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ニコル
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しおりを挟むバーバラは物静かな子だった。
時折、何を考えているのか分からないところはあったけれど、庭で遊びまわるよりは部屋の中で絵本を読んでもらうのが好きだったし、母上が教養の一環として刺繍を教えると、日がな一日刺繍を刺していたりするような子だった。
たぶん凝り性なんだと思う。それか集中力が高いのか。
僕は一つの事にそれほど集中できないから、純粋に凄いなぁと思っていた。
サーシャ姉様もマデリン姉様も、ハンカチに刺繍をしたりクッションカバーに刺繍をしている事はある。それらは時に、僕たちへのプレゼントになったりもしたけれど、多くは母上の行う慈善活動で販売され、その売り上げは孤児院にそのまま寄付される。
領内にある孤児院の数はそれほど多くはないけれど、それでも無償で支援できるほどルーベンス子爵家には余裕がないための苦肉の策だ。
これにはおばあ様も協力してくれるため、あんな事があった割には今でも月に一回は、手ずから刺繍したものを持ってきてくれる。おばあ様の作るものはとても繊細で、レースで編んだショールは街の奥様達には人気があるそうだ。
普通は高くて手が出ないだろうそれも、慈善活動での販売なら庶民でも手が出る値段でしか販売しない。だから余計に人気が高いのだと思う。
ある日、僕はサロンでレース編みをしているおばあ様を見かけた。
おじい様とおばあ様は領の端っこにある温泉地にいるものだから、屋敷にくると数日はうちで過ごしてから帰る。だから、その光景は別段どこもおかしくはない。
その場にバーバラがいて、一緒にレースで編み物をしているのも、おばあ様に教えて貰っているのであば普通の光景だと思う。
けれど僕は違和感を感じた。
何が、とははっきりは言えなかったけれど、時折、バーバラの耳元でおばあ様が何かを囁く。するとバーバラは従順にコクリと頷き、懸命にレースを編んでいく。
何を話しているのだろう。
最初にそう思ったのはそれだけだった。
僕は、そっとサロンに近づいて、耳を澄ました。家族全員が集まると息苦しいほどの狭いサロンだけれども、こういう時には役に立つ。
「あなたに持参金を用意することはできないわ、だからちゃんと自分でお金を稼ぐ手段を手にしないとね」
「はい、おばあ様」
「あら、ここの目がとんでいてよ、少し解きましょうか」
「はい、おばあ様」
「でもね、お父様がどこかにお嫁に行きなさいと言ったら、そこに嫁がなくてはいけないのよ?」
「はい、おばあ様」
端から見たら微笑ましい祖母と孫の光景なのだろう。
二人は微笑を浮かべながら、手にしたレース糸を少し解いてはまた編んでいく。
でも僕には、とてもその光景が微笑ましいとは思えなかった。もしかしなくても、この光景は今までに何度も繰り返されたのではないだろうか。
日がな一日、刺繍をする妹。
ここが難しいのです、と言いながら何度も何度も同じ模様を編んでいる妹。
僕はなんて馬鹿だったのか。
僕より小さい妹が、楽しいだけでこれほどにのめり込むはずがないのだ。
だって姉様たちは言っていたじゃないか。
刺繍もレース編みも、細かい作業だから疲れちゃうわ、と。
僕はそっとサロンから離れようとした。
なぜなら今、僕がサロンに飛び込んで、妹にそんな話をしないでくれとお願いしても、きっとおばあ様は話を聞いてはくれない。
おばあ様はそういった事には厳格で、夫や家長の言葉にしか従わないのだ。
けれど、第二夫人を連れてきた時には、おじい様のいう事にも従わなかったと言うのだから、おばあ様の中には僕たちの知らない、何かがあるのだと思う。
多分僕はふらふらと歩いていたのだろう。
突然、ドンっと柔らかい何かにぶつかって、いきなり肩をぐっと掴まれた。
「ニコル、あなたどうしたの?」
そう言いながら、僕の顔を見て驚いているのは、マデリン姉様だった。
姉様の鮮やかな青緑の瞳が、まっすぐ僕を見つめている。
僕は相当ひどい顔色をしているのか、「貴方とてもひどい顔をしているわ」なんて言ってきた。「酷い顔色」と「ひどい顔」では、あまりにも意味が違ってしまう。僕は思わず苦笑してしまった。
そんな姉様の声が聞こえたのか、サロンからおばあ様とバーバラが顔を覗かせ、「大丈夫ですか?」と聞いてくる。
その声に、それほどサロンから離れていなかった事に、僕自身驚いてしまったけれど、マデリン姉様は、サロンから顔を覗かせたおばあ様とバーバラを見て、何かに気づいたのだろう。
「大丈夫ですわ、おばあ様、ちょっとお互いよそ見をしていて軽くぶつかってしまったの」
マデリン姉様のそんな言い訳に、おばあ様は嘆息したようだ。
「マデリン、あなたは女性なのだから、いくら屋敷の中だとはいえ、もう少しお淑やかに行動しなくてはいけませんよ? ましてや嫡男のニコルにぶつかるなんて、ニコルがケガをしたらどうするの?」
「ごめんなさい、おばあ様。今後は充分に気を付けますわ。それでは、これからマナーのお勉強があるので、失礼いたします。ニコルもこれからお勉強があるのでしょ? お部屋までエスコートしてくださらないかしら」
しれっとそんな事を言うマデリン姉様に、僕は大人しく従う事にした。
マデリン姉様と向き合っていた僕は、すぐさま身体の向きを変え、姉様へとすっと腕を差し出す。すると姉様もその腕に軽く手を添えてくる。
おばあ様をみれば、まだ何か言い足りないような、そんな表情をしていたけれど、僕たちがその場を辞去するために挨拶をすれば、それ以上なにも言わなかった。
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すみません、仕事の都合+カーネリアンの瞳の更新もあるので、更新頻度が落ちます。
もやもやのまま引っ張ってしまって申し訳ありません。
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