上 下
35 / 66
Ⅱ バーバラ

1

しおりを挟む


 私がお世話になっているアルトワイス伯爵家に、ニコル兄様が双子を連れてやってきました。

 ニコル兄様がわざわざ来た理由は、エリザベス姉様に子供が会いたがったからという事らしいのですが、どうも実情は違うようです。



「さて、僕がわざわざアルトワイス伯爵家にまでやってきた理由なんだけど」

 ニコル兄様が、そう言いながら懐から手紙を一通取り出します。それは一見、なんの変哲もない普通の手紙に見えました。お義父様が手に取り、宛名などを確認しておりますが、差出人のお名前はないようです。

 いったい誰からの手紙なんでしょうか。

「あと、バーバラ宛にルチア嬢経由で手紙が届いているんだけど」

 またも懐から手紙を取り出したニコル兄様は、私に手紙を差し出しました。

 私も誰からの手紙か皆目、見当がつきません。なぜなら私は王都ではほとんど人付き合いをしておりませんでしたし、刺繍したハンカチやレースなどを卸しているお店の方は、私が貴族の令嬢だという事も知りません。

 普段であれば私が店に商品を卸しに行った時に、欠品になりそうなものや作って欲しいものを言ってもらうのです。もしどうしても急ぎで連絡を取りたい場合は、サーシャ姉様の旦那様のお店が取り持ってくださっているので、そちらに連絡が来ます。

 ですから個人宛てに、しかもニコル兄様のお知り合い経由となりますと、私には心当たりがありませんでした。

 手にした封筒を見ますと、それは鈴蘭の透かし模様の入った真っ白な封筒で、表書きに私の名前が綺麗な字で書かれております。

 この封筒をみてようやくお手紙の相手に心当たりが出来ました。一応、間違いがないか裏返して送り主の名前がないか私は確認します。

 案の定、封筒の隅にディオーナ・Eとお名前が書かれておりました。
 確かに今までにも、この封筒でお手紙をいただいたことはあります。けれど、それでもお店経由で渡されておりましたので、こんな風に送ってくださるとは思ってもおりませんでした。

「まあ、ディオーナ様からですわ」

 私は嬉しくなって声をあげてしまいます。
 たぶん私がはしゃいだ声をあげたからでしょう、ニコル兄様やエリザベス姉様、お義父様にアーカード様の視線を集めてしまいました。
 特にお義父様はニコル兄様から渡された手紙を読んでいらっしゃる途中ですのに。

 私は急に恥ずかしくなってしまい俯いてしまいます。
 たぶん顔が赤くなっている事でしょう。
 いくら騎士爵の夫人だとは言え、もう少し淑女らしくしなくてはいけませんよね。

「どうしたの?」
「私の常連のお客様です。いつもハンカチなどの小物やショールやひざ掛けなどをご注文くださるんです」

 そんな私をどう思っているのか、エリザベス姉様が優しく問いかけてくれました。もちろん疾しい事がある相手ではないので普通に答えます。

「こちらをお使いください」

 すっと横からペーパーナイフが差し出されました。

 その声に見上げるとクルルカさんです。

 お義父様の手紙はすでに封が開いておりましたから、私のために用意してくださったのでしょう。
 ありがとうとお礼を言って、ペーパーナイフで早速手紙を開封します。

 手紙を開きますとふわりと優しい香りがいたしました。
 ディオーナ様からのお手紙は、いつも便箋にこの香りが染み込ませてあるようです。便箋も封筒と同じように真っ白で、鈴蘭の透かし模様が入っているものでした。

 手紙の内容は先日お送りしたショールの事です。私事で納期を遅らせてしまいましたが、手元に問題なく届いたこと、とても素敵なショールで喜んで下さっていることなどが書かれております。

「あ」

 でも2枚目の便箋に目を通しますと、ちょっと困った事が書かれておりました。

「ニコル兄様、お義父様」

 思わずどうしようと思いましたが、ここにはニコル兄様もお義父様もいらっしゃいます。

「どうしたんだいバーバラ」

 私がお呼びしたせいでしょうか。ほぼ同じタイミングでニコル兄様とお義父様が、私に声をかけてくださいました。

「あの、ディオーナ様という私のお客様なんですけれど、今度王太子殿下主催の夜会があるから、一緒に行きませんか、と。その時に、その、お孫さんにエスコートさせて貰えないだろうか、と書かれておりまして」

 ディオーナ様は、王都の貴族街の端にお屋敷をお持ちのご高齢のご婦人です。

 そのお屋敷には、旦那様と使用人の方とお住まいのようでしたが、私が納品に伺う時には旦那様はお仕事に行かれておりますし、使用人もごく少数らしいので、いつもご婦人に迎え入れて貰っておりました。

 たぶん高位貴族に連なる方だと思っているのですけれど、ディオーナ様も刺繍がお好きなようで、納品に行きますといつも温かな紅茶とお菓子でもてなしてくださいます。

 ですから私も特に子爵令嬢だったことや、騎士爵夫人であることはお話ししていなかったと思います。

「ちょっと待って、ディオーナ様? バーバラ、悪いんだけど、封筒と手紙を見せて貰ってもいい?」

 ニコル兄様が、少しだけ慌てたようにそう言います。もちろん何も問題はありませんから、封筒と便箋を兄様に渡しました。

 するとニコル兄様は封筒と便箋の透かし模様に気が付いたようです。
 そして、それを無言でお義父様に渡しました。するとお義父様もニコル兄様と同じように封筒と便箋の透かし模様を確認しております。

「この鈴蘭の透かし模様、ディオーナ・E……ディオーナ・エイドラ伯爵夫人のもの、では?」

 恐る恐るとでも言うかのように、お義父様がおっしゃいました。

 ディオーナ・エイドラ伯爵夫人?
 やはりディオーナ様は高位貴族の方でしたのね。私はそう納得しましたが、ニコル兄様はやっぱり、と小さく呟いています。

「バーバラ、ディオーナ様と面識が?」
「え、ええ、先ほども言いましたが、私のお客様ですから」
「いつからか覚えているかい?」
「ええ、実家うちにいた頃からですわ? でもお会いするようになったのは、王都に出てから、でしょうか。どうもお孫さんが私の作ったものをお気に召してくださったようで、サーシャ姉様の旦那様のお店で買って下さったのが切欠と言われました」

 私がそう応えますと、ニコル兄様ははぁっと大きなため息をつかれました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 バーバラの続きです。

 少々お時間をいただいてしまいましたが、リカルドの時間軸を確認しながら話がおかしくないかチェックしています。が、矛盾が生じているところがありましたらご連絡ください。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~

村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。 だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。 私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。 ……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。 しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。 えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた? いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

必要ないと言われたので、元の日常に戻ります

黒木 楓
恋愛
 私エレナは、3年間城で新たな聖女として暮らすも、突如「聖女は必要ない」と言われてしまう。  前の聖女の人は必死にルドロス国に加護を与えていたようで、私は魔力があるから問題なく加護を与えていた。  その違いから、「もう加護がなくても大丈夫だ」と思われたようで、私を追い出したいらしい。  森の中にある家で暮らしていた私は元の日常に戻り、国の異変を確認しながら過ごすことにする。  数日後――私の忠告通り、加護を失ったルドロス国は凶暴なモンスターによる被害を受け始める。  そして「助けてくれ」と城に居た人が何度も頼みに来るけど、私は動く気がなかった。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

処理中です...