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私は公爵令嬢のサリア・ハーマン 9歳です

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 私は、とある公爵家に生まれました。

 名前はサリア。

 白くも見えるプラチナブロンドの髪とターコイズブルーの瞳を持っています。

 お父様はイーサン・ハーマン公爵、お母様はアリリア・ハーマン公爵夫人。

 年齢は、今年で9歳になりました。

 お父様はお母様を愛していらっしゃいます。それはもうラブラブです。

 お母様は元は伯爵家の御令嬢でした。しかも、どちらかと言えば貧乏な。

 だから、お母様は刺繍やお裁縫が得意ですし、お料理も上手です。お菓子作りも公爵家の料理長のお墨付きです。

 更に付け加えるのなら、お掃除やお洗濯も得意のようで、でも、メイドの仕事を取るわけにもいかないからと、公爵家では大人しくしています。

 たぶん前公爵夫人であるお父様のお母様ーー私のお婆様になりますねーーは、そんな公爵夫人らしくないところが気に入らないのでしょう。子供の私から見ても、あまり好かれてはいないようでした。

 でも、それにも理由はあるのです。

 お父様には幼少時からの婚約者がおり、お母様と結ばれるために学生時代に婚約破棄をしてしまったのだそうです。

 お婆様的には、とても気に入っていた方だったらしく、お父様のお嫁さんとして迎えるのをとても楽しみにしていらっしゃったようなのです。確かにそんな方との婚約を破棄してお母様と婚約、婚姻をしたのであれば、お婆様としては面白くないでしょう。

 なんで9歳の子供がこんな事を知っているのかって?

 どこの世界にもお喋りスズメはいるのです。

 ぴーちくぱーちく聞いてもいない事を囀るお節介な人達が。

 お父様にはご兄弟がいらっしゃいます。

 次男にあたるクラークス叔父様と、長女にあたるリンデ叔母様。

 そしてクラークス叔父様の奥様でいらっしゃるエリザ様とリンデ叔母様が、噂話や醜聞がそれはもう大変お好きなのです。しょっちゅう我が家にやってきては、二人でお茶をしています。時にはお友達まで引き連れていらっしゃるので、お家を間違えているのでは? と思わなくもないのですが。

 お爺様曰く、娘気分が抜けていないのだろうとおっしゃいます。

 確かに叔母様はハーマン公爵令嬢ではありました。でも今はご成婚されてガルド侯爵夫人なのです。お茶会をするのであれば、侯爵家ですればいいのにと、ついつい思ってしまいます。

 話が逸れました。そう、お父様とお母様は恋愛結婚ではありますが、所謂、略奪愛でもあるわけです。


 でも、それもまた理由がありました。

 お父様のお相手の侯爵令嬢は、当時、お父様という婚約者がありながら隠れて他の方とお付き合いをしていたそうなのです。しかもお相手が三人もいらっしゃったとか。

 私は子供なので、たくさんのお友達がいるのは良いことだと思いますが、でもお付き合いする人がたくさんいるのはいけない事ぐらいは分かります。

 だって婚約者は将来婚姻する方です。

 私たちのいる国は一夫一婦制を謳っています。外国にはハーレムや後宮があるところもあるようですが、私たちの国は違います。だとしたら婚約者がいるのに、他の方とお付き合いするなんて浮気でしかありません。浮気はいけませんと、王妃様もマナーの先生もそうおっしゃっていました。

「サリア、サリア」

 私は今、王宮の庭園にいます。

 私は第二王子のルディアス殿下の婚約者なので、週に二日ほどお城で王子妃になるためのお勉強をしています。お勉強は午前中に2時間、お昼を挟んでまた2時間、最後にルディアス殿下とお茶会をして、二人の絆を確かめるのです。

「なんでしょうかルディ様?」

 その二人だけのお茶会ーーとは言っても、護衛騎士やメイドたちが周囲にいるので厳密には二人きりではありませんーーをしようと、ルディアス殿下のお部屋の前で待ち合わせをして、薔薇の花が見頃な庭園に、連れてきて貰ったというのに、なぜだかそこには先客がいました。

 しかも第一王子のアルディス殿下とその婚約者であるミーメア侯爵令嬢と、第一王女のディリア殿下と見知らぬ女性という良く分からない組み合わせです。

 そのうえ、その見知らぬ女性とアルディス殿下が親しそうに寄り添いあい、ミーメアお姉様は淑女らしくなく座り込んで静かに涙を流しています。ディリアお姉様は怒り心頭のようで、アルディス殿下と見知らぬ女性を睨みつけている状態でした。修羅場、でしょうか。

