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王城にてーーおまけ
コルシーニがいう事には
しおりを挟む「あのー、ちょっとだけいいっすかね?」
アルトワイス伯爵様とリカルド様を見送りながらぼうっと考えに耽っておりますと、不意に声がかけられました。
その声に振り返ると、騎士の制服を着ているこげ茶の髪がやたらとくるくるしている細身の男性がいます。
「えーと、あ、オレっちコルシーニって言います。第七騎士団所属っす。今回の件で、リカルドと一緒にいたんで一つだけ。あ、あと、それの魔力抜くっす」
「え?」
独特の喋り方とでも言うのでしょうか。
コルシーニと名乗った方は、手のひらを私の頭に翳しました。けれど何をされたのかは私にはちっとも分かりません。
「えーとっすね、いきなり官舎から出ていけってリカルドに言われましたよね?」
「……はい」
たぶん、あの時の事よね、と思いながらも、彼の質問の意図が分からず私はただ頷きます。
「あの時、第三の副団長がっすね、人身売買で官舎にいる女性を売り飛ばそうとしてまして。で、それを知ったリカルドが泡を食ってバーバラ嬢を実家に返したんす」
「はい?」
いきなり人身売買なんて不穏な言葉を聞かされた私は混乱しました。
「なんか訳わからない言い訳してたっすけど、一応、リカルドはバーバラ嬢の事を心配して、実家帰れって言ったみたいっす」
「え、ちょっと待ってください……それって、ひと月半前くらいの話のこと、であってますか?」
「そうっす、あの時っす」
いきなり部屋にやってきたかと思えば、官舎を出て行けと言われたあの日を思い出します。
ですが、まさか、そんな意図があっただなんて。
「だったら、そう言ってくれれば」
「そうっすよねぇ、ちゃんと話してればここまで大事にならなかったかもしれないっす。短い付き合いですけどリカルドは、なんか面倒くさい男なんすよ」
ポリポリと頬を掻くコルシーニさんに、私はふっと息をつきました。
「あ! あとそうだ、もう一つありました。手紙なんすけど」
「手紙?」
「そう手紙っす。なんか書類とか入った手紙」
「……ああ、あの手紙の事かしら」
手紙と言われて思い出すのは、何故かニコル兄様経由で来た離縁届などが同封された手紙の事ぐらいです。
「あれ、オレっちが出したんす。ちょっと色々書類仕事で煮詰まってて、外出たいーってオレっちが煩く言うもんだから手紙出してくれってリカルドにお使い頼まれて」
「……」
「あとは宛先書くだけだったらしくって。リカルドに実家に送ればいいんすよねって一応確認したんすよ。リカルドも実家に送ってくれって言ったんで手配したんす。でも、なんか、ニコル様が、リカルドに ”なんでルーベンス子爵家に送ってくるんだ” って文句言ってるのを聞いて。そこで初めてバーバラ嬢がリカルドの実家にいたんだって知ったっす。オレっち勘違いしてバーバラ嬢はルーベンス子爵家に帰ってるって思ってたんすよ」
眉尻を下げて困ったように笑うコルシーニさんに、私もつい苦笑してしまいました。
「でも、あの時私たちの会話を聞いていたのでしょう?」
だって先ほど官舎から出ていけとリカルド様に言われた時の話をしていましたよね、と口に出せば。
「いたっすけど、全部の会話、盗み聞きなんてしませんよぉ、実家とか親父とか聞こえましたけど、もうね? 変な言い訳聞いているのが悲しくて、ちょっと距離取ってたんで」
「それで私は私の実家にいると思ったと?」
「そうっす、嫁さんが実家に帰るって言ったら、自分ちっす」
「ご結婚されているの?」
「いないっす。姉さんが結婚してて、よく実家に帰れって言われたから帰って来てやったわ! って言うんで、てっきり」
そこまで話を聞いて私は可笑しくなってしまいました。
たぶんコルシーニさんの話し方と困ったような表情と、とても騎士団所属の騎士様には見えない容貌が私の中の何かに触れたのだと思います。
淑女は大きな声をあげて笑ったりしてははしたないと言われるのですが、ついさっきまで緊張していた反動でしょうか。どうにも可笑しくて仕方がありません。
「ふ、ふふふっ」
「え、何がおかしいっすかバーバラ嬢」
「いえ、でも、ふふ、あははは」
目の前でポカンとするコルシーニさんの表情すら可笑しくて笑えてます。
いやだわ、これが笑いのツボに入ったっていうのでしょうか。
いきなり私が笑い出したからか、ニコル兄様にエイドラ公爵様が慌てたように私の側にやってきました。
エイドラ公爵様なんてお姉様と談笑していらっしゃたのに申し訳ないわ。
「バーバラ?」
「君は?」
「はいっす! 第七騎士団、特務部隊所属、コルシーニっす」
戸惑うニコル兄様、コルシーニさんを睨みつけるエイドラ公爵様に、ぴしっと背筋を伸ばして所属を述べるコルシーニさん。
やだわ、コルシーニさんの動きの一つ一つがなんだかコミカルで笑いを誘ってくるみたい。
「バーバラ? なに笑ってるの」
「なんか、いきなり笑い出したっす」
「どんな話をしていたのかな? 全部話してください」
そんな言葉が聞こえてきますけれど、私は暫く笑い続けました。
でも、なんでしょう。
ひとしきり笑ったらなんだかとってもすっきりしました。
リカルド様との縁も切れて、私はルーベンス子爵家に帰ることもないでしょう。
そうなれば私は一人、平民として生きて行くしかありません。
たぶんニコル兄様は、そんな事を言うなとは言ってくださるでしょうけれど。
私にはおばあ様のおかげで手に職があります。
それに今までにも色々なものを作り、販売してきました実績もあります。
この一年間で生活費やら家賃やらで使った分はありますけれど、それでも実家に居た時に貯めていた分にはほとんど手を付けていません。
ああ、そう言えば騙されてしまった家賃は返ってくると王太子殿下が仰ってました。
その事についてはニコル兄様に確認すればいいのでしょうか。
そうです。私には未だやらなくちゃいけない事がたくさんあります。
王都で暮らすなら家を探さなくてはいけませんし、また小物の販売をするなら雑貨屋さんにも顔を出さなくてはいけません。
それにサーシャ姉様の旦那様にも連絡をして。
「僕たちもう暫く時間がかかりそうだから、バーバラは先に帰るかい?」
ふとニコル兄様が声をかけてくださいました。
「それほど時間がかからないようであればお待ちします」
そう応えを返すと、ニコル兄様はうん、うんと頷かれました。
隣ではエイドラ公爵様が、そんなニコル兄様を見て苦笑されています。
「じゃあ、場所を移そうか」
そんな言葉が王太子殿下から発せられました。
するとすぐさま全員が動き出します。
もちろんニコル兄様も、エイドラ公爵様もディオーナ様もです。
そして私たちは王太子殿下やニコル兄様とは別れて別の部屋へと案内されました。
これで一息つけるでしょうか。
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コルシーニだったらこういう世話を焼くかな、と。
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