上 下
58 / 66
王都にて

アーカード 4

しおりを挟む

 
 コリンナと名乗った女性は、ただペラペラと自分の事を話す。

 しかも自分が気を失っていたからと、王都に出てくるまでの話から繰り返しているようだ。

 だが、そんな彼女に違和感を覚えずにはいられない。
 だってそうだろう? 自分たちもそうだが彼女もまた両手を縛られてこんな場所に押し込められているのだ。普通であれば、ニコニコと笑って自分の事を話すなんてするだろうか。

 そんな想いを胸にバーバラを見れば、彼女もまた困ったように眉尻を下げている。

 両手に両足を縛られた私を支えるように、そっと寄り添ってくれているバーバラの唇が、「さっきも同じ話をしていました」と聞き取るのも難しい声音で静かに呟いていた。

 これはあれか。

 やはり彼女は薬物の件に関わっていて、その上、薬物を摂取している可能性が高いような気がした。

 とはいえ、自分もそれほど薬物の症状について詳しい訳ではない。
 ただ、聞いた話によるとたいていの薬物はまず躁状態になるらしかった。

「……それで、あたし、そのお店で働かせて貰えることになって」
「なあ、君、コリンナと言ったね? どうしてここにいるんだい?」

 しゃべり続けている彼女に、そう聞いてみた。
 すると一瞬、彼女の表情が無に近いものになり、けれどそれはすぐに元に戻る。

「なんて言えばいいんですかねぇ、恋人と別れる事になって……酷いんですよ? いきなり実家に帰ったと思ったら結婚したって言われて。たぶん別れようと言うつもりだったんでしょうけど、ちょっとだけ悔しくて、子供が出来たって言っちゃいました」

 そしてニコニコと笑って紡いだ言葉は、決して笑顔で言うものではなかった。なのに彼女は何が面白いのかくすくすと笑っている。

「その時の顔ときたら、びっくりした顔をしたと思ったら嬉しそうに笑って。でもすぐに困ったような顔になって」

 自分の問いかけをはぐらかしている訳ではないのだろう、けれど質問の答えにはなっていない回答に、ついつい眉間に皺が寄ってしまった。しかし彼女は相手のそんな表情にも気がつかない。

「本当はすぐに嘘だって言うつもりだったんですよ? でも、ぎゅって抱きしめられたら、なんだかこのままあたしを選んでくれるんじゃないかって、そんな事はあり得ないのに、そう思っちゃって……」

 たぶん頭に思い浮かんだことをただ喋っている、そう思うと、くすくすと笑う彼女に文句を言う気にもなれず、ただ憐みにも似た感情が沸き上がった。

 薬物の摂取は一時の高揚感や万能感を与えてはくれるが、切れればとてつもない苦しみが訪れると言う。
 そしてその苦しみに耐えきれなくて薬物を欲するのだ。そうすれば苦しみは消え、また高揚感を味わう事が出来る。そしてどんどん深みにはまれば、最後に待っているものは死だ。


 そんな事を考えているとバタバタと足音がした。そして勢いよく扉が開く。

「おい、何くっちゃべってやがる、すぐにここからずらかるぞ」

 自分よりも背の低いやせ細った男とリカルドのような体格の厳つい顔をした男の二人は、乱暴な手つきでコリンナと名乗った女性とバーバラを立ち上がらせた。

「どこに連れて行く!」

 支えてくれていたバーバラが無理やり立たされたせいで、再び床に転がる事になった私は叫んだ。

「あー、女どもがいればなんとかなる、が……顔も見られているし、死ぬのを確認する時間もねぇし、これだけ顔が良けりゃ強欲な婆どもに売れそうなんだよなぁ、おい、足の紐だけ切ってそいつも連れてこい」

 新たに表れた男二人のうち、細い男の方が強い立場のようだ。
 ぶつぶつと呟きながら、もう一人の男にそう告げると、嫌がるバーバラの腕を引っ張り、コリンナを突き飛ばすようにしてやせ細った男が部屋を出ていく。

 残った男は無言のまま両足をぐるぐる巻きにしていたロープを切った。それから両手を縛っていたロープまで切る。

 思わず男を見つめてしまった。

「声をあげるな、手は縛られているように後ろに回せ。騎士団がやってきているから上手く逃げろよ」

 ぼそぼそとそれだけ囁いた男は、手にしていたナイフとは別のナイフを手渡して来た。しかしようやく自由になった腕を再び後ろ手で掴まれて、痛みに呻くしかできない。

「行くぞ、立て。逃げようなんて馬鹿な事は考えるなよ」

 先ほどの囁き声よりも大きな声をあげて男は言った。そして無理やり立たせたかと思えば、先に出た男を追うように歩き始める。

 この男の意図が読めない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。

田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。 結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。 だからもう離婚を考えてもいいと思う。 夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

処理中です...