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リカルド

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「本来ならもっと早くにおめでとうと言うべきなのだろうがな、お前が遠征で出ている間に問題が起こった」

 俺は考え込んでいたらしい。
 殿下の声に顔をあげると、殿下の青い瞳は冷ややかに俺を見ていた。

「問題、ですか?」
「ああ、怪我人に不安を与えたくはないが、あまり放って置いてもいい問題ではないような気がしてな。だが、まず、お前に確認しないといけないのだ。お前の恋人の名前はコリンナであっているか」

 殿下の言葉にどきりとした。さっき殿下は俺が結婚したことを確認していなかったか。なのにコリンナの名前を挙げる理由はなんだ。

「はい、あっております」
「お前の結婚した相手は、バーバラ・ルーベンス子爵令嬢であっているか」
「あっております」

 生きた心地がしないというのは、こういうことを言うのだろうか。
 殿下の言葉に心臓が痛いくらいに鼓動を速めた。

「では、アルトワイス騎士爵夫人とは誰を指している」
「……仰っている意味がよく分からないのですが」

 殿下の言葉に俺は戸惑うしかなかった。いったい殿下は何を聞きたいのか。アルトワイス騎士爵夫人と呼ばれるのは、バーバラ嬢でしかあり得ないだろうに。

「ふむ。やはりお前は知らないのだな。まあ、そうだろうな。お前にはなんの得もないし。かと言って女が勝手に動いたにしては、手回しが良すぎるしな。そうすると誰の差し金か」
「殿下?」

 ブツブツと呟く殿下の言葉は、周囲の雑音が全く聞こえないせいか、やけにはっきりと聞こえてくる。それは俺の不安を煽った。

「……お前がこの任務について、すでに半年が過ぎていることには気づいているか」
「ええ、それは、まあ」

 元々半年と言い渡されていた任務だ。だがこの期間には移動の時間も含まれている。何せ荷駄隊も含む400名もの大移動だ。騎馬だけなら10日程度の日程も、人数が増えるだけで移動速度は各段に落ちる。それに加えて荷駄隊もとなると、移動だけでひと月みるのは妥当だろう。

 だから本来であれば、すでに帰路についていてもおかしくはなかった。

 けれど、どうしたわけか西の魔の森から溢れるように魔獣が現れる。最初は余裕で殲滅していたが、中々終わりが見えないとなると疲れがたまる。

 今回はアゼリア側が討伐に参加しないということで、食料などは支援してもらえることになっていたし、長期の遠征の場合、近くの街に休暇に行かせる事もある。とは言え大人数を一遍に休ませるわけにもいかないために、十騎長が率いる小隊単位ずつになるため、休暇が中々回ってこないと言う不満もあるようだが、これについてはどうしようもなかった。

「第三は負傷者多数と連絡がきたのでな、一応、第六から補充人員は連れてきた。残りは調整中だが、なるべく重傷者から連れて帰るようにしたい。副団長はいるんだよな?」
「ええ、一応、完全に萎縮して、天幕に籠っておりますが」
「……使えんな」

 俺についての話をしていたと思うのに、いきなり話題を変えられ俺も仕方なく返事をする。確かにそれも大事な話なのだ。

 いつまでも重傷者や負傷者をこの場所に置いておくわけにはいかない。それに思ったよりも怪我人が多いせいで薬や包帯などの備品も数が少なくなってきていると聞いた。

 もちろんそれらもアゼリア側に言えば用意はしてくれるだろうが、あまり借りを作るのも得策ではない。

「お前は足と肋骨だったか」
「足はひびが入っていたそうですが、治癒魔法で快癒していると言われました」
「そうすると肋骨か。確か肋骨にはあまり治癒魔法を使わないのだったな」
「肋骨の状態がどうなっているのか分かりませんので。下手に骨が欠けていたりすると心臓や肺を傷つけてしまう可能性があるため治癒魔法は使わない事になっております」

 殿下の問いかけに、不意に別の声が応えた。医務官だ。

 どうやら、いつの間にか防音魔法は解かれていたらしい。となると先ほどの話を俺から問いかけることは出来ないということだ。

「となるとリカルドはこのまま安静にしていろ、暫くは俺が陣頭指揮を執る」

 その言葉に、俺はありがたいと素直に思った。
 団長を失くし、怪我人を多く抱えた今の第三には、しっかりしたトップが必要だった。




 それからの俺は、寝たり起きたりを繰り返す日々だった。何せ痛みで身体が動かせない。あまりにも痛みがひどい時は、痛み止めを処方してもらうが薬には限りがある。

 殿下が連れて来た第六騎士団も荷駄隊を連れてきているので、ある程度の数は確保できているようだが、もしこのまま西の魔の森の討伐が続けられるのなら、やはり薬を無駄に使うべきではなかった。

 殿下が姿を見せてから数日後、帰還の第一陣となる重傷者を乗せた荷駄隊と、騎士見習いたちが出発していった。
 まずは重傷者を一番近い西のエルデガルド辺境伯のところに送り、騎士見習いと荷駄隊は、そこから王都へと向かう予定でいる。

 たぶん次の人員も既に王都からは出立して、こちらに向かっている事だろう。
 それが到着すれば、自分を含む軽傷者や第三、第五の騎士たちも帰還を始めることになるはずだ。ただ、それが一遍になのか、徐々になのかは殿下に確認していないので分からないのだが。

 どちらにしても今の俺ではさして役には立たない。

 肋骨をやってしまったせいで馬にもロクに乗れないし、剣も持つだけで精いっぱいだろう。かといって他の怪我人の面倒もみれないし食事の準備も手伝えない、となれば大人しく寝ている方が邪魔にならずにすむ分まだましのはずだ。

 しかし普段、時間があれば鍛錬をするか溜まっている事務仕事をこなしているかのどちらかだった俺にしてみると、寝ているだけというのは落ち着かない。もちろん身体は休息を求めているから突然、眠気に襲われることもあったが、概ね俺は考えている。

 王都に戻ったらまず何をしなくてはいけないのか。

 自分から逃げ出すようにいなくなった俺を、コリンナはもう見限っているかもしれない。
 一応、生活費などは月々渡してもらえるよう申請書は提出したが、長いこと顔を見せないダメな夫に、バーバラは呆れかえっているかもしれない。

 だからまずは二人に謝らなくてはいけないだろう。

 薬のせいか、ゆらりと揺れる意識の中で、俺はそんな事を考えていた。



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 リカルド回は、取り敢えずここまでです。次からはバーバラに戻ります。

 現在、バーバラの話を書き溜めておりますが、もしかしたら1,2日間が空くかもしれません。
 ここから少し展開早めていきます。たぶん。

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