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リカルド

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 俺と彼女はしばらくは何もなかった。

 何せ俺も騎士団の仕事で忙しく、俺が詰めている先は、基本王宮なのだ。

 第一騎士団が近衛として王族を護るのが仕事なら、第二、第三は王城内部と周辺の警邏けいらが主な仕事だ。そのため、詰所も宿舎も王宮近辺に用意されていて、休みの日以外は、ほとんどこの場所にいることになる。

 それでもなんとなく、休みの日になると訓練所近くの食堂へと通った。

 もちろん初めて食べたどんぶりという食事が美味しかったということもある。
 ご飯と呼べばいいのか、コメと呼んだ方がいいのかは分からないが、あれは噛めば噛むほど甘味を感じるし、上にのせられた肉やら野菜やらと一緒に食べても美味しい。

 一度、仕事終わりにどんぶりが食べたくなって食堂に行ってみたのだが、夜は夜で定食という食事がメニューに載っていた。

 昼はどんぶり、夜は定食が安くてがっつり食べられるメニューなんだそうだ。

 定食は、ご飯とスープ、それとおかずが一つのトレイに載せられている。これに余裕があればデザートの果物やエールやワインをつけるというのが、この食堂の常連たちの食事らしい。

 夜の営業時間には見習いたちはやってこない。

 なぜなら僅かながら給金は出るものの、彼らに出る給金は本当に僅かなのだ。昼は食事が出ないから外に食べに行くしかなく、だが夕食は宿舎であれば無料で食べられる。

 その代わり近隣の人たちが食べにくるという訳だ。

「いらっしゃいませ。今日は何をご注文されますか?」

 そして今日も彼女は、明るい笑顔で俺を迎えてくれる。もちろん彼女が仕事で俺に笑いかけてくれている事ぐらい理解しているつもりだ。

 けれど俺はそんな彼女の笑顔に癒されるのだ。

 いつものように席に案内されて、メニューを渡される。

「あたしのお勧めは、鳥唐定食ですね!」 
「どんなのだ?」
「夜はですね、揚げ物も出しているんですけど、鶏肉を油で揚げたものなんですよ。これがまた美味しくて!」

 彼女は楽しそうに笑った。きっと今言った鳥唐を食べた時のことでも思い出しているのだろう。
 彼女は西の辺境伯のところにある村の出身だと言っていた。どういう理由で王都に来たのかは、この短い時間では聞くことも出来てはいないが、彼女の表情を見る限りはそれほど深刻な事ではなく、単に仕事を探しに出てきたのだろう、と思う。

「そうか、じゃあ、その鳥唐定食を頼む」
「はーい、承りましたー」



 だから彼女の名前を知ったのは、知り合ってからだいぶ後だ。その時は俺はもう彼女の事を好きになっていて、どう告白しようかと悩んでいた。そして気づいたのだ。彼女の名前すら知らないことに。

 さすがに馬鹿か、と思った。今まで何度も店に通っていたのに名前すら知らないだなんて。

 こっそりおかみさんに聞こうかとも思ったが、それはなんだか違うような気もして。

「すまん、名前を教えて貰えないだろうか」

 食堂で彼女と会うのが何度目かも数えられなくなった頃、俺はようやく彼女に名前を聞いた。すると彼女は、はっとした顔になり、次の瞬間笑ったのだ。

「いやだ、こんなに通って貰ってるのに、名前も教えてなかったんですね、あたしったら」

 そんな風に言って。

「あたしはコリンナって言います。騎士のリカルド様」

 俺は彼女の名前も知らなかったのに、彼女はーーいやコリンナは俺の仕事も知っていたらしい。

 それからは夜も時間が取れるようなら食堂に通った。

 コリンナは、俺が来ると笑顔で迎えてくれる。しかしそれは客としてだろうか。
 悩んでいるとおかみさんが笑いをかみ殺しながら小さく囁いた。

「リカルド君、あんまりもたもたしてると他の人にコリンナ取られちゃうわよ」

 おかみさんはそう言いながら、ほらっと扉に近いテーブル席に視線を送った。俺もチラリと盗み見る。
 するとそこには、俺よりも若干若そうな男の二人連れが、コリンナにしきりと話しかけていて、コリンナも相手がお客だからと、ちょっと困ったように笑っている。

 その笑顔は俺に向けているようなものとは違っていた。その事が俺に勇気をくれる。

「コリンナ、ちょっといいかな」

 まるでエールをお代わりでもするようにコリンナに声を掛ければ、コリンナはすぐさま客にペコリと頭を下げて俺のところに来てくれた。

「どうしました? エールでもお代わりします?」

 ニコニコと俺に笑いかけるコリンナに、俺はなんだか嬉しくなった。たぶんここで言わないとこの先ずっと言えなくなるような気がする。そんな思いが俺を突き動かした。

「コリンナ、俺は君の事が好きだ、どうか俺と付き合ってくれないだろうか」

 こんなところで言うセリフではないのかもしれない。もっと周りを見ろと、同僚がいたらそう言ったかもしれないが、俺は誰かにコリンナを取られたら嫌だと思ってしまったんだ。

 コリンナは俺の告白を聞いた途端、真っ赤になった。そして周囲からは、さして人は多くはないはずなのに、拍手と冷やかしとおめでとうという声が。

「……え、ええと、あたしでよければ」
「しっ」

 コリンナの返事に俺は思わずぐっと拳を握った。

 彼女が受け入れてくれて良かったと心の底からそう思って。




 それから三年、何事も問題なく俺たちは付き合ってきた。
 もちろん慣れないデートもしたし、手も繋いだ。それがだんだん普通になる頃には、キスをして抱き合って一晩を過ごしたりもして。

 そろそろ結婚を申し込もうかと、そんな事も考えていた、のに。


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