旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

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リカルド

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 俺には付き合っている女性がいる。
 貴族の子女ではない、平民の女性だ。

 名前はコリンナ。人参みたいな鮮やかなオレンジ色の髪と緑色の目をした、明るい女性だ。

 出会ったのは街の食堂、とは言っても騎士の訓練所の近くにある、元第五騎士団の十騎長だった人が怪我を理由に引退して引き継いだ店だった。

 この食堂は、俺も騎士見習いの時に随分とお世話になった。

 なにせ宿舎では朝と夕しか食事がでない。もちろん栄養バランスも量も充分に考えられた食事ではあるが、食べ盛りの俺たちはいつでも腹を空かせていた。

 その時の食堂を経営していたのは別の人だったけれど、安い料金でたらふく飯を食べさせてもらったものだ。ここで昼飯を食べることができたから、午後からの訓練も先輩騎士の無茶ぶりにも耐えることができた、と言ってもいい。

 だから、少し気落ちした時とか、なんとなくここの飯が食べたくなった時とかに、騎士になってからもたまに訪れいていたのだ。



「いらっしゃいませ!」

 その日もたまたま昼飯を食べに来たのだが、扉を開けた瞬間、軽やかな声に出迎えられて驚いた。

 見ればおかみさんではない女性がいる。

 オレンジ色の髪をきっちりと結い上げ頭の後ろで団子状にまとめ、店の名前の入ったエプロンをつけ、お盆を手にした女性は、初めての方ですよね、と言いながら席に案内してくれた。

 この店でまさか初めての方と言われるとは思わなかった俺は苦笑するしかなく、ああ、そうだな、と応えながら席に着けばメニューを渡される。

 しかしメニューを見てまたもや俺は驚いてしまった。

 確かに昔ながらのメニューも少しばかり載っているが、ほとんどが俺の知らないメニューばかり。

 俺の戸惑いに気づいたのだろう。彼女がどういったお食事か分かりませんか、と聞いてきた。

「これは最近、東の辺境伯の方で作られるようになったお米というものを使っている料理なんです。元々東方の国で作られている作物らしくて、そこでは忙しい職人さんとか漁師さんとかが、どんぶりにご飯とおかずをのせて食べているのですって」

 彼女はメニューを指さしながら、俺が見ていたどんぶりと書かれたメニューを説明してくれる。

「豚ステーキ丼は、言葉の通りですね。鳥丼は、鶏肉をぶつ切りにして卵と一緒に炒めたものがのっています。牛丼は牛の肉なんですけど、安い切り落としの部分を甘辛いたれに漬けておいたものと野菜を一緒に炒めたものがのってます。こちらは野菜ばかりのやつですね」

 一つ、一つ説明してくれる女性に、俺は豚ステーキ丼を頼む。ごはんと言うのもはじめてだが、ステーキと言われたら牛が相場だろう。しかし牛肉は豚肉に比べれば値段は高く、確かにこの店で出すには採算が合わないはずだ。だから豚肉にしたのだろうが、いったいどんな料理が出てくるのか。

 食事が出てくるまでどうしようか、と渡されたお冷で口を潤せば、おかみさんがどんぶりをお盆に載せて現れた。
 なんとも早い。

「あら! リカルド君じゃないの、お久しぶりねぇ、今日は食べに来てくれたのね、随分とメニューが変わっちゃったからびっくりしたでしょう」

 そんなおかみさんの声に慌てたのは、その女性だった。

「おかみさん、この人初めての人じゃないんですか? やだ、どうしよう、初めての方ですかなんて聞いちゃった」

 別にそれほど失礼なことを言われたつもりはない。それに俺がここに来るのは本当にたまになのだ。

 確かにおかみさんは俺のことを知っているけれど、それは元々騎士団に夫が勤めていたから知り合いだっただけだし、俺がこの食堂の常連だったのは、もう何年も前の話だ。彼女がそこまで気にすることはない。

 だというのに、彼女は仕切りにぺこぺこと頭を下げて謝ってくれた。そんな彼女を可愛いな、なんて俺らしくない事を考える。

「大丈夫よぉ、リカルド君はいい人だもの、このくらいじゃ怒ったりしないわよ」

 だが俺の意識はすぐに目の前に置かれたどんぶり移った。
 ほかほかとした薄茶の粒の上にサイコロ状に切られた分厚い肉がどんとのっかっている。
 その上に野菜炒めもたっぷりとのっていた。たぶん肉ばかりを食べる見習いたちに野菜を食べさせようとした結果なんだろう。
 その野菜の上には、たっぷりとソースのようなものがかけられていて、なんともいい匂いがした。

「……これは、このままフォークで食べていいのかな?」
「大丈夫です、でも東方の国では箸っていう棒を二本使って食べるみたいですけど、あたしたちじゃきっと使えませんよ」

 女性はそう朗らかに笑うと、ごゆっくりしていってくださいね、と言って他の客の注文を取りに行ってしまった。それがなんだか少し残念な気がする。でも、まずは食事だ。

 どんぶりと一緒に置かれたカトラリーは、フォークとスプーンで。取り合えず俺はフォークを手に取ってどんぶりの上の野菜と肉を突き刺した。




 極たまに訪れる客と店員。彼女とはそんな風に出会ったんだ。


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 皆さま予想通りでしょうか。
 はい、リカルドには恋人がいました。
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