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『ノーチェ、遅いじゃないの』
「申し訳ありません。我が主に毒を盛った不届き者を捕らえ、近衛の方に突き出しておりました故」

 艶やかな肩下まで伸ばした濃紺の髪を首の後ろで一つに結わえた侍従は、フリートディートの守護精霊であるシャンティにも臆した素振りも見せずに、大仰なほど丁寧な動作で頭を垂れた。

『実行犯は捕まえたのか』
「はい、もちろんでございます」

 同じく守護精霊であるリューイの言葉に、ノーチェは身体を起こすとちらりと遠巻きに眺めている連中に目を向ける。だが、その瞳には何の感情も見受けられず、彼はそっとフリートディートの側に屈みこんだ。そして丁寧にその身体を抱き上げる。

「直ぐにお部屋に参りましょう。このような場所では我が主も気が休まりますまい」

 誰に言うとでもなくノーチェは呟いた。

 だが、その言葉に王妃が反応する。

「お前はなにものか、第一王子にはイルミナをつけていたはず。イルミナはどこに居るの!」

 不快感を隠すためだろうか、王妃は扇子を開き口元を隠しながら突然現れた執事姿の男に問うた。

 王妃に声をかけられたーーというよりはいちゃもんを付けられたために立ち止まったノーチェは、フリートディートを抱えたままクッと口角をあげた。

 その男の美貌に、憤っていたはずの王妃は頬を染め、目を見開く。だが幸いな事に扇で顔を隠していたために、王妃の変化はその場にいる他の誰にも気づかれる事はなかった。

 だが呼び止められた男は違う。

 にこやかな表情は崩すことなく、心の中で

「今さら気が付いたのですか。あのような王子の面倒を見る事もせずさぼっているような馬鹿な侍女など必要ありません。とうの昔に解雇しておりますが」
「な、んですって?」
「今の今まで思い出しもしなかったような侍女がいないからと言って何か問題がありますか?」

 王妃の神経を逆なでするかのように、ノーチェは言葉を続ける。

「じ、侍従の分際で、なんて無礼な口を利くのか。私はこの国の王妃よ、お前のような無礼者は即刻」
「そんな事よりも早く王子を部屋に連れて行きなさい」
「陛下! そんな事とはどういう意味ですか!」

 多分誰しもが王妃の次の言葉を予測しただろう。だが、それを国王が遮った。

「言い争いをしている場合ではないだろう」

 そう諭されるのはノーチェの方だ。

 まあ、それは分からなくはない。

 何せこの王妃は、自分の意のままにならないとすぐさま癇癪を起すから、皆出来るだけ関わりたいと思っていない。

 その証拠に、ここまで騒いでいても壁際で控えている侍女長も侍従長も、この部屋の内外にいる近衛兵たちの一人ですら動こうとしていなかった。

 だからノーチェは、抱きかかえている王子の負担にならないよう、微かに頭を垂れて部屋を退出する。

 その後をシャンティとリューイ、マーシアとその両親が続いた。
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