「サリア、心の声、駄々漏れだよ」
「あら、まあ、それははしたないところを」

 ルディアス殿下のご指摘に、私はいそいそとドレスのポケットにしまっておいた淑女の武器ーー扇子ーーを取り出します。そしてそれをぱっと広げて口元を隠せば、おほほ、完璧でございましょう。

「姉上に兄上も、このような場所で何をしていらっしゃるんでしょうか。ミーメア嬢など芝生に座り込んでいるではないですか。いくらここが王族用の庭園とは言え、人の目はあるのですよ」

 ルディアス殿下は今年で12歳になります。アルディス殿下とは三つほど年が違いますが、勉強が苦手で女癖の悪いアルディス殿下とは全然違います。素晴らしいです、カッコいいです。

「ありがとう、サリア。でも、漏れてるからね?」

 コテンと首を傾げる様は、カッコいいのに可愛いとは。さらさらとした艶のある金髪も、お空の色をした蒼い瞳も、とても素敵です。

「キルシュ、取り合えずみんなの分のお茶も用意してくれるかい」

 たぶん修羅場であるのは間違いがなく、しかしどういった状況かいまいち判断のつかないこの状況。ルディアス殿下は、近くにいたメイドに声を掛けると、まずは座り込んでいるミーメアお姉様に手を差し伸べました。

「いつまでもそんなところにしゃがみ込んでいると冷えますよ」
「……申し訳ありません、お二人の邪魔をする、つもりは」

 ミーメアお姉様はハンカチで涙を拭うと申し訳なさそうな表情を浮かべ、ルディアス殿下の手を取りました。私たちのために用意されていたテーブルにはいつの間にか人数分の椅子が運ばれてきておりました。さすが王宮メイドです。主の意向を先読みして、すでに準備万端、お見事でございます。

「兄上も姉上も、そちらの方もお席へどうぞ。まずは紅茶でも飲んでから話し合いをしてはどうですか」
「あ、ああ」
「はー、もう、しょうがないわねぇ……」

 ルディアス殿下はもちろん私もお席に連れて行ってくれました。こういった場合、子供は席を外しなさいと良く言われるのです。でも、私とルディアス殿下との時間を邪魔しているのは彼らの方で、既に当事者になってしまっている私としては、お話合いをするのであれば、きちんと参加したいのです。

 二人きりのお茶会が総勢6人でのお茶会になりました。

 テーブルの真ん中にはアフタヌーンのセットが置かれます。一口サイズのサンドウィッチに、マフィンやスコーン、手軽に摘まめるクッキーにフィナンシェ。午後の授業はダンスだったので、私も少々お腹が空いております。早速、スコーンを手に取り、クロテッドクリームをたっぷりつけて、かぷりと一口。もちろん勝手に食べだしたわけではありませんよ? 皆さんの前に紅茶が用意されて、ルディアス殿下から「お腹が空いているだろ? 食べてもいいよ」と言われたから食べだしたのです。

「それで、これは一体どういう状況?」
「アディがミーメアを蔑ろにして、この売女と親密になってるから注意してたのよ。しかもこんな所にまで連れ込んで、もしこの売女が敵国のスパイとかだったらどうするわけ?」
「なっ、酷いですわ、あたくしスパイなんかじゃありません、れっきとしたこの国の貴族です」
「そうだぞ、彼女はユリエラ、ユリエラ・リンドバルド伯爵令嬢だ!」

 アルディス殿下の言葉に、私は納得いたしました。

「最近、話題のリンドバルド伯爵の庶子の方ですね? お話は色々と初等部の方でも聞いております」

 綿菓子みたいなふわふわとしたミルクティ色の髪と、確か菫の砂糖漬けのような瞳の、でしたかしら。

 元々リンドバルド伯爵がメイドに手を付けて生まれた子で、一年くらい前まで平民として市井で暮らしていたみたいです。まあ、ある意味よくある話ではあります。ユリエラ様のお母様が病気で亡くなってしまったので、養子として迎え入れた、という事なのでしょう。

 ええ、学院にも居るのですよ、噂好きのお喋りスズメたちが。おかげちょっとした情報なら、真偽は兎も角色々と集まりますの。

 ちなみに綿菓子みたいな、とか、菫の砂糖漬けのような、とかはアルディス殿下の言らしいのです。綿菓子みたいなという表現はまだマシですが、菫の砂糖漬けのような瞳ってどんな瞳でしょう。じーっと件のリンドバルド伯爵令嬢を見てみますと、うーん、確かにくすんだ感じの菫色、かしら。

