまちまと食べる姿はなんだかとても可愛らしい。うん、可愛らしいのだが、彼女はもしくしなくても、天然なんだろうか。

 右手側を見れば顔を真っ赤にした隣国の王太子とその婚約者。左側を見れば幸せそうにムースを食べるレオノーラ嬢。なんだこの空間。

 俺は思わず、冷めてしまっている紅茶に黙って手を伸ばした。

 しばらくは微妙な空気が場を支配していたが、新しいデザートが提供されると女性陣が目を輝かせる。

 こういう切り替えは女性の方が早いよなぁ、とデザートに舌包みを打ち、旧来の友人のようにうちとけたアリソン嬢とレオノーラ嬢の2人を見ていると、そんな感想しか出てこなかった。何せ、アリソン嬢の隣りに座っているエルネストは、まだ若干顔色が悪い。

 普段は王族然としたアルカイックスマイルを浮かべ、慌てふためくことなどない癖に、ことアリソン嬢に関しては惚れた弱みとでも言うべきか、とことんグダグダになる。それがエルネスト・カレスティアという男だった。

 とは言え、そこまでのめり込めるほどの相手がいるだけでも凄いと思うのだが、まあ、自国に婚約者がいるのに隣国の令嬢に婚約を申し込む気持ちは、はっきり言えばよく分からない。

 自分にそう言う相手がいないからかとも思ったが、常識的に考えてもあり得ない事だと思い直した。

 それでも、留学のために早めにやってきたエルネストから聞かされた、自国の婚約者の話を聞く限り、エルネストの気持ちも分からなくはない。

 どうにも強烈なご令嬢らしいからなぁ。

 婚約者候補として名前が挙がってからはもちろん、エルネストに寄ってくる令嬢を窘め脅し、時には物理で排除すると聞いた時には、武闘派のご令嬢なのか? と首を傾げたものだった。

 そして1年ほど前に婚約はしたものの、エルネストが乗り気でない事に業を煮やしたのだろう。

 最近では城内を勝手にうろつき、王太子の私室に忍び込もうとしたり(うん、目的は明白だな)、挙句は王太子の飲み物に媚薬を盛ったらしい。

 しかも、媚薬を盛ったのは婚約者のメイドで、そのメイドが勝手にやった事だと言い張ったらしい。

 どこのメイドが主の指示なしに、そんなものを王太子に飲ませようとするのだろうか。ちょっと言い訳にしてはお粗末過ぎないか、と思ったが、件のメイドは既に処断されていたのだと。

 そこまで話を聞いた時、慰める言葉も出てこなかった。

 だってそうだろう。確かに王族に媚薬だろうが何だろうが薬を盛れば、それは王族に対する叛意を示しているようなもので、見つかれば即刻処刑になる案件だ。

 その事を頭では理解していても、心はどうしても追い付かない。

 俺と同じ年のはずなのに、どこか疲れたような表情を浮かべるエルネストに、ああ、耐えきれなくて逃げてきたんだなと、俺は思った。

 けれどエルネストが逃げてきた事を、俺は笑う気にはなれない。

 もう少し年を経れば、そういった事も平気になるのだろうかと思いながらも、俺は嫌だとそう思うからだ。


「まあ、ご兄妹がいらっしゃるんですのね」

 自分の思考に沈んでいた俺は、不意に聞こえたアリソン嬢の声にふと意識をアリソン嬢やレオノーラ嬢へと戻す。

「兄の事は知っていらっしゃるか分かりませんが、兄の婚約者はアポロニア様ですのよ、アリソン様でしたらお知り合いでしょう?」

 レオノーラ嬢は、食べていたクッキーを咀嚼してから紅茶を一口飲んだ後にそう言った。

 ほう、エイムズ伯爵子息の婚約者はバーチュ侯爵家のアポロニア嬢か。確か自分たちより年上の女性だったはずだ。

「兄とアポロニア様は、この学園で出会われて、卒業と同時に婚約に至ったんですわ」
「学園で出会われて婚約だなんて、政略ではありませんのね」
「そうですわね。エイムズ伯爵領は、バーチュ侯爵家にとっては何の旨味もございませんし」

 そうか、レオノーラ嬢はエイムズ伯爵のご令嬢だった。

 入学式の後、教室の前でそう名乗られた事を俺は思い出す。あの時は、ただエイムズ伯爵のご令嬢か、と思っただけだったが、考えてみれば俺が賜る予定のベルグヴァインの領地は、エイムズ伯爵領の近くではなかったか。

 そうなると確かに旨味は少ない土地だ。バーチュ侯爵家は既にアポロニア嬢より8つ上の嫡男がいて、結婚もしていて子供もいる。それでも娘がいるのであれば、侯爵家に何らかの利益をもたらす家に嫁がせるものなんだろうが、娘には自由恋愛を許したのか。

 ふと、あの厳つい顔をしたバーチュ侯爵を思い出した。

 へー、あの侯爵がねぇ。
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