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エピローグ

2 バーバラ

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「まあ、挨拶もなしにいきなり話に入るのもなんだ。まずは飲み物の用意をさせよう」

 王太子殿下がそう仰いますと、侍女の方たちがワゴンを押して入室してきました。
 そして各テーブルに軽食と菓子、果実水のピッチャーと空のグラスを手早く配置し、紅茶をサーブしていきます。

 これはたぶん、そこそこ長い話し合いになるという事なのでしょうか。

 馥郁たる紅茶の香りに思わず頬が緩みそうになりますが、そう考えるとこれからのお話しがどういったものになるのか不安も覚えます。

「さて、つい先日起こった誘拐事件と薬物に関する事件についてだが」

 侍女の方たちが退出すると、すぐさま王太子殿下が話し始めました。
 どうやら挨拶も何もないようです。

「まず犯人たちは、どちらの件にも関与していた」

 薬物事件と言われても私には分かりませんが、あの人たちは私たちを誘拐しただけではないのですね。

「彼らは全員デイワイス出身で、一人はあろうことか神官籍を所有しており、神殿に潜伏していたようだ」

 その言葉に、あの神官様を思い出します。

 彼は私の話を熱心に聞いてくださいましたし、【 白い結婚 】というアドバイスまでしてくださった方です。
 けれど、あの地下道で私の腕をきつく握り、救出にきてくださった騎士団の皆様を攻撃しようとしたのも彼でした。

 あの時の炎の熱さは、今でも思い出すとひやりとします。

 けれどあの時の爆発で、一番ひどい怪我を負ったとの事でした。

 何せ理屈は分かりませんけれど、アーカード様の魔力が極限まで籠った魔石が爆発したのです。しかも彼自身の炎の魔法もそのせいで暴発した状態だったそうで。

 身体の前面が焼けただれた状態で運ばれ、緊急で治癒を施されたそうですが、治癒魔法は使い手によって結果はだいぶ違うらしく、重度の火傷などは治癒魔法では完治させずらいようです。

 そのため彼は治療のために貴族用の牢屋に入れられ、薬による治療と魔法による治療を受けているのだとか。

 それに彼が神官として神殿に居た事で、神殿にも疑惑の目が向けられているそうです。ただ、彼はイーゼルから派遣されてきた神官という情報しかなく、捜査中との事でした。

 そして薬物の方については、私は初めて聞きましたが、ここ最近貴族のご令嬢やご夫人の間で流行っていたそうです。

 最初はただ聞いているだけだったのですが、仮面舞踏会マスカレイドパーティから茶会に場所を移した、という話に切り替わった途端、売人の一人として私の名が挙がったと聞いて、私は大層、驚きました。

 だって、私は王都に居る間に一度だってお茶会に呼ばれたことはありません。もちろんガーデンパーティも。

 それにここひと月ほどはアルトワイス伯爵領にいたのですから、距離的にも王都の茶会など出られるはずもないのです。

 すると、お茶会でご令嬢に薬物のサンプルを手渡していた人物が ” アルトワイス騎士爵夫人” と名乗っていたというお話でした。

 ああ、良かったです。
 
 それを聞いた私は安堵しました。
 ですが、そうなりますと今度はリカルド様が気にかかります。

 なぜなら、騎士爵というものは、たいてい一代限りの、貴族から見れば一番下の平民に近しい爵位ではありますが、それでも爵位は爵位です。
 となれば騎士爵夫人を騙った方は、もちろん罪に問われますし、リカルド様にも何某かの影響が出るはずです。
 とは言え、私はすでに離縁しました。

 冷たいようですが、リカルド様にどんな影響が出ようとも関係はありません。

 ですが、やはり、一度は縁を繋いだ相手ですから、何の情もないとはいえ、不幸になって欲しい訳ではないのです。

 けれど騎士爵夫人を騙った相手が、”コリンナ”という名のリカルド様の恋人だった方と聞いて、私は複雑な想いを抱きました。

 コリンナという名前には聞き覚えがあります。

 彼女はあの部屋でなんて言っていたでしょうか。

 いきなり実家に帰って結婚した、別れようと言われそうだったから、子供が出来たと。
 けれどそれは嘘だったと。

 リカルド様は恋人に子供が出来たと言われて悩んでいた事を知っています。
 けれどそれは彼女コリンナの嘘。

 子供がいるかもしれないと言うのに、一年近くも放っておいたリカルド様に呆れていましたが、子供の事が嘘だったなんて、なんて滑稽なのでしょう。
 だってリカルド様は、子供ができたと思ったからこそ、私との関係に悩んでいたのです。