「しかも、婚約者とのお茶会をすっぽかして、こんな売女となんで一緒に庭園にいるのよ!」
「さっきから売女、売女と! ユリエラは可愛いし優しい女性だ、ツンツンして澄ましているミーメアとは全く違う!」

 アルディス殿下とディリア殿下はお茶も飲まずに舌戦を繰り広げています。ちなみにルディアス殿下は静かに紅茶を楽しんでおりますし、ミーメアお姉様は、ようやく落ち着いてきたようですが、両殿下が舌戦を繰り広げているせいで、オロオロとしています。

 そして私はというと、先ほどからずっとリンドバルド伯爵令嬢をガン見しています。

 こういう風に自分が原因で周囲が巻き込まれている場合、普通、ミーメアお姉様のようにオロオロするか、止めるタイミングを見計らっていたりとかしますよね? しかし彼女は両殿下の舌戦も気にせず、紅茶を啜っておりました。しかも自分の食べたいものはメイドに言って取り分けて貰うのですが(もちろん先ほどのスコーンとクロテッドクリームもメイドに取り分けていただきました)、ひょいぱく、ひょいぱくと取り分けて貰うこともせずに、皿から直接食べているのです。

 これは、まずはどこから指摘すればいいのでしょう?

 紅茶の飲み方もなっておりませんし、サンドウィッチやクッキーを皿から直接食べるというのもマナー的にありえません。しかも食べる姿勢も背が丸まっていて、とても淑女の姿には見えないのです。いくら見た目が可愛らしくとも、これではダメです。ダメダメです。

「言いたいことは全部いいましたか? お二人とも」

 ふと静かになった隙間を縫うように、ルディアス殿下が両殿下それぞれに視線を送ります。

「それで、兄上は今後どうされたいのです?」
「そ、それは……」
「ミーメア嬢もどうしたいのか考えていますか?」
「……ええ、できればこの婚約はなかったことにさせていただければと……」

 おおー、ミーメアお姉様がはっきりとおっしゃいました。少し泣き虫で、気の弱いところもありますが、ミーメアお姉様は芯はしっかりしたお姉様なのです。王子妃教育だって既にほとんど終了しているくらい出来る方なのです。

 逆にアルディス殿下は、ミーメアお姉様の言葉にポカンとしています。何を驚いているのでしょうか。

 高等部ではリンドバルド伯爵令嬢とところ構わずイチャ付いているらしいじゃないですか。しかもミーメアお姉様がリンドバルド伯爵令嬢を虐めている、なんて噂まで出回っている始末。それもこれもこのボンクラ王子が悪いのです。このボンクラ王子が。

「このボンクラ王子が」
「サリア~」

 あら、おほほ。また心の声が漏れてしまいました。でも本当の事ですもの、よろしいですわよね?

「アルディス殿下、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

 私がそう問いかけると眉間にしわを寄せたアルディス殿下がコクリ頷きます。たぶん先ほどの「ボンクラ王子」と私に言われたのが気に入らないのでしょうか。それともミーメアお姉様の「婚約をなかったことに」という言葉のせいでしょうか。でも私は気にしないので、そのまま続けます。

「ミーメアお姉様と婚約解消して、そちらのリンドバルド伯爵令嬢とお付き合いをされるという事でよろしいんですの?」
「……」

 どうやらアルディス殿下もミーメアお姉様との婚約が王命であることは覚えていらっしゃるようですわね。いつまでたっても婚約者を決めなかったアルディス殿下に、痺れをきらした王様がミーメアお姉様のお父様ーーバイラル侯爵に頭を下げてお願いした婚約ですもの。

 無言になってしまったアルディス殿下に、隣に座っているリンドバルド伯爵令嬢が縋るような視線を向けます。

 なるほど、シュステ男爵夫人(未亡人)の手管ですわね。あの方も儚げな美人ではありますが、あの方は愛人契約をされている殿方にしか縋ったりはしません。ちゃんと自分の立場が分かっているのです。

「サリア、サリア、愛人契約とかどこから仕入れてくるの、その知識」

 あら? また漏れてしまいました? 困ったような表情を浮かべたルディアス殿下に、私はてへっと笑って見せます。

「王妃様に、侍女長、メイド頭、その他メイドさんたちに、王宮の騎士さんとか、兵士さんとか? あと出入りの商人さんとかも色々なお話してくれますのよ」
「ああ、母様まで入ってるのか~、あんまり余計な知識は入れてほしくないんだけどな~」

 あら、あら、まあ、まあ、今の言葉は聞き捨てなりません。

「もしかしてルディアス殿下も、女性には余計な知識は必要ないとおっしゃるんですの?」
「いやいや、そういう意味じゃないよ? サリアはまだ9歳でしょう? 大人のそういった事はまだ早いというか、ね?」

 ね? と小首を傾げるルディアス殿下に、私も小首を傾げます。大人のそういった事と言われましても、どれがそうなのでしょうね?

