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Ⅱ バーバラ
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しおりを挟む私がお世話になっているアルトワイス伯爵家に、ニコル兄様が双子を連れてやってきました。
ニコル兄様がわざわざ来た理由は、エリザベス姉様に子供が会いたがったからという事らしいのですが、どうも実情は違うようです。
「さて、僕がわざわざアルトワイス伯爵家にまでやってきた理由なんだけど」
ニコル兄様が、そう言いながら懐から手紙を一通取り出します。それは一見、なんの変哲もない普通の手紙に見えました。お義父様が手に取り、宛名などを確認しておりますが、差出人のお名前はないようです。
いったい誰からの手紙なんでしょうか。
「あと、バーバラ宛にルチア嬢経由で手紙が届いているんだけど」
またも懐から手紙を取り出したニコル兄様は、私に手紙を差し出しました。
私も誰からの手紙か皆目、見当がつきません。なぜなら私は王都ではほとんど人付き合いをしておりませんでしたし、刺繍したハンカチやレースなどを卸しているお店の方は、私が貴族の令嬢だという事も知りません。
普段であれば私が店に商品を卸しに行った時に、欠品になりそうなものや作って欲しいものを言ってもらうのです。もしどうしても急ぎで連絡を取りたい場合は、サーシャ姉様の旦那様のお店が取り持ってくださっているので、そちらに連絡が来ます。
ですから個人宛てに、しかもニコル兄様のお知り合い経由となりますと、私には心当たりがありませんでした。
手にした封筒を見ますと、それは鈴蘭の透かし模様の入った真っ白な封筒で、表書きに私の名前が綺麗な字で書かれております。
この封筒をみてようやくお手紙の相手に心当たりが出来ました。一応、間違いがないか裏返して送り主の名前がないか私は確認します。
案の定、封筒の隅にディオーナ・Eとお名前が書かれておりました。
確かに今までにも、この封筒でお手紙をいただいたことはあります。けれど、それでもお店経由で渡されておりましたので、こんな風に送ってくださるとは思ってもおりませんでした。
「まあ、ディオーナ様からですわ」
私は嬉しくなって声をあげてしまいます。
たぶん私がはしゃいだ声をあげたからでしょう、ニコル兄様やエリザベス姉様、お義父様にアーカード様の視線を集めてしまいました。
特にお義父様はニコル兄様から渡された手紙を読んでいらっしゃる途中ですのに。
私は急に恥ずかしくなってしまい俯いてしまいます。
たぶん顔が赤くなっている事でしょう。
いくら騎士爵の夫人だとは言え、もう少し淑女らしくしなくてはいけませんよね。
「どうしたの?」
「私の常連のお客様です。いつもハンカチなどの小物やショールやひざ掛けなどをご注文くださるんです」
そんな私をどう思っているのか、エリザベス姉様が優しく問いかけてくれました。もちろん疾しい事がある相手ではないので普通に答えます。
「こちらをお使いください」
すっと横からペーパーナイフが差し出されました。
その声に見上げるとクルルカさんです。
お義父様の手紙はすでに封が開いておりましたから、私のために用意してくださったのでしょう。
ありがとうとお礼を言って、ペーパーナイフで早速手紙を開封します。
手紙を開きますとふわりと優しい香りがいたしました。
ディオーナ様からのお手紙は、いつも便箋にこの香りが染み込ませてあるようです。便箋も封筒と同じように真っ白で、鈴蘭の透かし模様が入っているものでした。
手紙の内容は先日お送りしたショールの事です。私事で納期を遅らせてしまいましたが、手元に問題なく届いたこと、とても素敵なショールで喜んで下さっていることなどが書かれております。
「あ」
でも2枚目の便箋に目を通しますと、ちょっと困った事が書かれておりました。
「ニコル兄様、お義父様」
思わずどうしようと思いましたが、ここにはニコル兄様もお義父様もいらっしゃいます。
「どうしたんだいバーバラ」
私がお呼びしたせいでしょうか。ほぼ同じタイミングでニコル兄様とお義父様が、私に声をかけてくださいました。
「あの、ディオーナ様という私のお客様なんですけれど、今度王太子殿下主催の夜会があるから、一緒に行きませんか、と。その時に、その、お孫さんにエスコートさせて貰えないだろうか、と書かれておりまして」
ディオーナ様は、王都の貴族街の端にお屋敷をお持ちのご高齢のご婦人です。
そのお屋敷には、旦那様と使用人の方とお住まいのようでしたが、私が納品に伺う時には旦那様はお仕事に行かれておりますし、使用人もごく少数らしいので、いつもご婦人に迎え入れて貰っておりました。
たぶん高位貴族に連なる方だと思っているのですけれど、ディオーナ様も刺繍がお好きなようで、納品に行きますといつも温かな紅茶とお菓子でもてなしてくださいます。
ですから私も特に子爵令嬢だったことや、騎士爵夫人であることはお話ししていなかったと思います。
「ちょっと待って、ディオーナ様? バーバラ、悪いんだけど、封筒と手紙を見せて貰ってもいい?」
ニコル兄様が、少しだけ慌てたようにそう言います。もちろん何も問題はありませんから、封筒と便箋を兄様に渡しました。
するとニコル兄様は封筒と便箋の透かし模様に気が付いたようです。
そして、それを無言でお義父様に渡しました。するとお義父様もニコル兄様と同じように封筒と便箋の透かし模様を確認しております。
「この鈴蘭の透かし模様、ディオーナ・E……ディオーナ・エイドラ伯爵夫人のもの、では?」
恐る恐るとでも言うかのように、お義父様がおっしゃいました。
ディオーナ・エイドラ伯爵夫人?
やはりディオーナ様は高位貴族の方でしたのね。私はそう納得しましたが、ニコル兄様はやっぱり、と小さく呟いています。
「バーバラ、ディオーナ様と面識が?」
「え、ええ、先ほども言いましたが、私のお客様ですから」
「いつからか覚えているかい?」
「ええ、実家にいた頃からですわ? でもお会いするようになったのは、王都に出てから、でしょうか。どうもお孫さんが私の作ったものをお気に召してくださったようで、サーシャ姉様の旦那様のお店で買って下さったのが切欠と言われました」
私がそう応えますと、ニコル兄様ははぁっと大きなため息をつかれました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バーバラの続きです。
少々お時間をいただいてしまいましたが、リカルドの時間軸を確認しながら話がおかしくないかチェックしています。が、矛盾が生じているところがありましたらご連絡ください。
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