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王都にて
アーカード 4
しおりを挟むコリンナと名乗った女性は、ただペラペラと自分の事を話す。
しかも自分が気を失っていたからと、王都に出てくるまでの話から繰り返しているようだ。
だが、そんな彼女に違和感を覚えずにはいられない。
だってそうだろう? 自分たちもそうだが彼女もまた両手を縛られてこんな場所に押し込められているのだ。普通であれば、ニコニコと笑って自分の事を話すなんてするだろうか。
そんな想いを胸にバーバラを見れば、彼女もまた困ったように眉尻を下げている。
両手に両足を縛られた私を支えるように、そっと寄り添ってくれているバーバラの唇が、「さっきも同じ話をしていました」と聞き取るのも難しい声音で静かに呟いていた。
これはあれか。
やはり彼女は薬物の件に関わっていて、その上、薬物を摂取している可能性が高いような気がした。
とはいえ、自分もそれほど薬物の症状について詳しい訳ではない。
ただ、聞いた話によるとたいていの薬物はまず躁状態になるらしかった。
「……それで、あたし、そのお店で働かせて貰えることになって」
「なあ、君、コリンナと言ったね? どうしてここにいるんだい?」
しゃべり続けている彼女に、そう聞いてみた。
すると一瞬、彼女の表情が無に近いものになり、けれどそれはすぐに元に戻る。
「なんて言えばいいんですかねぇ、恋人と別れる事になって……酷いんですよ? いきなり実家に帰ったと思ったら結婚したって言われて。たぶん別れようと言うつもりだったんでしょうけど、ちょっとだけ悔しくて、子供が出来たって言っちゃいました」
そしてニコニコと笑って紡いだ言葉は、決して笑顔で言うものではなかった。なのに彼女は何が面白いのかくすくすと笑っている。
「その時の顔ときたら、びっくりした顔をしたと思ったら嬉しそうに笑って。でもすぐに困ったような顔になって」
自分の問いかけをはぐらかしている訳ではないのだろう、けれど質問の答えにはなっていない回答に、ついつい眉間に皺が寄ってしまった。しかし彼女は相手のそんな表情にも気がつかない。
「本当はすぐに嘘だって言うつもりだったんですよ? でも、ぎゅって抱きしめられたら、なんだかこのままあたしを選んでくれるんじゃないかって、そんな事はあり得ないのに、そう思っちゃって……」
たぶん頭に思い浮かんだことをただ喋っている、そう思うと、くすくすと笑う彼女に文句を言う気にもなれず、ただ憐みにも似た感情が沸き上がった。
薬物の摂取は一時の高揚感や万能感を与えてはくれるが、切れればとてつもない苦しみが訪れると言う。
そしてその苦しみに耐えきれなくて薬物を欲するのだ。そうすれば苦しみは消え、また高揚感を味わう事が出来る。そしてどんどん深みにはまれば、最後に待っているものは死だ。
そんな事を考えているとバタバタと足音がした。そして勢いよく扉が開く。
「おい、何くっちゃべってやがる、すぐにここからずらかるぞ」
自分よりも背の低いやせ細った男とリカルドのような体格の厳つい顔をした男の二人は、乱暴な手つきでコリンナと名乗った女性とバーバラを立ち上がらせた。
「どこに連れて行く!」
支えてくれていたバーバラが無理やり立たされたせいで、再び床に転がる事になった私は叫んだ。
「あー、女どもがいればなんとかなる、が……顔も見られているし、死ぬのを確認する時間もねぇし、これだけ顔が良けりゃ強欲な婆どもに売れそうなんだよなぁ、おい、足の紐だけ切ってそいつも連れてこい」
新たに表れた男二人のうち、細い男の方が強い立場のようだ。
ぶつぶつと呟きながら、もう一人の男にそう告げると、嫌がるバーバラの腕を引っ張り、コリンナを突き飛ばすようにしてやせ細った男が部屋を出ていく。
残った男は無言のまま両足をぐるぐる巻きにしていたロープを切った。それから両手を縛っていたロープまで切る。
思わず男を見つめてしまった。
「声をあげるな、手は縛られているように後ろに回せ。騎士団がやってきているから上手く逃げろよ」
ぼそぼそとそれだけ囁いた男は、手にしていたナイフとは別のナイフを手渡して来た。しかしようやく自由になった腕を再び後ろ手で掴まれて、痛みに呻くしかできない。
「行くぞ、立て。逃げようなんて馬鹿な事は考えるなよ」
先ほどの囁き声よりも大きな声をあげて男は言った。そして無理やり立たせたかと思えば、先に出た男を追うように歩き始める。
この男の意図が読めない。
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