「王妃様も教育係の先生も、閨のお勉強はまだ早いっておっしゃいますけど、その事ですか?」
「ブッ」

 あら? アルディス殿下が紅茶を噴き出しております。汚いですわ。でも、よくよくみればディリア殿下もミーメアお姉様も、リンドバルド伯爵令嬢でさえも顔を赤くされています。あら? これは何か失言してしまったのでしょうか。

「だからサリア~、そういう事は言わないの! みんな困っているでしょう」
「……分かりました。閨の事は口にしてはいけないのですね」
「だから言い方……」

 ルディアス殿下が、はあっと大きなため息をつきます。ああ、そうですわね。失敗しました。「閨の事」この言葉自体を口にしてはいけなかったんですのね。理解しました。次からは気を付けましょう。でも今は、その話ではないのです。

 私は紅茶をひと口飲んで喉を潤し、もう一度アルディス殿下を見つめます。

「取り合えず、そのことは置いておいて、アルディス殿下、リンドバルド伯爵令嬢とお付き合いされるとなりますと、まず間違いなく臣籍降下となり、リンドバルド伯爵家への婿入りとなりますが、よろしいんですの?」
「は? 何を言っている! 俺が臣籍降下するわけないだろう、俺は第一王子だぞ」

 アルディス殿下の言葉にディリア殿下もルディアス殿下も、分からない、という顔をされました。そういう私もアルディス殿下の言葉の意味が分かりません。

「第一王子でも臣籍降下はありますよね?」

 私は思わずディリア殿下にお伺いします。

「ええ、そうね。臣籍降下はあり得るわねぇ」
「そんな訳はないだろう、第一王子と言えば次期国王に決まっている!」
「はあ?」

 はあ? という言葉はディリア殿下、ルディアス殿下、それと私の口から洩れました。だって仕方がないのです。この方は今までいったい何をお勉強してきたのでしょう。確かに他の国では男性上位の国が多いですから、第一王子が次期国王というところが多いのですが、私たちの国は違います。長子が王位に就く決まりとなっているのです。

「この馬鹿王子! 何が次期国王だ、馬鹿も休み休み言え! 我が国は長子継承だ!」

 おおっと、ディリア殿下の口調が王様バージョンになりました。普段は嫋やかな女性言葉を使用するディリア殿下ですが、国政に携わる時には口調が今のようになります。私はこうなったディリア殿下を王様バージョンと呼んでいるのです。

「嘘を言うな! 次期国王は俺だと」
「誰がそんな甘言を言った」
「いや、それは……」
「誰が言ったか言え」

 おやおや、なんだかきな臭い話になってきてしまったかもしれません。どうしましょうと隣にいるルディアス殿下を見遣れば、ルディアス殿下も眉間に皺を寄せています。

「姉上、取り合えず、ここは一旦お開きにしましょう。それから陛下と王妃様に話がしたいと連絡を」

 しばらく考え込んでいたルディアス殿下が、ディリア殿下を諫め、近くに控えていたメイドを呼び寄せます。ああ、本当に大事になってしまいそうです。それはミーメアお姉様も感じているようで、若干顔が青ざめていらっしゃいます。

「サリア、折角のお茶会がこんな事になってしまってごめんね? 今度埋め合わせするから許してくれる?」
「大丈夫ですわ、ルディ様がお気になさることではありません。今日はこのまま帰りますけれど、明日の王子妃教育はどうしたらよろしいか、後でご連絡いただけますか?」
「もちろんだよ、今日中に連絡入れるようにするから」

 ルディアス殿下は席から立つときもエスコートしてくれます。そしてそのまま馬車乗り場まで連れて行ってくれました。そこにはお迎えの馬車が既に到着していて、いつもの時間よりだいぶ遅くなっていた事に今更ながらに気づきました。これは家についてからお母様の尋問が待っていますわね。ちょっと遠い目をしてしまった私ではありますが、一つ思いついたことがあり、馬車に乗る前にルディアス殿下の元に戻ります。

「ルディ様、リンドバルド伯爵とスィール侯爵の召喚をした方がいいと思いますわ」
「なんでかな?」
「リンドバルド伯爵令嬢は、たぶん王子妃狙いでアルディス殿下に近づいただけだと思うのですけれど、学院での噂の広まり方だとか、ちょっと気になりますの。だってリンドバルド伯爵令嬢って途中編入でしょう? それに今までも色々と高位貴族の子弟に擦り寄っていたと聞いていますし、噂話を広めてくれるようなお友達もいらっしゃいませんし、その割には適格に噂が広まっているんですのよ? それに高位貴族と言っても擦り寄った相手がスィール侯爵とは仲が悪い方ばかりでしたの。それにリンドバルド伯爵は確かスィール侯爵の寄り子だったと思うのです」
「……君って子は……いったいどこからそういう情報を仕入れてくるんだい?」
「学院にもおしゃべりスズメが沢山おりますの。後は取捨選択ですわ」

 噂話というのは、どうしたって価値のあるものとないものに分かれます。というよりもほとんどは価値がないものばかりですが、そんなものの中から必要な情報を拾うのは、ある意味手腕の見せ所とでもいいますか。

「ふふ、さすがスキップで学院に入学しただけはあるね」

 そう言って笑うルディアス殿下に、私は嬉しくなってしまいます。本当はルディアス殿下と同じ学年になりたくてスキップ試験を受けたのです。だって、学園は10歳からでないと基本入れないからです。でもスキップ試験に合格はしましたが、いきなり中等部には入れられないと言われてしまい、取り合えずは初等部に入学したのです。でも、私は諦めません。初等部三年になりましたら、直ぐにでも中等部へのスキップを成してみせますわ。そしていずれはルディアス殿下と一緒に高等部に通うのです。

「お嬢様~」

 いい加減待ちくたびれたのでしょうか。馬車の中から私の専属侍女のメリッサが声を掛けてきました。

「ああ、そうだね、いい加減帰らないと公爵が心配する」
「ええ、それに陛下や王妃様もお待ちだと思いますし」

 私がそう応えれば、ルディアス殿下は苦笑を浮かべました。私もクスリと笑ってしまいます。

「では、ごきげんよう」
「うん、気をつけて帰ってね、僕のお姫様」

 侍女の手を借りて馬車に乗り込めば、ルディアス殿下はそんな言葉で見送ってくださった。

 でも最後に「僕のお姫様」だなんて! もう、もう、もう、やっぱりルディアス殿下はカッコいいのですわ。




 あの後、結局のところリンドバルド伯爵令嬢は留学という名目で隣国に行くことになったそうです。そして問題の第一王子のアルディス殿下とバイラル侯爵家との婚約は継続、学院卒業後即婚姻で臣籍降下は決定だそうです。でもバイラル侯爵家には嫡子がおります。ですので、結局は新たに伯爵位を賜るとのこと。ただアルディス殿下のお相手はミーメアお姉様ではありません。だって仕方がないですよね? 好きで婚約者になった訳でもないのに、浮気はされるわ変な噂を流されるわ、私だってそんな相手と一生を共にするなんてあり得ません。

 アルディス殿下の新しいお相手は、バイラル侯爵の長女バルバラ様。お年は殿下よりも四つ年上の20歳。ちょっと脳筋の疑いがある、近衛騎士団に所属する女性騎士様です。現在、王妃様の専属騎士をしている方でもあります。そしてアルディス殿下の卒業後は騎士団に所属が決まったとか。しかも見習い騎士から始まるそうですわ、頑張ってほしいですわね。

 次期国王云々については、確かにスィール侯爵の派閥からのヨイショがあったようなのです。まあ、確かにスィール侯爵は次期宰相の座を狙っているという噂もありましたものね。国のトップがディリア殿下よりアルディス殿下の方が扱いやすかもしれないです。でも、次期宰相の座はルディアス殿下のものなのです! スィール侯爵になんか渡しません。

 それでも、そんな野望があったかもしれないな~、というぐらいだったらしいので、今回は厳重注意のみ(だってアルディス殿下がちゃんとお勉強していれば、俺が次期国王! なんて思いませんもの)、リンドバルド伯爵は特にスィール侯爵から指示があったという事もなく、いきなり城に呼び出されてびっくりしていたとか。馬鹿な娘を持つ親は大変ですわね。少しばかり同情してしまいますわ。

 あのお茶会の翌日の王子妃教育は結局お休みなってしまいました。仕方がありません。だから私は午前中はルディアス殿下のお誕生日プレゼントのハンカチに刺繍をして過ごしました。でも、とても嬉しいことに午後にはルディアス殿下が遊びに来てくださったの。私の好きなオレンジ色と白色の薔薇の花束を持って。

 それに昨日のお詫びだよ、とお城の料理長が作ったガトーショコラも持ってきてくださって、改めて二人だけのお茶会をいたしましたのよ。だから私は今日も幸せですわ!

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 2021.01.18 一部誤字等を修正しました。
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