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王都にて
バーバラ 4
しおりを挟む壁の中は暗闇でした。
どこからかスッと風が吹いているので、通路になっているのでしょうけれど、灯りが一つもなくて真っ暗です。
さっきまでは押し込められていた部屋にも廊下にも灯りがありましたから、余計暗くて先が見えませんでした。
怖い、です。
私の腕を掴むフードの男の、手のひらの熱だけが私がこの場に存在している事を証明しているかのようで。
縋るような相手ではないと思いつつ、縋ってしまいたいと思ってしまいました。
「真っ暗で何も見えないです」
「良いから歩け」
相変わらずコリンナさんを先頭にして細身の男は歩いているようでした。
それにさっきよりはアーカード様が近くまで来てくださっているような気配もします。
そろり、そろりと暗闇の中を歩いていると、不意にどんっと大きな音が聞こえました。
「やべぇな、突入されたか」
「暫くは気づかれないはずだ、早く進め」
あの壁の偽装には自信があるのでしょうか。
私の腕を掴んでいるフードの男が、細身の男に向かってそう言いました。
「足音が近づいています」
背後から声が聞こえました。たぶんアーカード様を連れている厳つい男の声でしょう。
「ちくしょう、探索魔法が使える奴でもいるのかよ」
「慌てるな、だったら私が対処しよう」
フードの男がそう言った瞬間、大勢の足音が私の耳にもはっきりと聞こえました。
「バーバラ嬢! いたら声をあげてくれ!」
しかも私の名を呼んでいます。どうして私がここに居ると知っているのでしょうか。
でも私は声をあげることが出来ません。
どうしてでしょう。ここで声をあげることが出来たら、私たちはきっと助かるのに。
私がそう思った瞬間、フードの男の手の上に炎が渦を巻きました。
その炎がくっきりとフードの男の顔を照らし出し、私は思いもしなかった人物に驚いて見つめてしまいます。
なぜならそこに居るのは、今までに何度かお世話になった神殿の神官様、でした。
確かに私たちの目の前に止まった馬車から神官様がおりてきましたけれど。
私が声もなく彼を見つめていれば、彼もまた私を見ました。
でも、その表情にはなんの感情も見て取る事ができず、掴まれていた腕が離されたかと思うと、ぐいっと後ろに引っ張られました。そしてそのままぐるりと私の身体は抱き込まれて。
「あ」
「大丈夫だ、バーバラ、目を瞑っておいで」
静かな、静かな声でした。でもその声はアーカード様の声です。
だから私はただぎゅっと目を瞑って、自由にならない両手でアーカード様の胸元のマントを握りしめました。
そして。
暗闇しかなかったこの通路に、眩いばかりの閃光と何かが爆発した音と熱が、一気に襲い掛かって来たのです。
「ぐうっ」
「こっちだ! こっちにいるぞ」
「くそったれ、いてぇぞ、何失敗してやがる」
「お、のれ……」
「いやぁ、助けて、目が見えない、助けてよぉ、リカルド様ぁ」
たぶんフードの男の魔法が何かの理由によって失敗して暴発したのだと思います。だって確かな熱量が私たちを襲いましたもの。
けれど私は他の方のように痛みはありませんでした。ただ爆発音のせいで耳が良く聞こえません。
いったいどうなったと言うのでしょう。
それに私の身体を抱き込んだアーカード様は?
そうです、アーカード様は?
私の身体はアーカード様に抱きしめられています。でも、アーカード様は何の反応もしていないような気がするのです。
私を庇うためか床に倒れこんだままのアーカード様は私を抱き込んだまま動きません。
恐る恐る身体を動かせば、ずるりと私の身体を質量を持ったものが落ちていきました。
「アーカード様?」
「今の閃光はなんだ、大丈夫か! 生きているなら返事を!」
大きな声が私たちに呼びかけてきます。そして私の視界の隅に灯りが見えました。
「い、生きています、でもアーカード様が!」
多分、私は、今まで生きてきた中で初めてと言ってもいいくらいの大きな声を張り上げたような気がします。とは言っても、耳がおかしくなっているので、本当に大きな声を出したのか自分でもよく分からないのですが。
「声が聞こえたぞ、そのまま進め!」
灯りがどんどん近づいてきます。
「いたぞ、取り合えず全員確保だ。早く外に出すぞ。あと一人神殿に伝令を! 治癒魔法師を呼んで来い!」
「はい!」
誰かの声が指示を出し、誰かがその声に反応して駆けていきます。
でも私は呆然としていました。
だってようやく灯りに照らされた私の目には、私を庇ったからでしょう、羽織っていたマントが焼けこげ、あちらこちらに熱傷を帯びたアーカード様が力なく横たわっていたのです。
「アーカード……様? アーカード様?」
首の後ろで一つに括られていた鈍色の長い髪が、アーカード様の顔を隠してしまっていますが、どう見ても意識を失っているようにしか見えませんでした。
意識を失っているだけですよね?
そうですよね、アーカード様。
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