30 / 66
リカルド
3
しおりを挟む俺には付き合っている女性がいる。
貴族の子女ではない、平民の女性だ。
名前はコリンナ。人参みたいな鮮やかなオレンジ色の髪と緑色の目をした、明るい女性だ。
出会ったのは街の食堂、とは言っても騎士の訓練所の近くにある、元第五騎士団の十騎長だった人が怪我を理由に引退して引き継いだ店だった。
この食堂は、俺も騎士見習いの時に随分とお世話になった。
なにせ宿舎では朝と夕しか食事がでない。もちろん栄養バランスも量も充分に考えられた食事ではあるが、食べ盛りの俺たちはいつでも腹を空かせていた。
その時の食堂を経営していたのは別の人だったけれど、安い料金でたらふく飯を食べさせてもらったものだ。ここで昼飯を食べることができたから、午後からの訓練も先輩騎士の無茶ぶりにも耐えることができた、と言ってもいい。
だから、少し気落ちした時とか、なんとなくここの飯が食べたくなった時とかに、騎士になってからもたまに訪れいていたのだ。
「いらっしゃいませ!」
その日もたまたま昼飯を食べに来たのだが、扉を開けた瞬間、軽やかな声に出迎えられて驚いた。
見ればおかみさんではない女性がいる。
オレンジ色の髪をきっちりと結い上げ頭の後ろで団子状にまとめ、店の名前の入ったエプロンをつけ、お盆を手にした女性は、初めての方ですよね、と言いながら席に案内してくれた。
この店でまさか初めての方と言われるとは思わなかった俺は苦笑するしかなく、ああ、そうだな、と応えながら席に着けばメニューを渡される。
しかしメニューを見てまたもや俺は驚いてしまった。
確かに昔ながらのメニューも少しばかり載っているが、ほとんどが俺の知らないメニューばかり。
俺の戸惑いに気づいたのだろう。彼女がどういったお食事か分かりませんか、と聞いてきた。
「これは最近、東の辺境伯の方で作られるようになったお米というものを使っている料理なんです。元々東方の国で作られている作物らしくて、そこでは忙しい職人さんとか漁師さんとかが、どんぶりにご飯とおかずをのせて食べているのですって」
彼女はメニューを指さしながら、俺が見ていたどんぶりと書かれたメニューを説明してくれる。
「豚ステーキ丼は、言葉の通りですね。鳥丼は、鶏肉をぶつ切りにして卵と一緒に炒めたものがのっています。牛丼は牛の肉なんですけど、安い切り落としの部分を甘辛いたれに漬けておいたものと野菜を一緒に炒めたものがのってます。こちらは野菜ばかりのやつですね」
一つ、一つ説明してくれる女性に、俺は豚ステーキ丼を頼む。ごはんと言うのもはじめてだが、ステーキと言われたら牛が相場だろう。しかし牛肉は豚肉に比べれば値段は高く、確かにこの店で出すには採算が合わないはずだ。だから豚肉にしたのだろうが、いったいどんな料理が出てくるのか。
食事が出てくるまでどうしようか、と渡されたお冷で口を潤せば、おかみさんがどんぶりをお盆に載せて現れた。
なんとも早い。
「あら! リカルド君じゃないの、お久しぶりねぇ、今日は食べに来てくれたのね、随分とメニューが変わっちゃったからびっくりしたでしょう」
そんなおかみさんの声に慌てたのは、その女性だった。
「おかみさん、この人初めての人じゃないんですか? やだ、どうしよう、初めての方ですかなんて聞いちゃった」
別にそれほど失礼なことを言われたつもりはない。それに俺がここに来るのは本当にたまになのだ。
確かにおかみさんは俺のことを知っているけれど、それは元々騎士団に夫が勤めていたから知り合いだっただけだし、俺がこの食堂の常連だったのは、もう何年も前の話だ。彼女がそこまで気にすることはない。
だというのに、彼女は仕切りにぺこぺこと頭を下げて謝ってくれた。そんな彼女を可愛いな、なんて俺らしくない事を考える。
「大丈夫よぉ、リカルド君はいい人だもの、このくらいじゃ怒ったりしないわよ」
だが俺の意識はすぐに目の前に置かれたどんぶり移った。
ほかほかとした薄茶の粒の上にサイコロ状に切られた分厚い肉がどんとのっかっている。
その上に野菜炒めもたっぷりとのっていた。たぶん肉ばかりを食べる見習いたちに野菜を食べさせようとした結果なんだろう。
その野菜の上には、たっぷりとソースのようなものがかけられていて、なんともいい匂いがした。
「……これは、このままフォークで食べていいのかな?」
「大丈夫です、でも東方の国では箸っていう棒を二本使って食べるみたいですけど、あたしたちじゃきっと使えませんよ」
女性はそう朗らかに笑うと、ごゆっくりしていってくださいね、と言って他の客の注文を取りに行ってしまった。それがなんだか少し残念な気がする。でも、まずは食事だ。
どんぶりと一緒に置かれたカトラリーは、フォークとスプーンで。取り合えず俺はフォークを手に取ってどんぶりの上の野菜と肉を突き刺した。
極たまに訪れる客と店員。彼女とはそんな風に出会ったんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
皆さま予想通りでしょうか。
はい、リカルドには恋人がいました。
58
お気に入りに追加
5,904
あなたにおすすめの小説
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる