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リカルド
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しおりを挟む「無理、だろうか」
ルシエント侯爵家との話を聞いてから黙り込んだままでいる俺に、不意に父が声をかけてきた。
見れば父と兄の視線が俺に向けられている。その視線はどこか不安げだ。
それはそうだろう。
急ぎ家に戻れ、という手紙を寄越してくるから、父か兄に何かあったのかと慌てて駆けつけてみれば、街は惨憺たる有様だというのに、俺にルーベンス子爵家の令嬢と結婚してくれと言うためだけに呼び寄せたのだ。
それだけなら、まず手紙に書いておけばいいものを。
俺の事など何も考えていないのだな、と思わざるを得ない。
きっと俺に恋人がいるなんて思ってもいないんだ、この人たちは。だから平気で顔も知らない令嬢と結婚しろと言ってくる。
確かに土砂で汚れ、魔狼やワームが暴れたせいで壊れた家屋を見て、俺だって心が痛くなった。
せめてもの救いは山火事が発生した時点で、多くの人が緊急避難で街を離れていたため死者の数がそれほど多くはなかったということくらい。
これからの復興を考えればいくら資金があっても足りないだろう事も理解できるし、ルシエント侯爵家との問題も頭を抱えたくなる案件だとも思う。
けれど、こんな事になるなら、さっさと貴族籍を抜いておけばよかったと、俺は心の底からそう思ってしまった。
俺は貴族の生まれだけれど所詮は次男でしかなく。
優秀な兄がいるから期待なんてされてもいなかった。
だからと言って、俺は虐待されていたわけではない。
父も母も兄も、俺に優しくしてくれたし、可愛がってくれたと思う。
けれど家を継ぐのは嫡男の兄で、俺はスペアだと誰かが言っていた。
次男など嫡男が健在ならなんの期待もされない、家にも必要とされない。
子供のうちは可愛がってくれたとしても、大人になったら邪魔者扱いだ。
そんな事を言っていたのは叔父だったか、縁者の誰かだっただろうか。
そんな馬鹿なことあるもんかと、俺は勉強を頑張ってみた。けれど、やっぱり兄には到底及ばない。
兄は運動が少し苦手で剣の鍛錬もさぼりがちだったから、剣の腕を磨こうとがむしゃらに頑張った。
そうしたら筋がいいと剣を教えてくれた人が褒めてくれた。将来は騎士になればいいと助言をくれた。
俺は褒めて貰えたことに有頂天になって、父にもそう報告した。
筋がいいと、騎士になればいいと言われた、と。
すると父は、そうか、おまえは将来なんにでもなれるが、騎士になりたいのならなればいい、お前は自由なんだから、と言って笑ってくれたんだ。
だから俺は騎士を目指した。
王立の学院でも騎士科で基礎的な事を学び、卒業してからはほとんど家に帰ることなく騎士見習いとして先輩たちに扱かれて。そして騎士になった。
ふと脳裏にコリンナの笑顔が過る。
彼女の笑顔に惹かれて、彼女を好きになって、彼女を愛した。
この先彼女と添い遂げたいと、添い遂げていけるのだと、そう思っていたというのに。
それでも俺がルーベンス子爵家の令嬢と結婚しなくてはいけない事は、貴族の子息として甘んじるしかないのだろう。
なぜなら初めて父が俺を必要としてくれた。
伯爵家当主の父が次男の俺を、家のために必要としてくれているのだ。
だったら俺は、その期待に応えなくてはいけない。
そう、応えなくてはいけないんだ。
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リカルド回は今回を含めてあと3話になります。
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