 性根の悪い人ではないからでしょう。
 そして優柔不断でした。

 その上私は我関せずで。
 たまに顔を出すリカルド様を引き留める事もなく、身体を心配することなく。

 それではリカルド様も居心地なんていいはずがありません。
 ですから私たちが離縁に至ったのは必然だったのかもしれません。 

 ああ、でも不幸な子供がいなかったというのは良かったです。


 リカルド様にコリンナさんが薬物中毒になっている可能性があることを殿下が話されておりました。

 それを聞かされたリカルド様は、椅子から立ち上がり憤りましたが、それでどうなる訳でもありません。

 現在、コリンナさんは療養中とのことで、詳しい事は聞き出せていないそうです。

 それでも捕まった犯人たちの残り二人の証言で、コリンナさんが騎士爵夫人を騙っていたことは確認が取れていること、またいくら騎士爵とはいえ平民が爵位を騙ったこと、どうやら高位貴族から脅されていたようですが、それでも犯した罪は変わりません。

 そのためコリンナさんは、薬物中毒の治療が完治したあと修道院に行く事が決まっているそうです。

 そしてリカルド様には、不可抗力とはいえ名前を騙られた事、それが恋人関係のあった女性だったことから王都追放の処分を言い渡され、リカルド様は爵位の返上と共にこれを受け入れました。

 後は第三騎士団での使い込みや不正などがあったため第三騎士団は解散、被害を受けた人間には相応の慰謝料が支払われること(たぶんこれは私がいるために説明されてような気がします)、一年ほど前のアルトワイス伯爵領の天災は人災であったこと(山火事のそもそもの原因が、イーゼルにこの薬物の原料となる草の存在を知られたために焼き払ったらしいのです)、アゼリアではこの薬物がかなり出回っていて対処が遅れている事、そのため魔獣の討伐が任務が増えるだろうこと(これは騎士の方たちに向けてでしょう)、また剣を掲げる家がいくつか潰れるだろうことが、この部屋の中で話されました。

 最後の剣を掲げる家というのが何を指しているのかは私には分かりませんが、騎士の方やニコル兄様、エイドラ公爵様、ディオーナ様、ルチア様は眉間に皺を寄せつつも頷いていたので、分かる方には分かる話であったのだと思います。




「バーバラ嬢」

 すべての説明が終わり解散することになりました。
 するとアルトワイス伯爵様が声をかけてきます。

「離縁は成立したかい?」

 寂しそうに聞いてくるアルトワイス伯爵様に、私は苦笑を浮かべて頷きました。

「アーカード様のご容体はどうでしょうか」
「ああ、何かあったときのために持たせていた魔石に込めていた魔力まで使い切ったようでね。クルルカが泡を食ってうちまで連れ帰って来たよ。うちになら予備の魔石があるからね。だから大丈夫。命に別状はない」
「それならば良かったです。たぶんアーカード様に会う事もないと思いますので、バーバラが助けていただいて感謝していたとお伝えください」

 そう私が言えば、結構、泣き虫なところがあるアルトワイス伯爵様は、やはり泣きそうな表情をされています。

「うん、確かに伝えます。それにこの一年、本当に申し訳なかった。うちのリカルドバカのせいで嫌な目にもあわせたし、リカルドはうちからも除籍するから、それで許してもらえるだろうか」

 ほんの数歩後ろにリカルド様が控えていらっしゃるのに、アルトワイス伯爵様はそんな事を仰いました。

 除籍などと。

 ただでさえ王都追放ですのに、家からも追い出してしまうのかと思ってしまいます。

 けれどそれは伯爵家のことで、私には既にその事に口出す権利はないのです。

 それに、後ろにいるリカルド様は、ただ静かに話を聞いていました。
 たぶん、ではありますが、話はもう付いているのでしょう。

「……許すも許さないもありません。ただ以前お話ししたように持参金をルーベンス子爵家へ返していただければそれで」
「ああ、もちろんだよ。それはちゃんと返しておく」
「それでしたら私が何を言うことはありません……今までありがとうございました」

 そう言って頭を下げれば、アルトワイス伯爵様もリカルド様も頭を下げ、部屋から退出していきました。

 お二人の背中を見るともなしに見つめ、私は終わったのだなぁ、と思います。

 結局リカルド様とは最後の最後まで向き合って話をすることはありませんでした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これにて本編は終了となります。

 リカルドは王都追放、実家から除籍というそこそこ彼にとってはキツい罰になったのではないでしょうか。
 ざまぁ感は薄いですけどね。

 これ以降はバーバラのその後の話が続き、その他のキャラのサイドストーリーも書くかも知れませんが、更新頻度はかなり落ちると思います。

 ここまでお読み頂いてありがとうございました。
 たくさんのご意見ご感想、かなり良いところまで予測されていた方もいらっしゃいましたし、久しぶりのオリジナルで色々な事を考えさせてくれた作品となりました。

 これからもまた別の作品をアップしていきますので、見かけましたらよろしくお願いします。
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